求む、復刻版

この度、改めて、この3冊を読み返してみた。いずれも十分に読み応えある本であることはこれまで当ブログでも書いてきた通りだが、それぞれメッセージ性、テーマがあるとすればこうなるだろうか。
『サイゴンから来た妻と娘』 ――ベトナム人の価値観
『バンコクの妻と娘』 ――言葉、文化的無国籍
『パリへ行った妻と娘』 ――女性の生き方、仕事に対するベトナム人の価値観

1980年代の出版でありながら今なお、読む人に問いかけ、訴えかけ、胸を打つ内容になっているのは、妻と娘に対する筆者の愛情もさることながら、どこか距離を置いたまなざし、バランス感覚、そして筆致のなせる業であろう。この本はベトナムはもちろんのこと東南アジアで生活する人はぜひ読んでほしい、と思っていたところ、知人がベトナム赴任となった。そこでこの本をプレゼントしようと思ったが、何せ1980年代の本である。書店で探してみたところ、『サイゴンから来た妻と娘』は書店でも(オンラインでも)置かれていたが、残り2冊は絶版のようだった。何軒目か探しようやく大きなブックオフで見つかった『バンコクの妻と娘』を買い求め、とりあえずこの2冊でベトナム行きの知人には事足りるかもしれない。しかし近藤ファンとしては、妻と娘シリーズは『パリへ行った妻と娘』まで読んで初めて完結する。ぜひとも、バンコクとパリの復刻版を期待したい。

ちなみに、私は彼の本はほぼすべて買っている。近藤ワールドに再び引き込まれる前に、それまで読んでいた読みかけの本に戻ろうと内心もがいている。

ベトナムで思い出す本


ベトナムと聞いて必ず思い出すのが、『サイゴンから来た妻と娘』である。この本には、著者の日本人男性がサイゴン赴任中にベトナム人の妻子を得たことによる生活上の驚きと変化、発見や観察が余すところなく描かれている。作品の中で繰り広げられる家族のやりとりや出来事を通して様々な問題が炙りだされ、時にその問題は読者にも突き付けられる―それはベトナムと日本を軸とした比較文化論だったり教育論だったり、祖国を失ったベトナム人の信条や生き様だったり、はたまた著者の若いころの日本やフランスでの生活で直面した出来事の余波だったり。この多面性こそが読者をぐいぐい引き込み、本書を読ませる作品に仕立てあげている。

著者の近藤紘一さんはサンケイ新聞記者として、ベトナム戦争時にサイゴンにおり、ベトナム人の生活と共にサイゴン陥落、南ベトナムの終焉を目撃した。常日頃から「オレは人間を描く」を口ぐせだったらしい。それだけに視点もベトナム社会に対してまっすぐ向けられ、ベトナム人の価値感、宗教観など庶民の考えや下町の様子などを紹介したことで、普通の海外旅行記や海外生活の記録とは一味もふた味も違った切り口になっている。もちろんこれは身内にベトナム人の妻子がおり、物語のどの部分も妻子の行動を軸に展開しているからだが、それだけではない。そこに近藤さんの記者としての観察眼、日本人としての視点、過去への思いが重なり、時にホロリとしながら読ませ、可笑しくも哀しさの残るしっとりした味わい深い作品になっている。

登場人物のユンこと近藤ミーユンちゃんは、近藤さんに会った時はまだ10代はじめの少女だった。『サイゴンから来た妻と娘』は、新しい家族との絆と娘ユンの成長の記録でもあるが、何より近藤さん流の家族愛の表現でもあったと思う。『バンコクの妻と娘』『パリへ行った妻と娘』をあわせた3部作には、一貫して近藤さん流のユーモアあふれる筆致で、妻と娘の新しい生活への適応、ベトナム人魂、生きる力、日本人の世界観が、余すところなく記されており、いずれも大変印象に残る作品である。
『サイゴンから来た妻と娘』
『バンコクの妻と娘』
『パリへ行った妻と娘』
3部作としてまとめて読むとさらに楽しめるので、ぜひおススメしたい。

