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マニラ首都圏封鎖が出てから(2)

この頃、コンドミニアムが立ち並ぶ住居地区でも感染発生が出始める。どのコンドミニアムで患者何名、入院中、家族は自粛隔離中などのように。以来、住民への行動制限がかかり始める―買い物と病院のみ外出可。外出許可の一世帯一人のみ、スーパーは30名まで入店できる。ID支給によって買い物客の人数調整がされ、店頭では1メートル間隔をおき並ぶ。お店の前に1メートルおきに椅子が並べられ長蛇の列となるが、シニアの列が別に設けられるのはフィリピンらしい優しさ。ほかにもジョギング、ペットの散歩は禁止。マスク義務、感染発生のあったコンドでは外出時になぜか手袋の着用が義務づけられる。

以来、ほぼ毎日の更新連絡が現在まで続いている。これは今も届いていて、どこの地区やコンドミニアムで何名感染、本人と家族についても入院中、隔離中、二度目の検査で陰性、等々、なかには訃報という悲しいお知らせも。

このまま日常生活に不自由が生じるならば、ましてこの状態が長期化するならば、ここに居続ける意味があるだろうか。日本へ帰ることが頭をよぎり始めた。こうした中、数時間だけ職場に入れる日があった。金曜日だった。

同僚の女性は小学生の子ども2人のワーキングマザーでもある豪州人。家族4人でマニラに移住して2年目。コロナ騒動が始まった2月より、家族4人分の食料と薬6か月分を用意し自宅に備蓄するという徹底ぶり。その彼女、軍隊経験があるのでリスク管理が身に沁みていると話す。その臨時に職場に戻った1時間の間に、彼女が私を見つけて曰く、
「一体ここで何をしているの?」
「書類とか取りに来たのよ」
「ここでゆっくりしてはダメ、さっさと日本へ帰るのよ。この先、フィリピンが国を閉めるかもしれない。日本がフィリピンからのフライトを入れなくなるかもしれない。私たちは今晩の便で帰るわ。何か起こる前に帰るのよ。今週末が期限よGo HOME!」

背中を押された形で確信に変わった。上司にメールし、帰国する手配を始めた。日曜に帰国した。
翌週は日本は例年より早い桜の季節を迎えていた。3月末には季節はずれの雪も降って雪桜は日本ならではのもの。

やはり久しぶりの我が家で家族でゆっくり過ごす時間はかけがえのない。さはさりながら、急に切り離されたマニラでの日常や同僚が懐かしくなっています。しばらくは先の読めない在宅になりそうです。今はただ、一刻も早くこの状況が収束し世界がいい方向へ動き出すよう祈るばかりです。

四季の移り変わりを味わう間もなくポストコロナの世界に思いを馳せています。

マニラ首都圏封鎖が出てから(1)

12日のマニラ首都圏封鎖が起きて以来、外国人である我々の間でも情報が交錯し飛び交っていた。メトロマニラ封鎖という初めての経験に対して、果たして自分の理解が正しいかどうかを確認したかった。冷静でいたい一方、不安な気持ちを共有したい思いもあったと思う。

思い起こせば前の週から兆候はあった。たとえば、国外からの入国制限が強化され、フィリピン国内の移動や旅行禁止令を各自治体が相次いで打ち出すなどの動きが続いた。

マニラ首都圏封鎖が起こるとどうなるか?
要は「人の移動は止めるがマニラへの物流は止めない」ということ。さあどうする外国人?

フィリピン社会では助け合いが基本。家族や親戚の結束は強いし、バランガイ(町内会、寄り合いの単位)内での助け合いや教会(ほぼ、どのバランガイにもある)の支援もある。有事になると、その力はいかんなく発揮され、情報源はもとより何がどこにある、誰に聞けばわかる、手に入る、等々があっという間に拡散、共有される。

そこへいくと外国人の脆さたるや。フィリピン人の配偶者がいれば話は別だが、そういう人ばかりでもない。メイドや運転など家族同様の存在がいればローカル情報も入りやすいだろう。いずれ出もない場合、とりわけ外国人の単身者、タガログわからない、となればもう風前の灯火。行動制限がかかっていたので日々の買い物も自由にいけない、いまはよくても物資もいずれ滞る可能性もあるかもしれない。有事のマニラでのアウェイ感は半端ない。

政府のアナウンスも、最初はタガログ語で始まり、次に英語で回り始める。ここでWhatsAppがにぎやかになる(WhatsAppは日本のLINEにあたるもの)。二転三転する比政府のお達しに、おそらく在マニラの全外国人と外資系企業が振り回されたのではないだろうか。それを受けて迅速に要点連絡を回すはずの日本大使館まで明らかに混乱していた。首都圏閉鎖宣言の直後に、一度は大使館閉鎖のアナウンスが出て二度びっくりさせられた。

