ウェブ時代をゆく (2)


昨日のつづきで、『ウェブ時代をゆく』について。

正しい場所に正しい時にいる in the right place at the right time
実は一番しびれたのがこれ。こんな平易なことばながら、このくだりを目にした時は、目が釘付けになり、何かが揺さぶられる思いだった。

これに関して、著者のいいたいことが集約されている箇所を、難しいが選んでみたい。
同時代の最先端を走り、歴史の変わり目の時期に、その歴史を書き換える可能性のある現場に主役として参加できるチャンスは滅多にない。生まれる時代がずれれば、そもそもそういう人生にはめぐり合わない。生まれる時代が正しくても、違う場所にいれば、革命的変化が起きていることさえ知らずに一生を終える。(『ウェブ時代をゆく』22-23頁)

そしてこうも言い切る。
人生のすべてがこの言葉にあるとまで思う。(同114頁)

さらに、男性より女性のほうが自然に「けものみち」を歩いていけるかもしれない、とさらりと書いている。ここに私は少しだけ注目したい。言われてみれば、その通りだと思った。なぜか。
概して、今まで日本の女性には、決まった人生のレールがあるようであまりなかった。その証拠に、ロールモデルが少ないのに、生き方に目に見えない枠や限りだけがどこかあった。幸運にも、好きなことを仕事にできたにしても、実際、どこまではみ出していいのか、わからない(そもそも、そんなことをしていいのかもわからない)。だから、働くことを前提にしてもせずとも、道なき道を手探りで進むしかなかった。ところが、一皮むいてみるとその実、男性に比べて人生の幅や自由度が高いようだった。時代の影響もあったのだろうし、ほかにも理由は多々ある。ともかく、働き方はもとより、働く目的も、家庭の形態も、しいては生き方自体が多様化しているために、もう千差万別にならざるを得なかったのだ。終身雇用制が崩れつつある今、男女の別なくその波が押し寄せている気さえする。

「最近の日本人女性は、実にたくましいですね~」
ここ数年、海外に出るとよく聞く言葉である。別に私のことを指して言っているのではなく、本当に日本人女性を総称して、いろいろな形で活躍している様々な例を見聞きしてきた男性の口から、思わずもれ出てくる実感のようだ。このセリフも、数年前はnon-Japaneseの男性によく言われたのだが、2年ほど前から、半ば感心し半ば苦笑まじりに日本人男性からも聞くようになった。しかも、それをつぶやくのは、判で押したように中年以降の男性に多い。日本人だと圧倒的に年輩の男性ばかりだ。昔を知っているだけに、よくもわるくも世代間ギャップを感じているのかもしれない。逆に、30代の日本人男性の口からはまず聞かない。女性の活躍はそれほど珍しいことではない、くらいに認識しているのだろうか。いちど聞いてみたいものだ。
いずれにせよ、「最近の日本女性はたくましいですね~」に対して、たくましくならざるを得なかったのだ、というのが私の思いだ。

ロールモデル思考法
著者は、ここから書き始めたというほど、この本の肝がこのロールモデル思考法である。ロールモデルと探すとはよく聞くが、ここで言っているのは特定のひとりのロールモデルを追い求める姿勢ではない。ロールモデルを選び続けること、しかも複数。その中から、生き方や時間の使い方、生活など部分的に参考になる部分、惹かれた理由を分析し、自分の好きを具象化する手法とでもいおうか。ロールモデルにみられる要素を、言葉は悪いが適度につまみ食いして、腑に落ちたものだけを自分に取り入れて活用する、みたいな感じかもしれない。生き方を追求したり悩んだりしている人々がおそらく無意識にしてきたことを、見事に言語化してくれたこのアイディアに、思わず膝をたたいてしまった。さらに著者曰く、
「行動に結び付けてこそのロールモデル思考法」であり、「ロールモデル思考法は長期戦」を要する。

生きるために水を飲むような読書
多くは語らないけれど、表現自体にしびれた。こんな思いは、かつてどこかで「切れば血のでるような文章」という表現をみて以来の感覚だ。

雨の日に自転車に乗る
この表現にも唸った。そして手をたたいて思った。
時代の変わり目を生きるには、変化を前にしたときに古い価値観に縛られないことが大切だ。その時、どんな変化も、「荒海に飛び込む」ようなものではなく、むしろ「雨の日に自転車に乗る」くらいのことだ、と指摘する。そうだ、今まで何であれ思いきって挑戦したときも、振り返ればそんなものだった!

