大学図書館

振り返るに、今まである意味、大学や図書館に囲まれた生活をしてきた。
 ・ 大学、大学院まではいいとして
 ・ その後働いていた研究所や大学院大学もいいとして
 ・ 米国の大学院―それはもう、無尽蔵の蔵書とすばらしい図書サービスの数々。全米の大学
   ネットワークやe-library, アマゾンの普及も手伝って、本には不自由することはなかった。
 ・ 帰国後約2年間―図書館に囲まれる生活という点では真空地帯にいたかもしれないが、
   なぜかそれほど不満はなかった。やはりアマゾンの力かもしれない。
 ・ そしてまたここ数年、大学や研究所で、近くに大学もあり、本には不自由しないはず
   だった・・・。

先日、とある大学図書館まではるばる出かけた。というのも、分野外の専門書を急遽読まなくてはならない状態になったからだ。調べてみると、○○大学の図書館にあるとわかった。ただ、大学は春休み中(なんてことはすっかり忘れていたが )で、平日でも閉館になる日もあるらしい。また開館時間もいろいろ変更があるそうだ。もちろん所蔵の有無をはじめ下調べと準備はバッチリ。あとはそこに出向いて本を借りるのみ。慣れない敷地内でようやく建物を探し当て、地下2階まで下がり、奥の書庫に行き迷路のような中を突き進み、やっと見つけた1冊。手を伸ばし開いてみると、貸し出し欄は空欄。2006年出版だが学内どころか借りた形跡は一切ない。

ずんっ  (随分と重い本だこと・・・) → 階段を上がり  → 貸し出し手続きへ

図書館への紹介状をみながら、「少々お待ち下さい」とカウンターのスタッフ。さんざん待たされた挙句に言われたのは
「すみませんが、この本は本学の学生でないと貸し出しできないことになっているんです」
目がテン  とはこのことである。それなら電話で問い合わせ確認した時に、なぜそう教えてくれなかったのだろうか??
そもそも、貴重な昼休みを使ってそこまで行き、本を求めて荷物を片手に地下2階まで下りてゆき、重い本をもって階段で地上階受付まで来た挙句に、にこやかに断られた時の脱力感ときたら・・・。
何も辞書とか古文書でもあるまいし、この2年間、学生も教職員もだれ一人借りていない。この、いかにも需要のない本を求めて来た学外の人に貸せない本、そして図書館サービスとは一体何であろう。そう思ってみればみるほど、あまりにフツウの本・・・(ちょっと重いけど  )。

どんなに e-libraryが発展し電子ジャーナルが普及しても、どうしても図書館の手を借りなくてはナラナイ時が、やはり出てくる。絶版の本、分野外の本、今日中に必要になった時、今回の私のようにあまり興味ないけれど急遽読まざるを得ない状況・・・。そしてそういう時は往々にして不意にやってくる。

基本的に個人で本を買ってしまう人は少なくない。なぜか―ひとえに「待ってられない」からだ。
では何を待てないのか。それがいろいろあると思う。名づけて、ユーザーが待てないことリストを
挙げてみます。
 ・ 待望の本が届くのも
 ・ 設備が整うのも
 ・ 行き届いたサービスが大学や連携している複数の大学間に浸透するのも
 ・ 図書館サービスの主体である人材が育つのも
 ・ ニーズに素早く応える仕組みを作るにも
 ・ そのための予算がつくのも
 ・ 予算をつけようと学長や行政が動き始めるのも
この「いろいろ」は、そのまま図書館サービスの質に直結しているということを、図書館業務に携わる人、もっと言えば図書館行政の関係者は認識しているのだろうか。

言い過ぎを承知で書けば、私の見る限り、大学図書館で働く人はニーズに反比例したようにどうも仕事中、のんび~りしている方が多いように見受けられる。まだ公共図書館の方がキビキビしている気さえする。想像するに、大学の先生や研究者は結局自分で書籍を買ってしまうことが多く、よほどのことでないと図書館は利用しない。対して公共図書館は、利用者もニーズも様々で、地方自治体もサービスの質向上に努めようと躍起になっているところもあるくらいだ。もうこの際、各図書館に一人でもいい、図書や文献を手元に置いておく重要性を知っている人、配置するべしと思う。大学図書館のクライアントは学生だけではない。時間との戦いで図書館まで足を運んでいる人もいることを理解してほしい。

大学図書館サービスとは一体何であろう。

以前、よその大学に文献コピーを依頼した時、見開きB4サイズに近い文献が、A3用紙にコピーされて届いたことがあった。思いっきり非対称だし、黒い面積の多いこと。紙の無駄に思えるが何より読みにくい。コピーし直さなくてはならないが、やはり紙と時間の無駄だ。せめて次回はと思い、
「拡大でも縮小でもいいのでA4か用紙のサイズに合わせるなり、両面コピーにしてもらえませんか?」
と尋ねてみたところ、即座に返ってきた答えは
「他大学に複写依頼を出すのにそこまでリクエストはできないんです。コピーの取り方は先方にお任せするしかないんです」
本当だろうか?経費を払っているのに依頼すらできないのもおかしな話である。せめて試しに頼んでみてもいいのでは?さもなくば、もう次からコピーはいらないからスキャンかPDFにして送ってもらいたいものだ。

美術館、博物館、大学図書館等をみれば、その国の知的ニーズがわかる、という。確かにアカデミズムや知的ニーズと相関関係が高い。図書館だけが理由ではないが、50年後、いや20年後、このままでは日本発の学問の、世界への貢献度も怪しくなっているかもしれない。日本発の学問が取り残されていくのは忍びないけれど、とにかく私は待ってられない!ということで、ごくたまに図書館を利用してこんな目に遭うまでもなく、結局自分で本を買い続けることになる。


スピーチ

京都から戻ってきました。ずっと缶詰で街の雰囲気を味わうことはあまりなかったのですが、やはりあちらこちらで卒業式だったみたいですね。

*********************

さて、日本の卒業式でと対で思い出すのが、米国の卒業式。米国で卒業式といえばガウンとスピーチ。
アメリカ人は(*1)、スピーチが好きである。スピーチを聞くのも、するのも、話題にするのも、大好きなのだ。予備選から大統領選や政治の話題があれだけ盛り上がるのも、スピーチ効果が大きいのではないだろうか。

私のドームメイト(同じ寮の住人)で、政治学専攻の大学院生が二人いた。彼らは、当時まだ上院議員だったヒラリー・クリントンがスピーチ前にテレビに映るだけでワクワクすると興奮していた。そしてスピーチが始まるまでヒラリーのどこがいいのかを主張し合い、惚れ惚れとした目つきでスピーチを見入った後、あのスピーチはどうだった、とかあそこがツボだったとか、スピーチ談義を続けるのだ。スピーチを聞くだけで今宵はハッピー!といわんばかりだった。

その影響か、私もスピーチを聞くのが好きになった。英語の勉強がてら最初に聞いたのは、とある大学の卒業式に招かれたバーバラ・ブッシュ元大統領夫人のスピーチだった。それまでスピーチとは政治家のするものかと思っていたが、私はすっかり彼女のスピーチにしびれてしまった。いいスピーチとは、聴く人を鼓舞させるだけではない、どこかしんみりとした余韻やユーモアを含み持つ。そして人の気持ちを和らげる不思議な魔法の力がある。

米国の卒業式は新緑の5月である。卒業式に祝辞スピーチをするスピーカーに選ばれ招待されることは、ちょっと名誉なことらしい。スピーカーを選ぶのは卒業していく学生である。私のいた学校ではスピーカーの決定プロセスはこうだった。
・ 2~3月頃、スピーカーに呼びたい人のアイディア募る、と卒業式担当の学生からメール
・ この人の話なら聞きたいと思う人がいれば、自由に名前を書いて提出
・ 担当がリストを作成し(*2)、ひとり1票を投じる
・ 多数決+予算との兼ね合い、で決定