近藤さんは新聞記者だったから、もちろんニュースを追う記者の仕事が中心だったろうが、私はこの本を入り口に次々と彼の本を読んだこともあり、もの書きとしての近藤紘一氏しか知らない。ただ、それでも、これだけ読ませる書き手である近藤紘一氏なら、署名入りの記事を随分書いたのではないかと思う。また、同じく今は亡きジャーナリストの千葉敦子さんの著書にも、近藤紘一氏の訃報を聞いて入院していたことを聞きながら見舞いに行かなかったことを悔やむくだりがあった。二人は、戦後の昭和という同時代を駆け抜けた記者仲間だったに違いない。

千葉敦子さんのこと

最近になって時々思い出す千葉敦子さん。学生時代にさんざん読んだ。

千葉さんはもともと東京新聞の経済記者で、1987年に亡くなるまでフリーランスのジャーナリストとして活躍された。乳がんにかかってからは闘病記や日米の医療事情についても、自らの体験を交えながら書いている。

千葉敦子さんの本を最初に読んだのは確か『ちょっとおかしいぞ、日本人』だった。千葉さんは海外旅行が好きで毎年3週間半の休みをとって(毎年まとまった数週間の休みがとれることを条件とし、転職の度に約束をとりつけたという)、また英語でも記事を書いているジャーナリストでもあったから、視点がとにかく当時みられた日本社会の伝統的な考え方や男性中心の見方から大きく離れていた。飛躍していたといってもいい。この本『ちょっとおかしいぞ、日本人』も比較文化論だったと思うが、それを機に千葉さんのほかの著作に手を伸ばすようになった。

私は昔からその傾向があったが、ひとりの著者に興味をもつと、その人のほかの著作も一気に読破する傾向がある。彼女の本も手当たり次第読んだ。そして、読み進めるうちに既に他界されていたことを知って衝撃を受けたことを覚えている。そこには今を生きる生々しい筆致を感じていたから、まさか故人からのメッセージとは思えなかったのだ。

彼女の本から学んだことはたくさんあるが、特に以下の点については重要性がひしひしと伝わってきた。
・ 世界の潮流を視野に入れる姿勢
・ 組織人でも必要なものはスペシャリティ
・ 情報収集、準備
・ 英語を身につけること
・ 自分への投資
・ 読書
・ ネットワーク

千葉敦子さんといえば思い描くイメージは、
・ フェミニスト
女性の能力を信じているし、女性の甘えにも手厳しい。日本社会は女性を活用しきれていないと嘆くが、この点は今もって替わり映えしていない。
・ 徹底した時間管理
学生時代から時間管理はしていたようだが、がんになって、またニューヨークに移住してからなおのこと、彼女の本の中でも時間管理の徹底ぶりは貫かれている。
・ 人生や日々の生活における優先順位
・ 仕事あっての人生、経済的自立
・ 人生を豊かにするには仕事以外のことも大切―自分への投資(プレセント)、旅、読書、遊び、友情など

がんになってからのメッセージではこんなことも訴えていた。
・ 一日30種類以上の食品をとる。
・ がん患者に必要なのは、仕事を休んでゆっくり休養をとるではなく、病気を抱えながらも仕事を続けられること。病人からすぐに仕事を取り上げてはいけない。
・ 患者は医者に頼り切ってはいけない。自分以上にその人の健康や体について心配する人はいない。

何度も読んだし参考になった本は『ニューヨークの24時間』、『ニュー・ウーマン』の2冊で、考えさせられるのは『よく死ぬことは、よく生きることだ』です。いずれの本も読後感として、学生だった私にはプロフェッショナルとして生きる大変さばかりが強い印象として残ったが、それは彼女がフリーランスだったために得られた自由と厳しさを実践していたからだ、と知るのはもっと後のことだった。