調べてみると、著者はこの本を書くにあたり、本来の仕事をセーブし全力で書き上げたとあり、少し安心した。仕事のすきま時間で書いたとしたらもう、こちらのほうが倒れそうになる(笑)。


20代の頃は、おぼろげながらだが、もっと枯れた文章を書きたいと思っていた。今はちょっと違う。私もぜひ、本書のような文章を書いてみたい。そう思う。

一応、私は彼より若いので、いつかお会いしてみたいと思った。ただ、シリコンバレーにも将棋にも疎いのであまり共通した話題がないかもしれない。そこでまずは、数年後の続編をお待ちしすることにしたい。



ウェブ時代をゆく (1)


とうとうやってきた。梅田望夫著『ウェブ時代をゆく』について書く時が。
『ウェブ進化論』に続いて、『ウェブ時代をゆく』を読んだのは春先のこと。『ウェブ進化論』も今までにない本だったが、『ウェブ時代をゆく』は、読みはじめから私の古典となることを直感した、久々の本である。こんな人生の指南書が今まであっただろうか。読み終わってからも手元に置いては、何度となくすきますきまに開いたりもした、稀有の書である。

おそらくこの本は反響も大きく、すでにいろいろと書かれているようだ。そういう意味では遅ればせながらではあるが、私個人の記録として、この本の中で、個人的にヒットしたことばをとりあげてみよう(本書の中で繰り返しでてくるので、ページ掲載は割愛)。

一生にして二生を経る
最初のページから惹きつけられたのは、福沢諭吉を引用してのこのことば。数年前、ある人から、「生きてこなかった自分」というユングのことばとともに、「一度の人生、二粒おいしい」という考え方を教わった。以来、心のモットーでもある「一度の人生、二粒おいしい」に重なるのがこの、一生にして二生を経る生き方だ。欲張った人生でもいいんだよ、わがまま言っていいんだよ、と後ろから語りかけられているような気がした。

「群集の叡智」元年
あたかも社会学用語のような、あるいは特定の場面でのみ使われるような、そんなことばの意味を肌で実感する機会はそうあるものではない。ここでの「群集の叡智」は、まさにそんなことばとして登場している。著者はここで、ネット上の混沌が整理され、個の脳が連結して顕在化していくものを、群集の叡智と呼んでいる。選りすぐりの知をもっているはずの大学の先生より、ややもすると、個人によるネットによる発信が活発に始まっている。それが今の(少なくともこの本が書かれた2007年の)日本なのだ。その背景として、著者はこう書いている。

世の中には、「これまでは言葉を発してこなかった」面白い人たちがたくさんいる。(『ウェブ時代をゆく』16頁)
人がひとり真剣に生きているというのは、それだけでたいへんなことなのである。(同17頁)

このような思いを抱く人が、目に見えないだけでおそらく世の中にはかなりたくさん埋もれているのだと実感する。当たり前のことながら言葉にされないできた、こんな表現が飛び込んできたら、心に響かないわけがない。

けものみち
本書では、早くから自分の「好き」をみつけた人が疾走していく「高速道路」に相対することばとして、「けものみち」が登場する。私もこの「けものみち」をみたとき、この本のキーワードのひとつだと直感し、ぐいぐい引かれていった(それもそのはず、高速道路とは無縁だった自分のことにつなげて考えていたからだろう)。高速道路もけものみちも、同じく、好きを貫く道ではあるが、けものみちは、お手本や決められたレールとは無縁のものだ。その時に待っている道に道標はない。だからラクではないが、個人の才覚や工夫、対人能力、あとはちょっとした勇気があれば、いくらでも切り拓いていける道だ。しかも、高速道路とはまた異なる発見や苦労、醍醐味、達成感や寄り道、ハプニングがあり、それはそれでまた、世の中を面白くしているのではないだろうか。この本がユニークなのは、けものみちを正面から取り上げただけでなく、高速道路からいったん降りてけものみちへ入る可能性を視野に入れている点だと思う。