ちなみに、残念なことにリストが残っていないので正確には覚えていないが、15人くらいは名前が挙がっていたと記憶している。著名人や在籍の大学の先生もいれば、知る人ぞ知る、みたいな評論家もいた。私がよく覚えているのは、まだ『不都合の真実』で有名になる前のアル・ゴア元副大統領と進化生物学者のスティーブン・グールドだった。グールドに会ってみたい!と単純に思った私(←元生物学科出身、一応)は、迷わずグールドに投票。だが、当時彼は病魔と闘っていたのだ。おそらく選ばれても来られなかっただろうと、あとで漏れ聞くうちに彼の訃報を聞く。結局その年のスピーカーは、ワンガリ・マータイさんだった。彼女はちょうど、客員教授で半年ほど米国に滞在していたのだ。これまたノーベル賞で有名になる数年前のことである。本当に人を惹きつける話が上手な彼女は、瞳とアフリカン・ドレスがきらきら輝いていた。


*1 一般化するのは極力避けたいのだが、この場合は、アメリカ人はといっても的外れではないと思う。
*2 基本的にだれでもいいのだが、ここでリストに残るのは招聘代など予算の関係もあるのでやはり北米在住の人になるようだ。もちろんちょうど会議でその時期米国に来ている、という理由ならアリかもしれない。だが、米国で5月の会議は少ないような気がする。



ひとえに安堵

このところ、先週以来ずっと追われていた仕事からようやく解放されました~。
仕事以外にもいろいろあったので、長かった1週間でした(しみじみ)。
長い長いトンネルを抜けたようで、ひとえにバンザイ ! です。

人間、全力を尽くし切った後は脱力状態になるのだと、しみじみ思いました。
今はもう、わずかな達成感のほかは、ただただ感謝あるのみ。
この間、それはもう、たくさんの人に多分に助けられましたが、そういったお力添えなしには
切り抜けられなかったはずです。助けてくださった多くの方は意識していないかもしれませんが、
いろいろな形で力を与えられ、また励まされた1週間でした。たとえばある方は、
「グローバルミッションへの参加、陰ながら応援しております!」
と、急遽キャンセルを伝えたメールへ、お返事下さいました。
そうか、全然気づいていなかったけれど、グローバルミッションだと考えればいいのでした。
あの一行が、もう少しで萎えそうな私を俄然、奮い立たせる糸口となったのです。
あれやこれやと思い起こすまでもなく、ほどなくして目頭が熱くなり・・・。

仕事でこんな思いができるなんて、何だかとっても幸せです。




日本のホテル

久しぶりの国内出張。私はとにかく国内出張が大好きです。 

なぜって?

まず、日本のホテルは断然いい。いわゆる普通のホテルでも文句なくスバラシイ。発見というより再発見。まあ、私が行く海外はほとんどがアジアの途上国、ということでユニークなホテル(と呼べるかどうかはまた別の話だが、ここではいいとして)に縁があっただけ、と言えなくもないが。

日本では当たり前なので忘れていたが、海の外(=私の行く先々)に行くと必ずしも普通には(というか、まず99%の確率で)望めないものが、かなりある。その中でも私にとって重要なポイントをリストアップしてみると
① 水道水=飲料水であること
② お湯が出ること
③ シャワーがある/機能すること
④ 備え付けのティッシュ箱
⑤ 石鹸、シャンプー等があること
⑥ スリッパがあること

①水道水=飲料水であること
途上国は暑いところが多いので、水くらいはおいてあることも多いが、これがまたいかにも「飲めなさそうな水」(なかには何か浮かんでいることも…)なのだ。それだけに、水道をひねってジャーと水が出る喜びはひとしおで、思わず日本バンザイ!と叫びたくなる。
②お湯が出ること
お湯は出ます、と途上国のホテルに言われても、ハイそうですか、と信じてはいけない。というのも、出るまで妙に時間がかかって待ちくたびれて諦めるしかなかったり、出ても5Lまでと給水制限がかかったり、お湯ひとつ使うにもなかなかシビアな環境が多い。それが肌寒い11月以降だと、水浴びするしかない状態にただ耐えるのみ。日本のホテルではこのような心配は皆無である。
③シャワーがある/機能すること
日本のホテルなら、シャワー設備があれば壊れているワケがない。シャワーの高さもお湯の出も、時にはその出力パターンさえも調節可能なのだ( )。恐ろしいほど早くお湯に変ることもすごい。
④備え付けのティッシュ箱
これが当たり前だが海外では余程いいホテルでない限り、当たり前のようにナイ。日本では当たり前のようにアル。しかも二箱とスペアがあったりするが、この予備があるというサービスが素晴らしいではないか!
⑤石鹸、シャンプー/⑥スリッパ
このあたりは、もう最初からないものと思い、自分で用意するようにしています。中国のホテルだと、スリッパだけはあることが多かったです。


どれも日本のホテルなら、ランクを問わず、空気の如くいわずもがなのことです。チェックイン後にまたフロントまで戻り、「お湯でますか。あと、ちょっとシャワーの調子が・・・」とひとつひとつホテルのフロント(しかも途上国では無人状態がほとんど)にかけ合わなくても済む日本のホテルの快適さは、言葉の問題は差し引いても替え難い。たとえ日本語のできない外国人が京都や日本のどこかに来たとしても、この安心感は日本ならではないだろうか。

何はともあれ、国内出張が好きです。移動のスムーズは言うまでないが、もうひとつのお気に入りは朝食。幸せ感を味わいながら、1日のエネルギー源として日本食をたっぷり食べる。ところが、今日、見ていて驚いた。 ここは日本(京都)であり、どう見ても客の大半は日本人。レストランは随分混んでいるのに、朝食に日本食をとっている人はざっと数えても10人中2人ほど(ということは年輩のご夫婦と私だけ?)。日本人男性の大半は洋食メニューである。中には「味噌汁とピザを一緒に食べる~?」と叫びたくなる人も。しかし一番いいたいことは、「朝食時のレストランくらい、禁煙のみならず化粧禁止にしてほしい!」である。



帰り途

朝から外で会議、帰り途に卒業式に遭遇。突如、華やかさの漂う黒い群集が眼の前に現れた感じだった。キャンパス内で卒業式をしている日に、片や結構大がかりな(?)会議をしていたとは…
面白い(笑)。

人の間を縫うように歩きながら、みていて思った。
親も子も、人生で一番な幸せな瞬間なんだろうな~、と。まぶしいほど表情が輝いている
それにしても、この前までむこうにいたような錯覚をしていたが、いつの間にか親の気持ちにたって
考えているのも、不思議というか穏やかなものである。

それにしても、未だ本調子ではナイような? 

よろっ… (←ただ今の心理モード)

それでも今日から今週一杯、京都です。 これがあったから、先週は意地でも頑張れたようなもの?小さくてもいいから、何か発見があればうれしい。

ただ今・・・

何というか、先週水曜あたりから、とある仕事が急展開し、収まりがつきません・・・。
いまだ低空飛行を続けていることには変りなく、ということは急転回(クルクル回り続けている
だけ?)といった方がピッタリかもしれません(^^;)。

金曜はまだしも、土曜は予定を全てキャンセル、そして今日も…。
それでも毎日変らない唯一の光景は通勤電車にまつわるもろもろ。
しかも、今日は家を飛び出て駅に向かう途中で、ハッ!
化粧はおろか髪がボサボサ…(たまにやってしまうのです)。
車通勤していた頃はそれでも何とかなったのですが、今はどうしてどうしてデンシャです。
ところがそこで、幸運にも強風がビューン  と吹いてくれ、助かりました(^^;)。
それでもこういう時は、できれば誰にも会いたくないもの。と思う間もなく、ほら会っちゃった、
しかも久しぶりの人に…。

ブログをする方の多くは、活字好きだとお見受けします。
わたしもそうでした。でも、でも、昨日の帰りはいい加減、活字を目にするのもイヤになりました。
目が受け付けないというのでしょうか。いつの間にか右目の下は腫れてくるし、今日に至っては
肌のトラブル浮上(何年ぶりでしょう?)。