千葉さんは1964年に大学を卒業し東京新聞に入社している。となれば、キャリアを積んでいた頃がおそらく日本の高度経済成長時代にかかっていたのだろう。作家の桐嶋洋子氏や政治家の川口順子氏、『サイゴンから来た妻と娘』等で知られる当時サンケイ新聞の記者でもあった近藤紘一氏と、同じ時代を生きてきたことが著作から伺える。1987年に他界されているが、それまでオンライン・データベースを使っているから、まさに時代を先取りしていたに違いない。少しずつだが日本社会も彼女の描いていたように進んできていることも考えれば、おそらく20年早く生まれてしまったといえよう。今の時代ならば、彼女はもっと活躍できたかもしれない。それでも彼女は『死への準備日記』の中でこう書いている。

人生で求めたものはすべて得られた。いつこの世を去ろうとも悔いはひとつもない。

こんな人生が送れればなんと素晴らしいことだろう。

『世界を歩いて考えよう!』

この本は海外旅行をする時に持っておくと面白い視点や着眼点が紹介されています。「あ~楽しかった」という以上の印象や学びを得る旅行をするための手引書とでもいいましょうか。著者のちきりんさんも、旅行から戻っても「あること」が頭に引っかかっていて調べたり、説明を求めて考えるのでしょう。あるいは後になって、ふとした時にアンテナやしまっていた記憶の引き出しが反応して「なるほど、そういうことだったのか!」とピンとくる―そんな著者ちきりんさんの様子が目に浮かぶようです。ひと昔、ふた昔前ならば、下手をすればこの本は『旅行を10倍楽しむ法』などという陳腐なタイトル本になっていたかもしれず、世に出たのが今でよかったとつくづく思います。

そのユニークな視点や切り口は、まさに多種多様です。紙幣(→貨幣経済)だったり、博物館や美術館(→歴史、展示品の帰属・所有権)だったり、途上国の現実(→貧困問題と社会のリアリティ)、野生動物(→自然の掟)、共産主義、移民や二世の宿命、ミイラ、ベトナムのボートピープル(→歴史の流れ、視点や社会の変化、あるいは悠久に思いを馳せるもの)だったり。中には、南欧の観光資源の潜在的ポテンシャルにまで触れており、イタリアの観光ポテンシャルなんてこれ以上あるの?と思いながら読んでいましたが、顧客が替われば(増えれば)そういう見方もできるのかという展開になっています。



なかでも特に印象的だったのは、ニューヨークのフラッシング・メド―ズの話です。ここを読みながらある出来事を思い出しました。

あれは2010年のこと、ニューヨークでホテル代節約を図り、フラッシング・メド―ズのアパートに3泊したことがありました。フラッシング・メド―ズの駅周辺には一見してチャイナタウンと思しきエリアが広がり、韓国人経営のお店も散見され、まさに本書にもある通り「お世辞にもきれいとはいえない」街並みでした。ニューヨークのグランドセントラルからフラッシング・メド―ズまで確か30分以上かかったと思いますが、宿泊先のアパートに行くにはフラッシング・メド―ズの駅からさらにバスに乗る必要がありました。アパート近くの降りるバス停がまた妙にわかりにくく、白状すれば間違えたバス停で降りることがままありました。ニューヨークに出ればアパートに戻るのは毎日夜、早くても夜8時で日は落ちています。外は暗い上に地理に明るくない私は、バスに乗って降りる場所を間違えては反対方向に行くバスで戻りまた間違えて、を繰り返した日もありました。一日目に間違えたので次は注意してバスの運転手に住所を見せたところ、ご丁寧にまったく別の違う場所で降ろされたこともありました。降りた場所が違うとわかった時は、もう自分しか頼れないと覚悟を決めた瞬間です。後はすぐさま、そこから無事帰るにはどうするべきか、しかもできるだけ早く(危険な目に遭う前に)知恵を総動員する、いわば時間との戦いでした。こういう時は、「どうしよう」などと思案に暮れている場合でも泣き言を言っている場合でもないのです。