今の時代でも、いや今の時代だからこそ、好きを貫く人生もあることを、その先に待ち行くものも含めて、「けものみち」ということばはピシャリと言い当てている。これはまた、いかにも日本らしい、ひととの比較や世間の目を気にする姿勢とは対極にある生き方でもあり、まさにこれからのあるべき生き方を力強く提示している。これは、とくに日本の若い世代には励みになる概念だろう。好きな仕事に取り組めるのは、何も、芸術家や伝記の登場人物といった一部の天才だけではない。こんな当たり前のことが、今まで大人の口から語られないできたのだから。

「けものみち」はやる気のあるすべてのひとに開かれた道ある。しかし日本では、組織に依存せずに「けものみち」を歩く自由な生き方の在りようが、まだきちんと言語化されていない。(同105頁)

「好きを貫いて生きていけるほど、世の中、甘いもんじゃない」と古い世代は思わず言いたくなるかもしれない。(略)このあたりに世代間の根深い断絶がある。本書では「好きを貫く」新しい生き方と、現実社会と折り合いをつけて「飯を食う」ことを両立させるにはどうしたらよいかについても真剣に考えたい。(同29頁)

混沌として面白い時代
そして、こういう時代を生きるための心構えをさらっと述べている。
・ この大変化の時代を恐れるのではなく、楽しむ心を持つこと
・ 個の可能性を拡大し、個を開放するネット世界で生きるには、所属に埋没しない個の精神的自立が求められる。
・ 未来は創造するもの
・ 変化に適応しやすいのは組織より個であり、自助の精神で対処することで、脅威はチャンスに変わる。

ここまででまだ序章なので、序盤ですっかりこの本にはまってしまった、といえる(笑)。





つづき


今日は、Inter/multi-disciplinaryのつづきです。



もちろん分野転向は基本的に、あくまで個人の生き方や選択の問題だと思う。それに、ひとくちに転向といっても学生時代のうちならいいものの、人によってはいろいろな事情もあるだろうから、万人に常にすすめられることでもない。私自身、ポスドクになってからの分野転向は決してラクではなかったし、遍歴の連続だった。ただ、それが今では、どこか底流でつながっており、また何だか無性に役立っている気もするものだから、人生とは不思議なものである。だから私としては、強い意志がありかつ状況が許すならば、やはり分野転向はあるべきひとつの選択肢だと考えている。

若い人から仕事や将来の相談を受けることがある。とても成功例とは言い難い(一部のひとにはあまりすすめられない?)ので、そもそもこの手の相談に答えるのは得意な方ではないと自覚している(*1)。それでもある意味、不器用で千鳥足のようなあゆみだったからこそ、みえてきたこともある。それに、彼らの気持ちはよく理解できる。無性に理解できてしまうのだ。

まず、彼らはどうしたらいいかわからずにさまよっている、そしておそらくどこかにロールモデルを求めている(まぁ私もそうだった、きっと)。現在、彼らがあまり気づいていないけれど重要なことは、「今は自由度の高い、ある意味とてもいい時代だ」ということを認識することだ。こんな大変な時代に、というが、いつの時代だってその時はそう思われてきた。バブルの時代でも、これでいいのだろうか、これが続くはずがない、といった根拠のない不安感がどこかにあった。あれやこれやアドバイスを求められるうちに、雑感になるがここで書き留めておこうと思った。今の私が答え得るポイント3点
(1) 自分の軸、ビジョンをもとう
(2) 自分の内なる声に耳を傾けよう
(3) 勇気を持って気楽にいこう

(1) 自分の軸、ビジョンをもとう
軸があれば、まず冒険ができる。何かをやってみて多少ぶれても期待と違っても、修正したり戻ってくることもできる。成功経験も失敗もそのどちらでなくても、すべてを糧とできるのだ。軸は、「これだけは外さない核」ともいえるかもしれない。ここで、軸や核を肉付けしたものに、夢も加えて膨らましたものをビジョンと呼ぼう。できれば短期・中長期的な目標(ゴール)やビジョンがあれば、もっといい。
(1)’ かといって軸にこだわりすぎない
ゴールやビジョンに至るルートはいくらでもある。ただどうも、この「道のりはいくらでもある」という発想が若い世代にはピンとこないようだ。方程式はない。だからこそ、中長期的な目標(ゴール)やビジョンをもつが望ましい。そうすれば柔軟にしなやかに対処できる。