エラソーに言葉の話を書いていたわりには、連日、言葉にうなされております。

重要だが十分ではない

先日の日経に、興味深い記事があったので触れておきたい。タイトルは「自国語守れ、政策動く」「英語の一人勝ちに対抗」―概要は以下の通り。

・ 経済や文化のグローバル化、インターネットの普及を背景に、世界の言語は英語の一人勝ちの様相だ。だが、英語の圧倒的な広がりに対して危機感を抱く国々は、自国語の擁護策に動き出している。フランスやドイツに加え、アラブ首長国連邦(UAE)も言語ナショナリズムを打ち出している。中東の経済ハブで外国人が多いドバイは、英語が生活全般の共通語でもある。UAE政府はアラビア語を政府機関の公用語とすることを改めて昨年3月閣議で確認し、市内のファーストフード店はメニューにアラビア語を書き加える作業に追われた。また、海外で中国を学ぶ学習者が4000万人を超えたと12日発表した中国は、このまま海外の中国語学習者を1億人まで増やす計画。スペイン語も着実に広がっている。ポルトガル語を使うブラジルでも、2010年より高校でスペイン語の授業が始まる。「英語は重要だが十分ではない」とEUのオルバン欧州委員(多言語問題担当)。
・ 一方では、米アラスカのエヤク語のように地球上から消えゆく言語もある。現在、世界中で使われている約6000の言語のうち、2498は消滅の危機にさらされており、日本ではアイヌ語が「極めて深刻」の分類に入る。言語の問題は民族の文化と密接に結びついている。言葉とともに民族の技術や文化、知恵の伝承も失われる。言語を失うことは人類の多様性を失うこと、と指摘する言語学者。
・ インターネット上では言語の多極化が進む。インターネットで流れる全情報の約29%が英語だが、中国語(20%)、スペイン語(8%)、フランス語やドイツ語(5%)と続く。今後は中国、スペイン、アラビアなど英語以外を母国語とする利用者が急増するとみられている。英語の一人勝ちはこのまま続くだろうか。文化の多様性とグローバル化の折り合いをどうつけていくかが問われている。
(2009年3月15日 日本経済新聞より)

英語の優位性は確立しているかとてっきり思っていた。実は私自身、ブログを始めるなら英語でなくては、というほのかな思い込みがどこかあったことも否めない。
「どうせ書くなら、できるだけ多くの人に読んでもらいたい」
と思いながら、一方では
「どうせ書くなら、書きたいことを思う存分自由に書き遊びたい」
と相反する心理的葛藤。まさに日本語だって、「重要だが十分ではない」のだから。ところでこの「重要だが十分ではない」という言い回し、自分の中でマイ(プチ)ブームになりそうな気配。

繰り返しになるが、英語はすでに世界を席巻していると思っていた節がある。しかし、世界各地で言語ナショナリズムの動きがあると記事はいう。となれば、日本語の位置付けはどこにあり、それに対して日本は何をしているのだろう。そしてどこへ向かうべきなのだろうか。これに関して、水村美苗氏の『日本語が亡びるとき』が想起される(この記事でも紹介されていた)。伝統文化や先住民と聞けば心騒ぐ私にとって、言葉の問題も同様に、いやそれ以上に重要である。しかしこの本を読んで、言葉を職業とする人のもつ、言葉への飽くなき執念、熱く深い思い、葛藤や苦しみに、ただただ圧倒された。しかも、妙なことだが、本文で何度か出てくるこの表現になぜか励まされてしまったのだ。

        人はなんとさまざまな<自分たちの言葉>で書いているのであろう。


昨年秋のこと。カナダで開かれた1週間のシンポジウムに参加した。参加者(*1)のおおまかな内訳は、
  北米(カナダ・アメリカ) 82%
  欧州 5%
  アジア 10%
  南米 2%
  アフリカ 1%

最終日、シンポジウムのフィードバック評価で、主催者(主にカナダ森林局のスタッフ)が「ご意見があれば何でもどうぞ~」と率直な感想を求める。フィードバックの重要性はよくわかる。私からすれば文句なくすばらしい運営で、学ぶことも多かった。が、それは必ずしもその場の総意ではなかったらしい。
「はいっ!」
力のこもった声に一同振り向く。みると隣のテーブルにいたAさん。日本人の私同様、シンポジウムでは思いっきりマイノリティの部類に入るアルゼンチン女性。曰く、
「このシンポジウムではやはり言語上のサポートが不十分だったと言わざるを得ません。スペイン語の通訳もなかったし、コミュニケーションが十分できたとは思えないのです。北米から来た人が多いのはわかっていますが、もう少しノンネイティブにもわかる英語を使う工夫が必要だと思います。そうでないと、十分な議論ができません」
と言ってのけた。
おいおい、この期に及んで言語のサポートがないって、しかもここはカナダの地。それに参加者の顔ぶれを見ればもう英語を使うしかなかろう。西洋列強の植民地を免れたものの、よくも悪くもグローバル化の波に放り込まれた島国の民である私などは、あっさりとそう思ってしまうのだが。

思えばシンポジウム中、彼女は何かと苦労していた。
「関連してほかにご意見は?」
ポツリポツリと出てくる。
「確かに気づきませんでした。失礼しました」と模範答弁が出たかと思えば
「そうは言っても最初からシンポジウム言語は明記されていたし・・・」
一様に、何か言いたげだがどう表現していいのかわからないといった表情。ノンネイティブの一人は
「スペイン語だけ持ち出されても困るんですけれど~」
そう、英語以外の言語としてはone of themに過ぎなかったスペイン語。それに日本人からみれば、スペイン語と英語の隔たりがそれほど大きいとは思えない。現在、国連の公用語(*2)は、英語、フランス語、中国語、ロシア語、スペイン語、アラビア語の6ヶ国語である。まさか彼女もそれを思い出した、はずでもあるまい(*3)。
結局、英語とフランス語のバイリンガル男性が、その場を何とか収束させるべく登場。
「こういうご意見は貴重です。やはり我々がネイティブでしかわからない表現や俗語を使ったりしていたんでしょうね。もっと万人に理解される英語を、ゆっくり話すコミュニケーションを心がけるべきということじゃないでしょうか」
紳士ぶりを発揮してのたまう。

でも今なら思う。あのアルゼンチン女性が「通訳がなかった」ことを持ち出した背景に、もし、この言語ナショナリズムがあったのだとしたら、大したものだ。そして私は、多少違う思いで、もっと敬意を払って静かに拝聴したかもしれない。しかし、個人的にも彼女と言語について話す機会を持ち得なかった。何だか惜しいことをしてしまったのかもしれなかった。


*1 地の利も手伝ってこんなものだろうと思ったが、中国からの参加者はいなかった。最近、こういう場で中国からの参加者がいないのは、実は珍しい。

*2 なぜ日本語でなくアラビア語?と言いたいところ。余談だが、かつてイタリア語を公用語に加える動きが起きかけたと聞いた時は、飛び上がらんばかりに驚いたものだ。

*3 その頃、カナダは10月の首相選挙の直前で、ちなみに日本でも首相交代のあった時期。シンポジウム参加者同士で一様に盛り上がった話題は、カナダでも日本でもない、米国の大統領選に尽きる。そんな中彼女は一人、「政治や国際関係の話って、どうしても興味もてないのよね~」と話していたのだ。

卒業式シーズン

卒業式シーズンが始まったようだ。今週から来週にかけて、全国各地いたるところで涙と笑顔がみられることだろう。

日本の卒業式はどこか別れとか涙、哀しみ、思い出といった言葉がつきものだ。それが情緒社会のよさであり、日本の風物詩になり得るのだと思う。アメリカの卒業式などはちきれんばかりの笑顔と叫びばかりで、涙の入る隙間すらない(笑)。さらに日本では、涙は卒業生だけのものではない。むしろ親の方が感傷に浸るらしい。現に、
「子どもの小学校の卒業式は、絶対に泣いちゃうわ。考えるだけで今からもう泣きそう(・・・しんみり)。中学校はまあ、どうかしらね(アッケラカン~)」というトーンが、私の周囲でも支配的。