ちなみに比政府の通達は、タガログ語→英語→日本語(日本人向けに日本大使館が出す)の順のはずが、なぜかいつも日本大使館から最初にメールが届く不思議さ。しまいには比政府の通達についてどうも日本大使館がこういっているらしい、というテキストが職場の外国人の間で出回り始めるなど情報が錯綜のループが続いていた。

マニラ首都圏封鎖

久しぶりの更新になります。しかも今年初のブログとなりました。

いまフィリピンはイースター休暇、クリスマスと並ぶ全国一斉の休暇シーズンのはずだった。私もフィリピンに来て5年目の夏を迎えた矢先、ご多分に漏れずコロナの影響で一時帰国しています。

フィリピンでも2月からコロナ発生は報じられていましたが、社会不安が日増しに高まってきたのは3月になってから記憶では9日頃だったと思います。その前後を振り返り、フィリピンの様子や感じたことを残しておきたいと思います。詳細はこちら、うさみさんのサイトにも書かれてあります。

セブ島、ボホール島、パラワンなど有名な観光地も多い島国フィリピンですが、首都マニラはルソン島に位置します。マニラ首都圏は通称メトロマニラ(MM)、マニラ市とその周辺ケソン市等を含み人口1200万人をゆうに超えます。近隣地域からもMMへ流入するので、日中の人口はもっと高くなり、マニラの渋滞は有名です。今年、ルソン島の受難はマニラ近郊のタガイタイの火山爆発から始まりました。もう遠い過去のようですがわずか二か月前、1月半ばのことでした。

1月12日 タガイタイのタール火山噴火
火山灰の影響でマニラの空港(NAIA)が一時閉鎖し3日後に再開。
この時点では、まだ中国大変そう、くらいでまさかフィリピンでのコロナ発生まで想像しなかった。18日より出張でマニラに戻った2月初旬、とうにマスクはマニラ中のお店で売り切れていた。もっとも火山噴火時にすでに品薄だった。(黒字はマニラで起きた事実、青字は私の周辺で起きたこと)

2月3日 比政府が中国本土、香港、マカオからの入国を禁止、フィリピン人及び永住許可を保有の外国人は14日間の検疫を条件に入国可
この早い措置に感心していた私に、フィリピン人同僚曰く、「もっと早く出すべきだった」

3月2日 マニラのモール入り口で入店者への検温が始まる。「ピッ」と1秒。このためモール前に長蛇の列が見られるように

職場で、在宅勤務の検討、準備が始まる

3月5日 隣の部署がドアを閉めきって(ガラス張りの壁なので外から見える)立ち会議。妙に異様な雰囲気だったので聞くと、ビル閉鎖に備えて業務の進め方を話していたとのこと。そこまで来たか!これで私の危機感ボルテージが一気に上がる。

3月7日 フィリピンでコロナ感染者の発生が発表

3月8日 在宅に備え、2週間分の食料、米を買い足す。
それでも、この頃はまだ1週間程度の在宅とのんきに構えていた。ある友人から、週末にマニラ中をまわり6か月分の食料と医薬品を購入、自宅に備蓄したと聞いた。

3月11日(水) 職場のビル閉鎖が深夜にアナウンスされる
翌12日から在宅勤務の一斉指示。朝起きたところ緊急テキストでスタッフ一同知ることに。「建物全体の消毒作業を行うため閉鎖する」
閉鎖理由は、そのビルで開催された会議(3月5日)に参加した外部の人がコロナ陽性と判明したため

住居のある地区で感染発生のお知らせメールが届き始める。

そして、ついに

3月12日(木) ドゥテルテ大統領が「マニラ首都圏封鎖」を発表
- 国内感染が発生している国(日本を含む)からの入国制限
- マニラ首都圏の全学校の休校、4月12日まで(←復活祭の休日最終日。4月7日に4月末までに延期発表)
- イベント禁止
- マニラ首都圏への陸路、船舶、国内航空便による移動は3月15日より停止

3月13日(金) 4時間限定して職場のビルが開かれる
必要に応じてスタッフはPCやバッテリー、資料等を取りにいける限定時間。その後は特別の許可かない限り入館できず閉鎖するuntil further noticeと釘をさされながら。そこで私も来るべき在宅勤務に備えて書類を取りに職場に行った。

3月15日 夜間外出禁止令が発令される。夜8時~翌朝5時までの外出を禁止するもの

3月16日 強化されたコミュニティ隔離措置と呼ばれる措置(Enhanced Community Quarantine)

マニラ首都圏のあるルソン島全域で全世帯が厳格な自宅隔離措置をとるもの。
「外国人は72時間以内に国外に出れる。ただしその後の国外移動は約束できない」

これには在マニラの全外国人と外資系企業が驚愕したに違いない。

(続く)

台風接近を前に

台風19号接近のニュースが今週はじめから流れていた。火曜になっても水曜になっても台風の進路が変わらず、今年最大級の台風という報道。個人的な土曜夜(本日)の予定は水曜日にはキャンセルが決まった。安全面を考えるとそれでよかったと思う。