するとここで、20代あたりから即座に飛んできそうな質問は、
「軸がないときはどうすればいいんですか?」
むしろ最初から軸があるとも限らないから(=それが今の日本では自然だろうし)、自分の軸を探しみつける努力をすること (と言ってみる)
「具体的にどうすればいいんですか」
「まず考えること、自分の興味に即して何がしたいのか、そして何ができるようになりたいのかをじっくり考えてみる(*2)。それを整理して、試しにできそうなことがあれば実行に移してみる。実際にやってみると、何があるかわからないから面白い。バイトでもボランティアでもインターンでもいい、経験してみるうちに副産物として途中で見えてくることも多い。プロセス自体がまた経験や財産にもなることも多い(*3)」

ここで反応は大きく二手に分かれる。
(反応その1) 「わたし、その何をしていいかがわからないんです」
こういう答えは男女を問わず意外と多い。
だれにでも最初はある。それに人間はだれでも、意外といろいろな才能をもっている(*4)。それが顕在化していないだけで、本人すら気づいていないことも多い。気づくために、掘り起こすために、いろいろやってみると発見があって面白いと思う。そういったプロセスを、自分軸を探し見つける努力、自分探しの旅と考えれば、楽しいではないか。

(反応その2)
もうひとつ多いのは、「この先に何があるかわからないから」次の一歩を踏み出せない、という反応で、これに関しては(3)で後述。

(2) 自分の内なる声に耳を傾けよう
まず普通の生き方がしたいと思うのであれば、その気持ちを大切にした方がいいと思う(普通に生きるのだってラクではないのだから)。一方、そうではない、普通の生き方では飽き足らないとすれば、その思いもまた封じてはいけない。何か具体的な方向性がぼんやりとでもみえているようなら、それはもう大切にすべしだと断言できる。こればかりは個人によって、また同じひとりの人間でもときどきの状況によって、大きく異なるうえに、正解がない。今はわからなくても将来わかるかもしれないし、今は正しいと思った判断でも1年後も正しいかどうかなんてわからない。となれば、もうここは自分に正直になるしかないと思う。自分が腑に落ちなければ物事は動かせない(*5)。

また、ここで私はある先生の言葉を思い出す。
「仕事を選ぶ時はあまり人がやらないことをやるのがいいと思うのです。人のやらないことをやるのも能力なのです」
他人と違うことをする = 独創的であれ(ひとくちに言ってもいろいろなレベルがあるのだが、ともかく)、というのは自然科学の世界に生きる人にとって、珍しいことではない。ほぼ最初からある遺伝子か、あるいは自然に叩き込まれ刷り込まれていく無形の教えのようなものだ。そのせいか、現在の仕事でもほかのことでも、ひとと違うことをしたり考えてきた(少なくとも考えてみる)節がある。過ぎ来し方をみて、結果的にひととは違う道を選んでしまうことはもう、習性か性格だとてっきり思っていたけれど、この先生は能力だと仰って下さった。もう、それだけで思いっきり励みになってしまう(笑)。

国や時代、業界を超えて流行はつきものだが、それに無頓着でも囚われすぎてはいけない。もちろん、流行を追うことが大切な業界もあるだろう。その場合、各自の生きる世界で、自分の立ち位置を決めることも選択の問題になると思う。

(3) 勇気を持って気楽にいこう
ここで、(2)で軽く触れた、「この先に何があるかわからないから」不安で一歩を踏み出せないという声(反応その2)について。これを聞くと、若いのにナントもったいないこと、と私などは思ってしまう。先が見えないと進めない人というのも、世の中には確かに存在する。不幸にして、安全な橋を渡ることをよしとする空気やそういう行動パターンの人にたえず囲まれていると、素直な若い人は、下手をすると「そんなものか、それでもいいのか」と錯覚してしまうかもしれない。それでは若年寄になってしまう。そうならないためのお薦めは、絶えず自分で考えをめぐらせてみること。
「どうしてこういう決断になったのだろう。この背景には何があるのだろう。自分がリーダー的立場を任されたらどうしただろう」
そういった問いかけを自分にしてみるといい。腑に落ちないがどこか心理的、直感的にひっかかる場合は、そこから何か学べる可能性が高い。その時は何もなくても先々で役に立つかもしれない。
「教科書を信じてはいけない。とくに若いうちは自分の直感を大切にした方がいい」
これは、恩師に最初に言われた言葉である。