あの人は涙がある、というように、涙はいかにも日本的な表現だ。演歌にも通じるかもしれない。といいながら、私自身はあまり歌わない子どもだったので、あまり歌は知らない(知らなすぎる、と言われたことも ^^;)。ところが最近、いい子どもの歌が結構あることを知り、運転しながらハミングしていたりする自分にビックリ?!することも。歌詞には突っ込みどころもなくはないのだが(←そういう考えがよろしくない、と犬のポチ )、メロディーは心に染み入るものがある。こういう歌を、黄色い声で元気いっぱい歌っている子どもをみていると、その素直さにつくづく感動してしまう。これ以上もう成長しなくていいよ~とも思えてしまう。

は~、また季節がめぐりゆく・・・。

先の見えなかった長い学生時代、毎春、卒業していく学生を傍目に思った感覚が、久しぶりに蘇ってきた。

寒椿

今日、ご近所の方から椿をいただきました。いつもありがとうございます!
前もいただいたのですが、その時は適当な花瓶が見当たらずガサゴソと家の中を探して出てきたのが、この土瓶のような紅茶ポット(として使っていたモノ)。ここで一句でも詠めればいいのですが、写真でお許しを~。昨年末に初めて一眼レフを買って以来、何かと写真をとってしまいます。で、パチリ。

 
            つばき2


こうみると、ちょっと背景の線がない方がいいような・・・。

ついでに

プレゼンが無事終わり、質疑応答の時間に入りました。会場の反応が静かで質問がなかった(!)と仮定して、日本と海外でよく見られる傾向を並べてみます(ここでは敢えて思いっきり一般化してみますのでご了承ください)。

議長/ファシリテーター 「質問、コメントありましたらお願いします~」
(1) 日本  バージョン
し~ん → (演者)ホッ、ま、いいか → そこで議長が何か質問する、または「では時間となったので次の演者に」となる。
(2) 海外  バージョン
し~ん → (演者)明らかに落胆の表情   → 演者自ら とにかく何か を話し出す(議長が何か言い出す前に)。

とにかく何か、の部分は千差万別です。
(パターン1) そういえば言い忘れましたが~と切り出し、結構説明が延々と続く → そこで質問やコメントが誘導されて出てくることも多し。
(パターン2) 私のプレゼンは文句なくクリアだったのね~と話す(努めて冗談ぽく) → 必ず誰かが笑う。
(パターン3) プレゼンに関連するエピソードを何か話し出す。
(番外編) 発表中に会場の電気が急に消えた時  (←途上国で3度ほどあり)
演者たるもの(?)真っ暗な中でもめげずに  話し続けます。部屋は真っ暗、プロジェクターも消えているので、頼りは話だけで本当に声が響くのみ  。こんな状況で、しかもいつ電気が戻るかわからないのに話し続ける演者はエライッ~ と私は心の中で拍手しました。単に話し好きだったのかもしれませんが。


ここで、めでたく質問が出た  としても、あまり身構えることはないと思います。もちろん、聴衆はだれも演者をいじめよう、とはゆめ思っていません。質問者には、「とにかく知りたい、確認したい」という思いありきなのです。そもそも研究者は好奇心旺盛な人種ですから、少々違う畑の話でも基本的に興味を持って聞いていてくれるもの。そこでわからないことが出てくると「はいっ、質問~」となるのです。こういった質問や議論を機に、何か考えつかなかったアイディアにつながるかもしれず、もしかしたら共同○○(研究でもプロジェクトでもOK)の話が持ち上がるかもしれないのです。

一方、聞く側にも問題ありのことも、残念ながらゼロではありません。
なぜか、あまりに露骨に「聞いていない」メッセージを打ち出す人がいますが、明らかに聞いていないよ~という(あるいは意図せずともそうとられてしまう)スタンスは、極力避けた方が賢明です。聞いているフリをするのもスキルだと聞いたことがあります。逆に、どうみても質問できるはず(教授クラスで英語OKみたいな)の方が、一言も発せず黙って座っているのも、やや奇異に映ります。ある時、プレゼンを聞きながら時折頷いたり必死にメモっている先生が、たまたま私の斜め前にいました。どうみても経験豊かそうな先生です。しかも分科会だったので、おそらくその分野の方なのでしょう。人数も20人ほどだったので、そのメモ魔ぶりはそれなりに会場の注意を引いていました。それだけに何も参加しないのも妙で、それだけ聞き取れてメモれるのにどうして一言も発言しないのか、不思議~と視線が寄せられていました。

ともあれ、場の雰囲気は会議や学会ごとに違っていろいろですが、それも含めて味わうことがまた楽しく、勉強にもなるのです。ぜひ、お楽しみあれ!

プレゼンのコツ?

まあ、それでも気楽に行こうじゃないか~♪ (と、自分に語りかける・・・)
言語上のハンディは否めないけれど、日本人に生まれるってそんなに悪いことじゃない。むしろ何かと恵まれていることが多い(かもしれない)← だんだん弱気?

さて、いくら日本人がよくても何でも、避けて通れない関門は、英語でのプ・レ・ゼ・ン かと思い、今回の話。これがまた、私の課題でもあります( )。
ひとは言います。
「プレゼンに慣れるには場数を踏むしかありません  」
ハイ、その通りですが、場数を踏むには基礎訓練が必要です。この辺り、日本社会、特に大学で教える側にきちんと認識されているのでしょうか?というのも最近、何人か学生さんの発表を聞く機会がありました。大したものだと思いました。何よりその、英語でプレゼンしよう!という心意気がすごいです。大学生時分の私には考えられなかったことです。しかし、しかし、悲しいかな、言いたいことがよくわからないというか、あまり伝わってきませんでした・・・。

もしある日、プレゼン経験の少ない学生さんが、やる気のアル若い(いや、若くなくてもいいが…)先生にデータをみせに行ったとします。ほどなくして、突然(*1)こう言われたとしましょう。
「ちょっとこれ、面白いからもう少しまとめて半年後の国際○○学会にabstractを出してみようか?」
そうなると、通っても通らなくてもこの時からプレゼンの準備を始めなければなりません(準備といっても、構想を練ることから始まるのであまりご心配なく)。そして言い出した側としては、いずれ、何らかの指導がMUSTです。さもないと、日頃のトレーニングなしに、フルマラソンは無理でも10kmなら走れるだろう、と言い渡すようなものです。しかし件の学生さん達のプレゼンは指導あってのものだったのか、個人的にはちょっと気になった訳です。

中にはこんな声も聞こえてきます。
「プレゼンなんて内容がしっかりしていれば、問題ないさ~」
果たして、本当にそうでしょうか?

おそらくそれは特殊なケースのみでしょう。プレゼン大好きでしかも百戦錬磨、人前でしゃべり慣れている人。あるいは、ホットな話題やオリジナリティの高い結果の発表だったり、プレゼンターが滅多に聞けない、しかし誰もが聴きたがる類のプレゼンだったり。こういった場合、極端に言えばどんな話し方をしても、聴衆が必死に聞き取ろうと歩み寄ってくれるものです(が、そういうプレゼンターはすでに場慣れしており、やはり羨ましいほどお上手 )。ですから、内容さえよければというのは、凡人には当てはまらないように思われまする。

私も今までたくさ~んの失敗を重ねてきました。そして今も(汗)。ただ、プレゼンをするということは、人のプレゼンを見るチャンス でもあるのです。こういっては何ですが、同程度の内容やインパクトでも、聴衆をひきつけてしまうタイプと眠らせてしまうタイプがある、と感じたことがありました。どうしてだろうと思い、その場で気づいたことをメモしてみました。折りしも春と秋は学会シーズン。そこで!英語でプレゼンと考えただけでも緊張しちゃって~、という若い方に参考になればと、反省も込めて、いくつか挙げてみますね。だまされたと思って読んでみて下さい(笑)。名づけて、少なくとも聞く気にさせるプレゼン tips です。