ある日のこと。既に辺りは暗く雨も降り出し、降りた場所(もちろん間違えて)から前後100メートルに歩いている人影はなく、一人旅だったこともあり怖い思いをするには十分すぎる状況でした。こういう時は知らない人がいてもこわいものですが、ひとっ子ひとり視界にいないのもなかなかどうして怖いものです。ヒッチハイクをしても怪しい(少なくとも不安げな形相をして怪しく見えたであろう)アジア女性に一瞥はするものの止まってくれる車などほとんどなく、一台だけ止まってくれた車は「近くにガソリンスタンドがあるからそこに聞くといい」と親切なアドバイスを残して走り去ってゆきました。そこはアメリカ、「近く」といってもガソリンスタンドなど至近距離には見当たりません。ひとしきり歩いてようやくみつけたところで、別のバス停まで歩くよう教えられた時は、心の中では泣いていました。

それでも平静を装って周囲を警戒しながら歩き続けてようやくたどり着いたバス停。普段、ある程度の沈黙でも耐えられる性分の私ですが、ここまで話さず黙々と歩いている状況にいい加減たまらなくなったのだと思います。いつの間にか同じバス停でバスを待っていたインド人女性に話しかけていました。聞けば彼女はインドからの移民で、夫と一人娘、義母と4人暮らし。しかも私が日本人と知るや否や、2003年まで日本に住んでいたこと、桜と人の親切さが忘れられず東京の大ファンだ、と日本の良さを語ってくれました。「日本人は親切」というのは耳慣れた話ですが、彼女の何気ない話や「日本、東京」の響きが、異国で極めて心細い状況の私を元気づけるには十分な力を持っていたのでしょう。もうひと頑張りしてアパートに戻る(そもそもそうするしかないのですが)気力がわいてきたことを覚えています。件のインド人女性は「最近ようやく仕事を見つけたの。今は病院の仕事から帰るところ。娘は義母が見ているから大丈夫」と彼女が話すのを聞きながら、それでも午後3時から夜11時の仕事は4才の娘がいる母親には大変だろうにと思ったものです。その時は知る由もなかったのですが、フラッシング・メド―ズが「夢を持ってはるばるアメリカに来た人の街」であり、「そこを出ていくことがステイタスとされている街」と本書で書かれているのを読んだ時、「そうか、そういう街だったのか」と驚くと共に、あのインド人女性を思い出しながら妙に腑に落ちた次第です。

ところで、6月1日のちきりんさんの講演会でのこと。日本好きながら海外旅行をする理由として、「海外旅行をすることで様々な視点が得られる。人々と話したり世界各地での生活を知ると、自分という存在や自分の悩みがいかに小さいものかを知らされる」ということを話されていました。また、困った時にこそ「笑う力」が大切さとも強調されていました。全く同感ですが、もうひとつ私の中にずしりと響いた言葉は「海外にいくと、これ以上ないほどの『社会的弱者』になる。」というくだりでした。

フラッシング・メド―ズでバスから降りる場所を間違えていた私が助けを求めてもつれない対応をした人々や走り去った車にとっては、私が困っていることはまあ、どうでもいいことなのです。そこで私が笑顔を見せていればもう少し状況は違ったかもしれませんが、当時の私は笑うどころではなく、落ち着き(=ワタシ別に怖くないからという強がり)を装うので精一杯だったに違いありません。そして、それはあの時の私は圧倒的な社会的弱者だったとも思うのです。もし同様のことが土地勘のある日本で起きていたら、バスがダメでも電車がある、とか、あのお店に行けば大丈夫そうだ、どこで時間をつぶそう、などと瞬時に選択肢が浮かび判断できるのですが、すべてが皆目分からない状況に置かれていたのがフラッシング・メド―ズの私だったのです。