それに、若い時、その時にしかできないことって、いくらでもある(*5)。あまり慎重になりすぎず、臆せず何かとやってみればいい。最初の一歩を踏み出してみればいい。少しくらい踏み外しても失うものは少ないと思う。何より汗を流すことが必要で、臆病になっている場合ではない。自分が行動を起こさないと何も始まらないのも、人生の真実だと思う。

つまるところ、人生は選択の連続だ。挑戦し失敗し決断し選び取っていかなければならない―たとえその先に確かなる解がみえなくても。生きるとはいかにCreativeなことだろう。私も最近、この先自分はどんなメッセージを発していきたいのか、と考えるようになった。まだ遅くないといいけれど。


*1 一度なぞ、相談されてもポイントがつかめなかったとき、「ま、ひとそれぞれだしね。好きなようにすればいいんじゃない」と言ってしまいそうになり、あわてて飲み込んだことも。

*2 「考える」と簡単にいうけれど、やはり日々の積み重ねがモノをいう。瞬時にひらめくこともあれば、思考の蓄積の結果やっと花が咲くこともある。
ところで世の中には、同じ能力集団でもカンのいい人、飲み込みのいい人というのは確かに存在する。そういう人たちは、確かに頭がいいのかもしれないが、それだけではない。頭のいい人ならいくらでもいる。要は、いつもちゃんと考えているか、問題意識を持って行動しているかどうか、正しい時に正しい判断や機転が利くか、といった要素が絡んでくる。こういった意識のスイッチがオンになっている人は、やはりいかなる時でも何をさせても違いが歴然とでてくる。こればかりは、簡単には測れないものの如実にあらわれてしまうものだ。

*3 このプロセスは重要だ。どこまでがんばれるのか、どこまで無茶ができる自分であるのか、これ以上は進めないなど、自分の指標や飛距離もわかる。学生ならまだしも、社会人だと時間との兼ね合いも出てくるだろう。

*4ただそれを直に指摘されることも少ない。日本社会ではとくにそうだろう。もっと自分のしたことに自信や誇りをもつ機会が増えるべきだと思う。未熟だといわれる若い世代もそうだし、人知れずがんばっているワーキングマザーも、実直に働く中間管理職だってそうだ。社会の原動力や変化の担い手となっている要素は、ラクしないで人知れず努力している層に潜んでいることが多い、と私は思っている。

*5 ある米国の科学者は、科学的大発見につながる実験結果を最初に目にした時の気持ちを、こう表現していた。
「結果を見たとき、驚いたと同時に本当にこれでいいのかと、何度もくりかえ自分に問い、徹底的に条件を確認した。自分を納得させることが一番大切。自分さえ確信をもてれば、ほかのひとを説得することはさほど難しくない」

*6 ちなみに何をもって「若い」と定義するかは様々だが、自分で規定することはない。私など、若くはないけれど、いまかなり青春しているつもり(笑)。



女性研究者


ある新聞の見出しが目を引いた。
女性研究者進出、日本は遅れ
2009年6月25日 日本経済新聞(夕刊)である。

women scientists

これによると、日本の女性研究者の数字は12.4%と、割合の低さが諸外国に比べて目立つ。この記事の内容は、今でも女性なら、いや女性でなくても研究の世界にいる人なら(ふだん意識しているかどうかは別だが)、とっくに気づいていることである。記事には書いていないが、ここではポスドク以上の研究者をさすものと思われる。正規雇用の職員に限定すれば、大学や研究所、下手をすると企業の研究所(*1)まで含めても、さらに低い数字になるに違いない。

日本だって、理系の学部にはいる女子学生は以前より増えこそすれ減ってはいないはずだ。大学院だって女性が珍しい時代は終わった。なのに、ポストについている研究者となると、なぜか急に減ってしまうのだろう。これにはいくつかの理由が容易に思い浮かぶのだが、それはまた別の機会に譲ろう。今思うのは、「日本全体で理系離れが進んでいるのは、もしかしたら女性にはチャンスかもしれない」ということ。理系の母集団の数だけが減っており、理系に進む女性の数はそれほど大きく変わっていないのであれば、理系離れは有能な女性研究者には朗報だと思えてしまう。