1. 声の大きさ、聞こえる声であること
  声が届かないと、それだけで眠られてしまうことも?
  普段、自分の声ってあまり聞かないですよね。普通に話しているつもりでも、届いていないこと
  があり、聞こえませ~ン、と言われたことの何度もあった私です(*2)。声が小さいと自信なく
  見られることもあり、得することはあまりありません。
2. 比較的ゆっくり話すこと(緊張すると早口になるもの)
3. 聴衆とアイコンタクトをとる、せめて聴衆に背を向けない (←これができない日本人は意外と
  多い。ハイ、私も最初そうでした…)
  聴衆とアイコンタクトをとるよう意識すると、自然とpptを見続けてはいられなくなります。
  アイコンタクトは Wの字を描くようにとも言われますが、慣れないうちは、一点だけ凝視
  することを避ければいい、くらいでもいいと思います。
4. pptはわかりやすく(=1枚に情報を詰めすぎない)、適度にシンプルに(=懲りすぎない)
  アニメーション入れすぎたり字が細かいと、聴衆がついていけないばかりか、一番楽しんでいる
  のは当の本人だけ、ということも 
5. とはいっても、全体的に話すことを楽しむよう心がける
  本人がつまらなそうに話していたら本当に面白い内容もあまり伝わらず、効果半減です。
6. (番外編 できたらバージョン)休憩時間や自分の発表までに、友達や知り合いを一人でも多く
  つくってしまう。知っている人の話は好意的に聞いてくれる傾向があります。聴衆に味方が
  いれば、緊張も多少は和らぎ話しやすいものです。

な~んだ、と思われるかもしれませんが、できるものから試してみて下さい。
あ、あとあまり大きな声では言えませんが、小さなワークショップや分科会、集まりだと、この場を練習と思って質問してみよう(?)という輩がいることも、たまにですがあります(ハイ、私がそうでした…そして私は先輩からそう教わりました・・・)。ということで、だれにでも最初はあるのです。そこで、何事もまずは実践ありきだと思うのですが、いかがでしょう。

ざくっとまとめると(まとめにもなりませんが)
・ 準備と練習をしよう
・ 場数を踏もう
・ プレセンターなるもの、エンターテイナーであれ (←上級編かも?)


*1 こういう場合、突然にみえるのは学生だけであって、先生は前から考えなくもなかった、といったことがよくあります。学生からすれば、早く言ってよセンセ、といいたいところですが?

*2 学生なら発表を遮ってまでも「聞こえませ~ん」とハッキリ言ってくれますが、きちんとしたシンポジウムなどではもっと婉曲的な表現になってくることも。
発表後に挙手 → ゴニョゴニョゴニョ(←ひと通り感想やコメントを述べている)と前段 → 
「ところで、もう少しメッセージが後方まで届くよう意識されてお話になれば、一層素晴らしいプレゼンになったかと存じますが…」
ご配慮いただいているのは重々承知で有難いのですが、個人的には、学生バージョンの方がどんなに助かることか~。だって発表終わっちゃっているし・・・。


M先生の提言

日本の大学の英語教育について考えているうちに、とあるシンポジウムを思い出した。

それは、聴衆250人ほどのシンポジウムだった。途中から、本題とは外れて、国際農業研究における日本の人材育成に焦点が絞られていった。大学の先生やフロアからしきりに、日頃の雑感ともいえる意見が出されていた。
- 学生が海外に出ても通じるような教育を学部レベルで行わなければならない
- だいたい日本は博士号が軽視されている社会だ
- 日本は研究所の職員をもっと海外の研究機関に送り込むべきだ
- 今は子どもが海外の僻地(*)に行くことを親も本人も乗り気でない風潮がある
などなど。最初は議論が静かに展開していたが、そのうち日本人学生のコミュニケーション能力について、議論が加速していった。その流れを受けて、それまでずっと黙って聞いていたパネリストの一人、M先生がおもむろに口を開き、いともあっさりとこんなことを仰った。

「こういう議論は、実は別段目新しいことではない。おそらく2年後も同じことを言っていると思う。あるいは2年前も同じことを言っていたかもしれない。日本のこの状態は永遠に変わらないのではないか。なぜか。学生のことをとやかく言う向きは多いが、では教える側はどうなのか。たとえば日本の大学で、専門課程の2年間は全部英語で授業をしようという話が持ち上がっても、反対するのはいつも教授陣だ。負担も大きいし、できないからだという。先生にできないことを学生に求めるのはおかしな話ではないか。これは一例に過ぎないが、学生ではなく先生の側が一向に変わっていない。これでは日本は何も動かない。今日、パソコンを使えないと研究どころかどの世界でもやっていけないように、英語を含め国際社会で堂々と勝負できないなら、そういう方には早く身を引いていただいた方がいいと思う」

・・・・・・・・・・・・・・・・・  し~~~ん    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちなみにM先生は、日本をはじめ海外の研究機関で長く仕事をされてきた科学者で、いたって涼しい顔をしている。こういう意見にあまり抵抗がない人もいるが、どうやらその場に居合わせた大学関係者はかなりショックだったようだ。静まり返った場は俄かに活気付き、様々な反応と議論が百出していた。収拾もつかない、つかせる必要もないような雰囲気だった。

あとで、M先生は茶目っ気たっぷりに仰った。
「実はね、少し目を覚ましてもらいたくて、わざと挑発的に言ってみたんですよ~」
そして、そのシンポジウムは確かに2年前のことだった。


* 海外で研究所があるところは、たとえ首都でないにせよ僻地でもないのだが・・・。

書くこと

ハタ、と考えてしまった。
勢いで書いてしまったものの、日本人が英語で仕事をしていくには、本当にどこまでできればいいのだろうか?

もちろん解は一つではない。仕事の環境や職種、レベルにもよるし、またどこで働くか(海外か国内か、会社か研究所か自宅か、などなど)、さらに誰と仕事をするかによっても大きく違ってこよう。それでも自分の中で、常に目指すべき方向や軸は持っていた方がいいと思う。一例だが、研究者なら、短くてもいいからペーパーやプレゼンの用意ができること―これが分野を問わずミニマムかと思う。この二つはできると断然楽しくなるし、逆にできないと何かとタイヘンかと思う(ハイ、私ももっと書かなくては・・・)。

ではまず、書くことについて。
書くことは実に怖いことでもある。きちんと書くことの重要性を意識するようになったのは、「話している時は違和感のなかった人でも、書いた文章を読むとちょっと・・・」という場面に何度か出くわしてからだった。とかく言葉は、書くことでメッセージ性や書き手の考えが如実に表れてしまうコワ~イ代物なのだ(*1)。かく言う私も、自分の書いたもの(英語であれ日本語であれ)を人に見ていただきコメントをもらうことを重ねてきたので、今まで書いてきたものがそういう目でみられてきたのかと思うと、まったく冷や汗もの( 2乗) である。まぁ、英語で話している時はすでにネイティブでないことがバレバレなので、ま、いいか~(?)という開き直りも多少はあった。気になるのは、今でも日本の大学は、あまり英語でものを書く訓練をきちんとしていない様子だ。せめて、レポートでも何でもいい、この「書く」訓練を大学の英語教育で、遅くてもマスター修了までに徹底的にしてほしいと思う。基本は高校までの文法で十分なのだから。

もちろん書くのはペーパーだけではない。現実には、グラント申請書やら報告書やら、諸々のまとめやらが日本語英語を問わず、降りかかってくる。米国の大学院で散々書かされた時、Science is writing. と言われたことがふっと蘇り、今になってウーンと実感してしまう。英語で文章を書くのは決して楽ではないけれど、書いていて何だか楽しいと思えるのはせめてもの救い(*2)。

それでも、振り返ってみるに自然科学のペーパーは比較的書き易いのではないかと思う。データという、最強の(?)supporting evidenceが存在するからだ。それを軸にストーリーを展開していけばいいので、社会科学や政治学に比べれば、言葉の壁は低いと思われまする。もちろんそれ以外の要素が入ってくる場合は書き方に工夫が必要で、それはそれで大変なのだろう。特に自然科学の場合、競争相手がいたりして時間との勝負!という時のペーパーは、正直言ってキツイものがある。