いずれにせよ、金曜のANAの午後便(マニラ1440発、羽田着20時)で日本へ帰る予定だった。12日(土)は都内の公共交通機関が止まると報じられていたので、羽田一泊という選択肢はなく、とにもかくにも11日(金)中に何とかして家まで行きたい。

台風のことしか頭になかったが、そこへよもやの伏兵が登場。
マニラの空港NAIAでチェックインする時、カウンターでフィリピン人スタッフがにこやかに対応。
「東京は台風みたいですが、今日はフライト、飛びますか」
「ノープロブラム」
職場でフィリピン人のノープロブラムに幾度となく痛い目にあっていきた私としては、無意識的にしつこく食い下がる。
「飛行機が飛んだとして、着陸できない、なんてことはありませんか」
ハタと困った彼が助けの眼差しを向けて搭乗した日本人スタッフ。毅然として曰く、
「着陸できない見込みがわかっていれば、私どもは決して飛ばしません」(キッパリ)

まあ、そうよねと引き下がるわたしに、加えて余計な付け足しも。
「稀にですが、羽田に着陸できない場合、名古屋に行くこともありました。少なくとも帰国はできます」
台風が来るいま、名古屋に行くのは助けにならない。名古屋着陸になったら、台風下の名古屋に足止めになる図式しか思い浮かばない。予定通り搭乗案内があったので、羽田に夜8時に着けば何とか帰れるだろう、と一抹の心配を抱えながら搭乗。

いささかの不安は的中してしまう。
「ただいまドアが閉まりました」
ほどなくして、機長アナウンス。
「エンジンをかけたあと、機体の不調を示す信号が出ましたので点検します。30分ほどお待ちください」

安全には替えられない。そして30分後、
「整備点検が必要なため、駐機場に戻ります」
その後、
「整備に3時間ほどかかる見込みであることがわかりました」
一同ため息、かくして乗客は降ろされた。3時間アナウンスがあった瞬間、羽田からの帰りをどうするかについて不安がよぎったのは言うまでもない。

本当に3時間たっても直らないかもしれない。この週末に台風のくる日本に敢えて向かうよりも、いったんマニラの家に戻った方がいいのかもしれないと頭をよぎった。しかし折悪しく、前日からマニラの家ではネットが不通となっていた。ルータ故障で交換が必要なのでたとえ家に戻ってもネットなしでさらに不便な週末を過ごすことになる。またフライトを取り直すにせよ、ネットがつながらないので不便この上ない(※)。

NAIAで待たされている間ネットで調べると、台風の影響でやはり明日12日(土)の電車は止まるらしい。有難いことによかったら宿泊して、といってくれた羽田近くの友人もいた。ただ翌日も帰れないとなると羽田付近での一泊は避けるのが賢明そうだ。

果たして、機体の整備は無事に終了したらしく、1830時の出発、羽田2350着となった。自宅方向へ向かう最終バスはとうに終わっている。車で行くところまで行くか、タクシーか。東京の雨は大降りなのかもわからないが、スーツケースもあるしタクシーしかないかもしれない。

ともあれ、今度は予定どおり、2350羽田に着陸した。
降りる間際に、「ここから帰宅する交通費についてご説明があります。降りてからその資料をお受け取りください」とアナウンスがあった。

降りて進みすぐのところで行列。精算の資料を受け取るための列で、妙に時間がかかっている。なぜ時間がかかっているかというと、各人が搭乗券とパスポートを見せて、職員が名簿と照合チェックから資料を渡していたからだった。台風接近を前に一刻も早く家路につきたい乗客全員を並ばせて封筒を配る。乗客名簿もあるだろうに、このプロセスが本当に必要なのだろうか。もう夜中過ぎなので気持ちも急いている。

こういうことは初めてだわ~と隣のフィリピン人女性は不安そうに話していた。彼女は横浜へ帰ると話ていた。確かに私も初めてだった。安全には替えられないから4時間の出発もやむを得ない。ただ、こういう事後精算があることは降りる直前でなく、事前に知らせてくれればと思う。3時間待ちのアナウンスがあった時に、あるいはマニラの空港で待っている間に、この事後精算を知らされていたら、帰りの心配や連絡、調べ物の負担も大いに軽減し乗客の心理的平安にもつながったはずだ。そして、できればこういう資料は機内で受け取れれば有難い。

幸い、羽田はまだ雨は小降りだった。車で戻り、家についたのは夜中の130頃だった。ともあれ、台風の前に自宅について安堵したことは言うまでもない。この週末はゆっくり過ごしたい。


※ お急ぎの時は電話で連絡を、とある。ちなみにANAのフィリピン事務所がしまった後、24時間対応とある電話にかけてもつながらなかった。0120はじめフリーダイヤルの案内番号があるが、「システム障害でつながりません」とアナウンスされて終わった。海外在住者からの確実につながる電話番号を複数、併記してほしい。
プロフィール

Sainah

Author:Sainah
途上国と開発援助、農業・生態系、少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき、海外ドラマ

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