どうしてこう思うかといえば。
私が学生の頃、それ以降も含めて、どうみても冴えない自称研究者がいた。そういう人たちは大学の当時でいう、助手だったり助教授だったりで(ひどい所では教授もいたらしいが)、不思議な共通点がみられた。つまり、具体的にどう冴えないのかという話になってしまう。
① 研究費をとってこれない
② 論文をなかなか出せない(書けない?)
  (①と②はほぼ完全にリンクしているので、鶏と卵といえよう)
③ 何を考えて研究しているのかが不明
一言で言えばこうなるが、ちょっと説明。実験系なので手は動かしているようだけれど、何をしているのかわからない。百歩譲って何をしているのかがわかったとしても、いったい研究上の問いは何であり、何を知りたいのか、どこまで進んでどんな新しいことがわかったのか、どの部分のデータがないので行き詰っているのか、などなど傍から見るだけでなく話してみても、科学とは別の「わからないこと」がてんこ盛り状態。
④ だから結果的に、そういう人の話を聞いても斬新さがないし面白くない
もちろん研究上の哲学や信念なんて期待してはいけない → そもそもアイディアも実行力も欠けるから、ひと(学生はもちろん若い研究者)が集まらない → 自分で手だけは動かしているようだけれど研究の進展もみられない(もちろん共同研究なんてあり得ない)、と堂々巡りになっていたのだろう。象牙の塔といえば聞こえがいいかもしれないが、要は自己満足に近い状態だったのではないか、と今になって推察できる。

こういう人は往々にして、自分の仕事や課題をひとに説明してわかってもらおう、という姿勢がない。だから書けないだけでなく、話をさせてもうまくない。自分のやっている研究を理解できない方が悪い、と言わんばかりの態度である。いわば、サラリーマン研究者(*2)である。

学生だった私は最初、ハタと不思議に思ったものだ。こういう人たちは、この世界でどうして生き残っていけるのだろう。ほかの世界はともかく、少なくとも論文を書くのが仕事であるサイエンティストが国費を使って本来の仕事をしていなければ、何かほかの説明でも求めたくなる。それでも本能的に察知した。上の世代はこうでも、これからはそうはいくまい、と。現に、私が以降に縁のあった大学でも研究所でも、少なくとも研究者である限り、人材の流動性は当然かつ必要なことであった。そういう空気が少なくともしっかりと共有されていた。

ハッキリ言ってしまおう。私の知る限り、こういう反面教師にしかならない研究者は、ごく一部の大学研究機関だけの話ではなかったようだ。もっといえば、当時はその多くが男性だったのだ。ひとは偶然だったというかもしれない。あるいは、母集団(男性研究者)の数が多ければ、そういう確率が高まるともいえなくもない。しかし(*3)、そういう研究者が男女半々にみられたのではない。もしその人が女性だったら、生き残れていただろうか、どこまで続いただろうかとさえ思う。ポストの選考時に、同じ能力ならば女性を淘汰してしまう作用がどこかで働いたり潜んでいたのではあるまいか。その陰には、性別のハンディを抱えた有能な女性研究者が、もっといたのではないだろうか。ましておや私のいた分野では(当時のことだが)、家庭をもつ女性研究者なんてまれで、いろいろな意味でロールモデルに事欠く時代だったのだ。

しかもこの記事には主要国としか書いていないけれど、途上国でも日本よりずっと女性研究者が活躍している国だってある。たとえば、国の研究所の部長やリーダー的ポストに女性が就いているケースは、アジアだけ見ても珍しくない。この前もある会議でのやりとりで、「うちの部長に話してみたら、彼女にこう言われました」と某国の研究者。即座に、「え、部長さんは女性なんですか?」なーんて聞き返すのは、やっぱり日本の先生(もちろん男性)だ。そもそもそんな反応は、その場にいたほかのアジア諸国の先生にはまずみられない。そう、研究における女性の存在感に関して日本は、スリランカやタイ、中国に比べても明らかに後進国だと、つくづく実感している。たとえ研究者としての能力は高くても、である。

これに関連して、柳田先生が面白いことを書かれていた。基本的に大いに賛成。
http://mitsuhiro.exblog.jp/11794896/
 (ここから引用)
 明白に、女性には不利な日本の研究現場です。米国ではもうそういうことはありえません。
 どこでも 米国なら、男女がほぼ半数ずついるのが研究の現場です。
 日本は真似をしたくても、日本の男性が生まれ変わらない限り無理だと思うのです。
 どうしたらいいか、わたくしはこれは簡単に対策があって、男女半々の研究環境を持つ
 大学や研究 所には他より2倍か3倍の研究費を出せば、それであっというまに変わるでしょう。
 (引用おわり)