概して、日本語(母国語)で読み書き能力が高い人は、外国語でも比例して書ける傾向にあるようだ。そう思っていたら、米原万里氏の本でこんなくだりをみつけた。
「どんな外国語も、最初の言語である母語以上に巧くなることは絶対にない。日本語が下手な日本人は、それよりさらに下手にしか英語もフランス語も身につかない。言語中枢の基盤ができていないからだ。」(『真夜中の太陽』より)

まさに至言だと思う。

ともあれ私の場合、若い頃の20代に英語力を鍛える努力があまりに足りなかった(…く、悔やまれる )こともあって、後でツケが回ってきた。だからもう、語学の学びに終わりはないと思っている。これから、少なくとも研究の世界で生きていくこと目指す人には、英会話にとどまらない(*3)、きちんとした英語の読み書きを目指した勉強をお薦めしたい。そしてそのスキルは、研究以外でも役立つ場面が意外と多い。


*1 ちなみにこれはオフィシャルな文書のみに言える。余談だが、ブログがこれだけ流行っているのも実は、軽い気持ちでサクサク~と書けるからではないだろうか。

*2 ちょっとした副産物もついてくる。海外の見知らぬ人から「ハ~イ、あなたのペーパー読みました」「○○について、書いたものがあれば送ってもらえませんか?」などのメールが飛び込んでくる時の、えも言われぬ気恥ずかしさとささやかなうれしさ。こればかりは英語で書いていないと味わえない。

*3 とはいうものの、日々の生活や人間関係でちょっとした小話や雑学が役立つことも多いので、楽しい会話ができるのもまたいい。

第二外国語よりも

大学の教養課程で、判で押したように第二外国語を学習させられる意味は何だったのだろう。後年、そう思ったことは一度や二度ではない。それにまだ若く、頭も柔らかい学生時代、せめて語学の種類くらい、専攻を問わず選択の余地を与えてほしかったものだ。いや、理系の学生ならなおさらのこと、ドイツ語よりも何よりも、まずはしっかり英語を勉強するべきだったと今でも思っている。

言うまでもないが、世の中の科学論文は英語で書かれるのが常。コミュニケーションも然り。日本人の私が、例えば韓国人と話そうと、中国人と話そうと、ラオス人やベトナム人と話そうと、使用言語は英語であり、英語でしかない。どんな海外の学会や会議でも国際○○とつく限り、英語以外の言語、例えばここはひとつフランス語のみで行きましょう、な~んてことは、まずない(*1)。当たり前といえば当たり前ではある。

学生時代、周囲には、理系だから英語はちょっと…とか、物理ができれば英語ができなくても「ま、いいか~」といった雰囲気がどこかあった(*2)。ところが、これが全然よくない!のである。英語の優位性は、大学院生なら早い時期に理解できよう。特にポスドクともなると、海外のポストを視野に入れる現実を考えれば死活問題にもつながる。アカデミックにいようが企業にいようが、現役の研究者が「論文を書く」といえば、英語以外の言語は頭にないのではないだろうか。理系と社会科学のごく一部の世界しか知らないが、経済学でも英語で論文を書くのは今や常識だと思われる。

そこで思うのは、いっそ学部での「必修科目としての」第二外国語を廃止し、もっと英語を徹底的に鍛えるべきではないだろうか。それでも英語以外の言語が教養として必要というなら、希望者が選択すればいい。何も小学校での英語教育などを議論するまでもない。高等教育での英語教育こそ、真剣に取り上げてほしいものである。

理系こそ、もっといえば研究者こそ、英語を使う場が多いのだ。そして、自戒を込めて思うのだが、一口に英語といってもやらなくてはならないことは実に多い。では一体どのくらいできればいいのだろうか。


*1 英語とフランス語の併用はあるにはあるが、時間もかかるし結局英語にしてしまうことが多い。

*2 今は昔のことであるがこういう人々は少なからずいた。でも私は思ったものだ。もし英米の物理学者を前にしたらこの人はどうやって勝負していくのだろう、と。

割り切り

ではどうして、米国まで行って本業の勉強がありながら、スペイン語まで習ったのか。そこには、いくつかの偶然とこだわりといえる思いがあった。

(1)ささやかな疑問
私は学部時代、生物学専攻ということで、第二外国語としてドイツ語をとった。第二外国語の単位が必須でも選択肢がドイツ語とスペイン語しかなかったことに加え、大学院進学の可能性を考え(*1)、「仕方なくとらされた」に等しいネガティブな選択だった。同じ学科の学生の大半はドイツ語をとっていたし、他学科も数学科はフランス語、○○科はドイツ語、とほぼ指定されていた。一方の、スペイン語をとった極めて少数の学生は、不思議なことに半年もするとかなり旅行レベルの会話が話せるようになっていった。しかも少ない人数のせいかわからないが、毎回の授業が楽しそうである。対して、ドイツ語では面白くもない本を読まされ、文法事項の学習に追われ、2年後にはドイツ語を理解するどころかドイツ語からの解放感しかなかった。それにしてもなぜ、同程度の学習時間で、彼らはあれだけスペイン語を話せるようになったのだろう。私がスペイン語を勉強するようになったのは、そんな不思議な思いが根底にあったのかもしれない。

(2)はかない夢
大学院の専攻の関係で、コスタリカのとある有名な森林について知る。日本からみれば中南米は遠い国だったが、米国にいると物理的距離も手伝ってものすごく近く感じる。まるで日本からみた韓国や香港の感覚だ。授業でもアマゾンをはじめ中南米の森林や植物群の話がよく出てきた。アマゾンに行くにはさすがに米国からでも時間的にかかるが、もしかしてコスタリカくらいなら行くこともあるかもしれない―夢はひとりでに膨らみ、言葉も少しくらい知っておいた方がいいだろうと安易に考えた。結果的に、同じ森林でもマレーシアに行くことになってしまったのだが(笑)、それはそれで思い出深い経験となる。

(3)環境も?
さらに、スペイン語を話す同級生(スペインや中南米出身)が学校に少なからずいたことも無関係ではあるまい。音が何ともキュートなのだ。それに米国では、スペイン語の標識やサインが日常的にみられる州や地域もある(カリフォルニアやテキサスなど)。テレビでも、笑えるようなドラマからニュースまでスペイン語のチャンネルがいくつもあり、英語のチャンネルでもスペイン語の字幕を出すことも簡単にできる。日本にいるよりスペイン語が身近に溢れているモードだったので、この環境を活かさない手はないと思ってしまった。

(4)日本語→スペイン語?
最初の年、日本語中級コースのTeaching Assistantをしていたこともあり、学内の語学コースがどのくらい勉強させるのかを垣間見てきた。日本語とスペイン語の違いがあるとはいえ、これだけ勉強すれば言葉もできるようになるだろう、と感心したものだ。せっかくだからひとつやってみるか、ポン!(← ヒザをたたく音)と軽いノリで始めてしまった…。

¿ 結果、どうなったか?

¡ なんとdemandingでタ・イ・ヘ・ン・な4ヶ月であったことか!