おそらく、私はちきりんさんと同じ世代だと思います。そして私も旅行好きな方です。なのに、あろうことか、これまで行けたはずのソ連もベルリンの壁も自分の目でみていませんし、昔の中国にも行っていません。それでもこの本をたどると、ソ連の共産党幹部がクレムリンに居並ぶ時の様子やベルリンの壁が崩れていく頃の時代、天安門事件のあった頃の中国などが次々と思い出され、時代や人々の話(友達でソ連や中国を旅行する人がいました)、自分の人生での出来事と重ね合わせることができるのです。それはたまたま、著者と同世代だったがために感じるお得感なのかもしれません。

この本の醍醐味はそれだけではありません。時々しっとりした読後感を感じます。そして読みながらハッとするような生きることの哀しさや残酷さ、有無を言わせないリアリティを突き付けられます。キリンの親子の話、インドのリキシャを引く少年の話、ビルマのお金持ちの話などなど。読書なのにゆるやかなジェットコースターに乗っている感覚を覚えます。ついつい読み進めてしまうのですが、時々、ここでこの展開?という流れは、韓国ドラマ『チャングムの誓い』のストーリー展開のようです(ヘンな例えですが)。

長くなりましたが最後に。
私自身は自然が好きなこともあり、これまでどちらかといえばアジアの地方や辺境地を中心に足を運んでいました。自然も捨てがたいですが、これからはもっと歴史のある国や場所を回ってみたいなと思い始めています。ちきりんさんは社会派と銘打っていることもあり、本書では自然の話はあまり出てきません。それでも最近のちきりんさんはケニア、タンザニアにも行かれているとのことですので、「自然派きりん」(←ちきりんさんの分身)からみた第二弾を期待したいと思います。本のタイトルはちきりんさんが自分のアタマで考えて下さることでしょう。



今日は、これまでブログではあまり書かないできた書評なるものに挑戦、という趣旨で『社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう』の書評にトライしてみました。『世界を歩いて考えよう!』の書評コンテストに応募してみます。

(追記)
書評ブログコンテストの結果はこちらです。
同じちきりんさんファンの書評ブログを、味わって読んでみようと思います。


書店めぐり


わたしは書店に行くのが好きで、暇さえあれば、あるいはちょっとした時間を見つけては書店に立ち寄るのが常だった。でもそれが存分にできたのが学生のとき。そのうち、社会人になり静岡を皮切りにあちこち転々としたり、子どもが小さいうちは、そうした時間の使い方は夢のまた夢、そもそも近くに大きな書店がない環境も味わった。そのうち、アマゾンやらオンラインで本が買えるようになったので、それはそれは助かったもの。静岡やアメリカの小さな街にいて味わった、ひそかな感動は忘れられない。

それでもやはり書店回りの魅力は手放せない。ということで、ここ数年は、習性のように書店めぐりをしていた。本当にしたいことは、半日くらい大書店で過ごすこと、そして、買いたい本をバンバン決めていくこと。

年末くらいから、仕事やらほかの所用が重なり、なかなか書店までいけないでいた。今日の午後はそういう時間がようやくかなった。

ところが、である。

何気なしに向かった土曜日の新宿。大書店をめぐるとなればいくつか通りを歩き、人垣を越えなければならない 。どこにたどり着くまでに、ひと、ひと、ひと。新宿に行くのもご無沙汰していたから、夕方にはすっかり疲れてしまった。だからか、手に取った本はたくさんあるけれど、今日買った本は新書1冊のみ。



帰宅し、家の本棚を眺めてみた。昔読んで記憶に残っている本を読み始めたところ、やっぱり面白い。昔と違う視点で読めるのがまたうれしい。となれば、しばらくは昔めぐりの本の読み方をしようかなと、あるいは買って読みきれていない本(これがまだ多い)や古典をゆっくり読んでいこうか――書店めぐりに疲れた情けない今日、そんなことを思っている。

あるいは Kindle にも挑戦?早々と買った割には眠っている。。。


プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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