いつか日本でも、女性科学者とか女性研究者ということばが聞かれなくなる日が来るといい。
切にそう願っている。



*1 企業の研究者に限れば、もっと女性は減るかもしれない。また、業種や博士号の有無で変わってくるかもしれない。
*2 サラリーマン研究者でも、なかには結果を出し続けるひともいる。生き方の問題だから、結果を出すならそれでもいいと私は思う。
*3 これが英語ならこう書きたいところ。but, this is an importnat BUT....


変わらないもの


自分でもうすうす感じてはいたのだが、最近とみに自覚するようになってきたこと――それは、変化やダイナミクスが根っから好きなのだということ。基本的に、変化をみたり物事が動いていくのが好きなのだ。だから、うまくいくかわからないけどやってみよう、とあてがなくても動いてしまう。その結果、ヤケドしそうになったこともあるにはあるけれど、こればっかりは性分だから仕方がない。そのうえ結果的に大ケガにならないできたから、しばらくすると懲りずにまた挑戦してしまう。でも総じてみれば、それほど悪いこととも思わないので、あまり反省していないようだ(^^;)。

さて、マイケル・ジャクソンが亡くなったとの報道。
私はファンではなかったけれど、彼の名前を聞くといつも思い出すことがある。それは子ども時分のペンパルとのやりとり。ペンパルとは、今のインターネット社会をすいすいと泳いでいく若い世代や子どもたちにはピンとこないかもしれないが、いわずもがな海外文通相手。私のペンパルは、カナダ・オンタリオ州に住む同い年の女の子だった。名前はルイザ。14歳の書く手紙だから、趣味やら学校での出来事など、かわいいやりとりが、2~3ヶ月に一度の割合でポツポツと続いた。といっても写真からは、どうみても18歳(ルイザ)と10歳(わたし)くらいにしか見えない2人だった。

ある時、「私は『大草原の小さな家』が好きです」と書いてみた。続いて、アメリカ・インディアンの歴史に興味があります、とも。返事が来て曰く、
「私は『大草原の小さな家が』が全然好きになれません。ストーリーが退屈だからです。私のお気に入りは、マイケル(THE Micheal)です。もう彼に夢中!彼のでる番組は何でも見ますし、コンサートに行くのが夢です」
マイケルは別にいいけれど、それにしてもずいぶんハッキリ書くのね~、と思ったものである。もちろんインディアンなんて触れられてもいなかった。なのに、不思議と文通はしばらく続いた。どうしてかわからないけれど、お互いに、相手の国や社会のことをまったく知らないがための、自然な好奇心がそうさせたのかもしれなかった。

彼女の人生にもいろいろあり、その後もしばらくの間、私を驚かせ続けてくれた。会いたいと思ったこともあるのだが、互いに引っ越したりして連絡先がわからなくなってしまった。でもこの時代なら、生きていればどうにでも居場所がつかめそうな気がしないでもない。彼女が元気で生きていて、かつインターネットユーザーならば、の話だが。

ちなみに、マイケルのファンだと彼女が切々と書いて来たとき、即座に「マイケルってだれだっけ?」と思った。そして今でも、その「マイケル」に対する私の知識なんて、当時とほとんど同レベルである。変わらないものは変わらない。変わり得ないのだ。

マイケルを失ったルイザは今、どこでどうしているのだろうか。懐かしい思い出を振り返っているのか、涙にくれているのか、少女の戯言だったとドライにとらえているのか。ふと、いつも強烈な印象ばかりを残してくれたペンパルを思い出した金曜の夜。


Inter/multi-disciplinary


学際的分野とか学際的取り組みなど、「学際」という言葉が使われるようになった。今でも一部使われているらしいがかつて、複合領域とか文理融合(←ここまでくると個人的にはわかりにくい感あり)といわれていた頃もあって、それが発展して「学際」もなったのではないだろうか。ほかにもあれやこれやと形容詞があって、分野横断的という向きもあるようだが、簡単にいえば今は「学際」ということに集約されよう。