(記号だけスペイン語表記をしてみました ^^;)

授業と宿題をこなすのに精一杯で、ほかの勉強もあったので当然睡眠不足が続いた。フィールドもあるし、慣れない社会科学の論文はまとめなくてはならない―楽しかったけれど、もう次の学期をスペイン語に費やすのは断念した(半ばホッとしながら)。まあこの辺りは、今学期は語学やめよう~、と選べるだけ学部生に比べてやや気楽ともいえる。

私にとって、英語はいつまでたっても課題である。ちょっとスペイン語の世界をのぞいてはみたものの、やはり日本人の私が今鍛えるべきは英語である、という至極トウゼンの事実を突きつけられた思いでもあった。それどころか、「やっぱり磨くべきは英語だよね~」と、どこか諦めにも似た気持ちがあったのも否定できない。ひとつの言葉をしっかり使いこなせない場合、語学の器用貧乏ほど哀しいことはない。ところがちょっとかじっておくと、それなりにアンテナにもなり興味が深まる。だからスペイン語を習ってからというもの、英語以外の語学は楽しみとして捉えようと割り切ることにしたのだ。この辺りは人それぞれかもしれない。


*1 以前はドイツ語が、理系の大学院入試にまであったらしいのだ。しかしフタを開いてみると、私の受験した頃はすでに入試教科にはなくなっていた…。

教養の語学

スペイン語をとったのは大学院2年目の秋学期だった。思い出すだけでも、とんでもなくハードな学期だった。なぜか。もともとの専攻(Environmental Management)に加え、毎日一定時間をスペイン語の学習に割かざるを得ない破目になったからだ。

私はもちろんのこと、クラス全体が毎日こってり絞られた。まず、予習しないととてもついていけない。1回の授業で見開きA3版サイズのテキストが毎日3ページは優に進む。それだけでない。週に2回のテストはあるわ、宿題は毎日たっぷり出るわ・・・。しかもワークブックあり、プリントあり、作文あり、文法問題あり、自習用オーディオ学習ありと、宿題は日によって形を変えてやってくる。これらをこなしながら月曜から金曜まで、70分の授業が毎日お昼前まで続く。

ところで私の通っていた大学院では金曜に授業があることは少なく、金曜の午後となるともっと少ない(というかほとんどない)。学生も履修科目の選択時、余程の興味と必要性のない限り金曜には授業をとらないように工夫する。そのため木曜はすでに週末モードで、午前の授業が終わると「よい週末を~」の挨拶が飛び交っていた。そんな声を背中に、私は金曜日でもスペイン語クラスのために、歩いて15分先の学部キャンパスまで直行することになる。

ちょっとここで説明が要るかもしれない。そもそも語学クラスは学部生向けの授業で、米国人からすれば第一外国語にあたるのだろう。スペイン語のほかにフランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語、中国語、日本語(*1)、韓国語、ベトナム語、タイ語、とかなりの言語コースがそろっていたように記憶している(*2)。各教科ともネイティブの先生が担当し、授業の使用言語として基本的に習っている外国語(私の場合はスペイン語)によるコミュニケーションが原則だ。初級から上級までいくつにもクラスが分かれており、どのクラスも1クラス10~18人だった(最初18人だった私のクラスは、そのうち14人に落ち着いた)。やむを得ない時に英語にスイッチするというのが建前だが、初級クラスではさすがに100%スペイン語での意志疎通は無理があり、3対7(もちろん英語が3)程度の割合だったかと思う。

また語学クラスの付録としてSpanish Table―これはランチをとりながらできるだけスペイン語でコミュニケーションを図ろうという趣旨で、これが週に1回(月に3回程度)あった。スペイン語の先生が1~2人、ほかにスペイン語を母語とする学内の人たちが来て、学習中の学生の相手をしてくれる場だ。スペイン語や日本語コースしか知らないが、専任の先生だけでも6人はいたと思う。専任の先生が交替で来るほか、Teaching Assistantやその国から来ている短期(といっても半年~1年)滞在の研究者も時々加わる。Spanish Tableは自由参加なので、学生も全員が来るわけではないが総勢10~15人が集まると、学部カフェテリアの中でテーブル2つくらいを占めるSpanish Tableとなるわけだ。これも言語毎に設けられ、火曜のSpanish Tableは水曜にはChinese Tableになっている、という具合だ。

教養の語学とはいえ、必修教科であるだけでなく成績がかかっているから、学生も必死である。まだ10代の若い頭についていかなくてはならない私だって、必修でないとはいえそれなりに必死だ(そもそもスタート時にハンディがあったのはすでに以前書いた通り)。そこで、オフィスアワーも活用して先生に質問に行く。もっとも語学の場合、先生さえつかまればオフィスアワー外でも教えてもらえた。

このような語学教育が、外国語大学や外国語学部ではなく、大学の教養課程の一部として行われている現実が、私にとって一種の衝撃であった。今でもそうなのかは定かではないが、米国では若者が外国語を学ぶ予算が国防費から出る、と随分前に聞いたことがある。その時、外国語を身につけること=国の安全保障につながる、という考え方にいたく感心したことを思い出す。いずれにせよ一部の大学ではかなり手厚い語学教育をしており、見方を変えれば、これで力がつかないワケがない。これを2年間続けた結果、履修言語に強い興味を持った学部生は、さらに夏休み(5月~8月)を使って語学研修に行く。現地で自分の学んできた外国語が通じるかどうか実践で鍛えるというわけだ。

関連した例として、全米の大学で日本語を学び終えた人たちが、さらに磨きをかける場としての教育機関が横浜にある。そこまでして日本語を学ぶ学生はかなり本気で、すでに新聞やニュースは問題なく理解でき、中~上級レベルにあたる。平仮名はもちろん漢字もある程度書ける。こういった日本語クラスから、次のドナルド・キーンが生まれても決して不思議ではない。もちろんみんなが学者になるわけではないが、少なくとも高度な日本語力を身につけて仕事に生かす将来像をしっかり描いているのだ。同様に、あのスペイン語クラスのうち数人は、きっと今頃流暢にスペイン語を操ってビジネスや外交、研究に従事しているのかもしれないと思うと、彼我の差を感じてしまう。

本当は、理系離れやポスドク、研究の一面といった線にも触れてみたいが、巷でもかなり論じられているようだ。そこで、まずは手段としての外国語について、硬軟織り交ぜて時折書いていければと思う。


*1 私は日本語のTeaching Assistantを1年間していたが、これについてはまた別途書いてみたい。

*2 ほかにもインドネシア語、ミャンマー語、ヒンズー語、マレー語といった一部の言語でも先生がいた。ただ必修ではなく、どちらかというと主に、地域研究や人類学系の長期調査のために現地に入るドクターの学生向けに、コースが開設される感じだった。

今日のランチ

これでも一応毎日都心に通勤する身。ランチをはじめ食べ物に対するこだわりはあまりないというか、もともとグルメとは程遠い生活をしています。それでも平日は人とランチをするのが好きな方だと思います(昔とは大違い?)。ただ毎日というわけにはいかず、今日のように駅の立ち食いそばで済ませたいような日もあります。で、近くまでダッシュ でお弁当を買いに。すると初めてみました、こんなお弁当が並んでいるではないですか~。早速買ってみることに。これで600円、ご飯がついて700円。

                     090304.jpg


ハイ、初めての写真アップをしてみたかっただけです♪

今から?

関東地方、今日は雪 と朝から予報。もともと極力、傘をささないプチ主義ゆえ、例え持っていても傘なしで雨の中をスタスタ歩くことしばしば。傘をささないのは単に無精だから?(←半分中り。本当は電車でぬれた傘をもっていたくないだけ)。今日も職場から最寄駅まで5分の距離を足早に歩き、駅に着く頃に雪が舞い始める。

冷えた体にはお風呂が一番 ひと休みしてから甘酒片手に桃の節句を祝う ~なんて風情とは無縁の我が家。とはいえど年度末の煽りを受けてか、思わぬ方向から矢が飛んできたのは昨日のこと。急な締め切り。よくあるshort noticeとはいえ今回は量がハンパじゃない。か、書けるだろうか?(と考える間もなく、書かなくてはナラナイ) ということで今から仕事・・・。

な ・ の ・ に

よりによってこんな時に限って、待っていた本がドサーッと届いているではないですか~(泣笑)。まさにあの、高校・大学の試験期間中に無性に本を読みたくなる心境であります。

おどる

何語でもいいですが、外国語で初めて習った動詞って何か覚えていますか?
私の場合、英語はbe 動詞のほかに、walk とかgo, eat, play そんなものだったと思います。
フランス語はchanter (歌う)でした。さすがはシャンソンの国?ではスペイン語では?

米国の生活に少し慣れてきた頃、学部の語学クラスをとってみた。スペイン語クラスの初日でのこと。先生は、オードリー・ヘプバーン並の大きな目をしたアルゼンチン女性。初級クラスなので英語も適宜使うが、できるだけスペイン語で進めるのが外国語クラスの基本方針。スペイン語初級クラスのはずが、ふたを開くと多少の知識がある学生がほとんど… みんな簡単な挨拶くらいはできる上に、1~9の数字が言えるなど、初日にしてイヤな予感。対して私のスペイン語知識はもちろん、ゼロ。パエリアしか知らない。

ひと通りクラスの紹介などが済んだ後、ショートカットの先生は楽しげに話し出す。
「さあ、みなさん。まずはウォーミングアップのつもりで、簡単な会話をしてみましょう!
とにかく元気というか陽気なのだ。ただでさえ大きな目をさらに見開き、教室中を見回す。椅子と机は楕円形に並べられ、生徒数は1クラス18名ほど。大きな目が近づいてくる気配。確率1/18のはずなのに、やっぱりなぜか真っ先に貧乏くじを引いてしまった私・・・(そのクラスにたまたまアジア系が一人だったから?あるいはデキナイと顔に書いてあったからか?)
「いいですかセニョリータ、XXXXXXXXXXX(スペイン語)XXXX」
こんな質問、マイナス初級の私にされているとはとても思えない。
(普通名前くらい聞いてよね、そうだ、名前を聞いているのだろうか?)
そこで、おそるおそる
「マイネームイズ、」 (トウゼン英語しか出てこない)
「No, no, no. よく聞いてね。XXXXXXXXXXXXXXX」
聞いてわかるものでもナイ。人間、知らない単語は聞き取れないものである。しかもこれはスペイン語の初級クラスよ、先生!どこがウォーミングアップなの?恨めしい視線を投げかけていたであろう私  に、隣の学生から助け舟が。会話の意味はナント
「あなたは踊りますか?」  (普通こんなこと最初に聞くか~??)*

そこで No と言えばいいものを、それを言えば会話が止まってしまうことを察してしまうのが日本人の哀しさ。仕方なく
「・・・Si (はい)」 (その心は、ええ、まあ今までごくたまにはあったかも?)
「よく踊るのは何ですか?」(ほら、きた~)
「・・・」
実はあまり踊らないのです、とは今更言えない。
「ごくたまに夏祭りで、ぼ、ぼんおどりとか・・・?」 bon-odori, festivo, not every year (←無茶苦茶・・・)適当に単語を並べてみはする。
踊ったコトモアルかも?と言いたかったのだが、そんなニュアンスを汲み取ってくれる相手ではない。そもそもそれだけの情報をこちらも提供していない。すると敵もさるもの。
「それはどこの国のどんな踊りか説明して下さい」
「はぁ??」
「英語でもいいです」
完全に向こうのペース。何という弱い立場・・・。クラスの視線というより私の3倍くらいありそうな先生の目(こうなると目力といった方がイイ)に耐えきれなくなりそうだ。そこで、何としてもこの流れを断ち切るべく、おもむろに口を開く(もちろん英語で)。
「それをスペイン語で説明できるようになるために先生のクラスをとりました。今学期頑張りま~す!」
「オー、すばらしい~」(拍手~)
陽気な先生も単純かつオーバーではあるが、きっとわざと乗ってくれたに違いない。やれやれ。

そう、忘れもしない、スペイン語で最初に習った動詞、それはbailer 踊る  であった。


*とその時は思ったが、今考えればパーティーなど場面によってはありそうな会話である。

楽しいワケ

学生時代、第一外国語が英語で、第二外国語なるものがドイツ語(!)だった(これに関してはまた別途書きたいものだ)。遅ればせながら社会人になり、かなりしばらくしてフランス語を習い始めたから私のフランス語歴は浅い。だからだろう、ちょっとしたことでも面白く感じる(まあ面白がってばかりもいられないが)。

改めて言うまでもないが、フランス語には女性名詞と男性名詞がある。一事が万事、男女によって冠詞や複数形、形容詞、動詞、その他諸々が影響される。だから、男女どちらかを識別する必要が出てくる。これが初級者には難しい。例えば、
 père (父)、garçon (少年) が男性名詞で、mère (母)、fille (少女) が女性名詞
というのは自然だ。しかし、
 citron (レモン) が男性で、salade (サラダ) は女性
 de café が男性で de l’eau (水) は女性
と言われてもどうしてサラダや水が女になるの~?と叫びたくもなるが、とにかく昔からそうなのだから仕方がない。言葉には、理屈を考えてはいけない時がある。

それでも言葉は楽しい。ではなぜ、言葉を学ぶ作業や過程が楽しいのか、ちょっと考えてみた。
1.文化やお国柄が見事に表れる
  母語とする人が意識せずとも、言葉には文化やお国柄が随所ににじみ出る。異文化体験の
  片鱗を味わうには手軽で面白い。
2.言葉自体が変化していく
  やはり言葉は生きており、時代と共に変化がつきもの。話し言葉も、時には書き言葉でさえも
  変化するのは言葉のダイナミズムとでもいおうか。例えば職業名でも、男女両方の単語がある
  場合が圧倒的に多い。
   acteur 俳優 actrice 女優
   instituteur小学校の先生 intritutrice 女の先生
  これが最近フランスでは、小学校は女の先生ばかりになって男の先生を意味するinstituteur
  が死語になっている、という話を聞いた(本当だろうか?)。
  保母 → 保育士、chairman → chairperson みたいなものだと思えばいいのかもしれない
  が、社会の現状を反映した言葉の変化が興味深い。
3.新しい気づきや再発見がある
  これは母国語でも十分あることだが外国語では特にそうだ。私の場合、英語より、フランス語で
  ドキッとすることが多い。例えば、sauvage ソバージュ = WILD 
  だという。となると、ソバージュヘア = 野生の髪型?
  20代の頃はよくソバージュヘアを楽しんだわたくし。美容院に行ってお金と時間をかけてまで、
  「野生の髪型」になっていたとはね。ここでついでに、英語savageを見てみると、獰猛な、
  野蛮な、未開の・・・と続く(英語に救いを求めたのが間違っていたか?)。

  とはいえ言葉を学ぶ理由ともいえる魅力は、実はこの点(↓)ではなかろうか。

4.おそらく完全にマスターするのは不可能だから
  母語である日本語ですら難しい。外国語ならなおさらのこと、壁は自然と高くなる。しかしそこが
  人間の面白いところで、目標を掲げても容易に達成できそうになる何だかつまらないもの
  である。だから学びは続くよどこまでも~♪ となるわけだ。

いずれにせよ、何語であれ本当にうまくなるには、楽しいだけでは不十分である。そこで上達に必要なことはやはり、

5.どうしようもない必要に迫られること。しかも期限付きで!
  これが楽しくできれば目に見えて上達することだろう。

さて、そこへくると私のフランス語は完全に異文化を楽しむレベルで終わっています…(反省)。

1ヶ月

先週の東京は雨模様、雪もちらつき寒かった。すると出張中の同僚より、こちらは気温が30度です~、とメール。いえいえ、マイナス30度でしょう。というのも行き先は、アラスカはフェアバンクス。聞くだけでも寒そう  でもこのところ雪に無縁のわたくしからすれば、魅力的~。

今日から3月、ということはブログを始めてはや1ヶ月(ふぅ~)。
ここまで読んで下さっている皆様、一度でもお立ち寄りくださった方、どうもありがとうございます!

本当は、環境に変化でもあったら、あるいは何か人生の節目にでもブログを始めようと潜在的に考えていました。日常の大切さもひしひしと感じる今日この頃、防備録も兼ねてひとつ発信してみようと思い立ち、ほとんど発作的に えぃっ!とブログを立ち上げてみました。長さやスタイルも含め、これからどのように書き進めていこうか、正直まだ定まっていません。もっと短い方がいいかな~と、たまにエッセイ風にしようかな~と、あれこれ思案中。これからもたまにはのぞいてみて下さいね。
プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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