ある大学の先生の本を読んでいたら、転向をすすめるくだりにぶつかった。学部と大学院途中で2回転向し、工学→文学→言語学のように専門をシフトしてきたという、ご自身の経験を踏まえ、また数学専攻や音楽美学専攻だったほかの言語学者を引き合いに出し、学問上の紆余曲折は非常にためになることが多い、と書かれる。読みながら私は、これは転向だけでなく学際のすすめでもある、とも読み直した。

この動きは、何も学問に限ったことではない。
たとえば国際協力の世界なんてもう、人種のみならず専攻分野のるつぼそのものである。フランス文学で博士号をとったのに開発経済の仕事をしているとか、生物専攻だったのに開発教育をしているとか、そういった例はもう枚挙に暇がない。地域研究の世界もその性質上、ちょっと似ているかもしれない。よくも悪くも、かつての専門の細分化から多様化、高度化が進み、そうでないと対応できないようになってきている。政治の世界だってある意味、そうかもしれないとさえ思えてくる。英国のサッチャー元首相も化学専攻だったし、マレーシアのマハティール元首相だって医者だった。その道一筋という生き方はすばらしいと思う。ただ、芸術や特殊技能ならいざ知らず(*1)、学問や公益にかかわる仕事において、ある限定された世界や分野しか知らないで長いことリーダーシップを発揮し続けた例を、あまり知らない(*2)。

おそらくこの、複数の専門をもつことが割とフツウのことと捉えられていなかったのが、これまでの日本だったのだろう。マルチキャリアのすすめも、個人的には若い頃にどこかで読んだことがあったが、目から鱗と思うほど当時は珍しいというか、少なくとも普通に受け止められることではなかった。二足のわらじではないけれど、マルチキャリアやダブルキャリアの追求が、市民権を得たかのように自然なこととして論じられるようになったのは、比較的最近のことではないだろうか。基本的には歓迎すべきことだと思う。
「自分の最初の専攻に囚われる必要はない。自分の興味に従って、どしどし転向すべきである」
こういうことが、当たり前に大学の先生から発せれるようになって、私は何だかうれしい。



*1 急死した指揮者のシノポリだって、指揮者になる前は医者だった。

*2 複数の専攻でなくても、様々な機会を捉えては勉強している方が多いとお見受けする。


バレエ

今朝は急な腹痛。このところの生活や仕事ペースの割には元気な健康状態に不安を感じなくもなかったので、妙な話だが生身の体だったとちょっとだけ安堵(?)。安心している場合でもなかったが、幸い大事に至らず。しかし午前中はほとんど寝て過ごす。

 

午後は、前から楽しみにしていた ば・れ・え 

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演目はシンデレラ。ジゼルとか白鳥の湖ではなく、シンデレラがバレエになってしまうのが不思議だったが、ともかく私にしては珍しくちょっとした弾みで即決し(*)、自らチケットを手配、購入していたので、雨が降ろうが槍が降ろうが意地でも行きたかったのだ。マチネだったので午後から神奈川県民ホールへ向かう。それにしてもバレエ鑑賞なんていつ以来のことだろう。

美しいものはやはり美しい。
むろんその陰には、ものすごい努力と汗の結晶があるに違いない。
昼下がりの夢をみているようだった。そして、夢物語の世界から現実に戻ることのいかに難しいことか。両方の世界があるからひとは生きていけるのかもしれない。ものすごい拍手の嵐とやむことのないカーテンコールも、そんな人々の願望の反映だったかもしれない、と思う。

また明日から頑張ろう―そんな気になった。ちょっと現実逃避したつもりが、何だか現実に立ち向かわせる気力を与えられた。


* ほかのことはまだしも、リクリエーションやチケット購入をその場で即決することはあまりない。まあチケット購入自体、あまりないことですが、今回で味をしめてしまったので、これからも弾みでの購入が増えそうな気配?

夕日


夕刻、予期せぬ思いで沈みかける夕日をみた。真っ赤な太陽が目に飛び込んできた。このところ自然と対峙していなかったのか、心が洗われた気がした。ひとは、かくも小さなことで息吹きを与えられるのかもしれない。

                    
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続く・・・

気づくと入梅。
思えば3月からずっと走り続けている気がする。どこかで少しは休もうと思いながら、タイミングを
逸してきた。というより、仕事って途切れることがないのね。
線路ではないけれど、続くよどこまでも~♪
ありがたいことです。





天空の舞い


知人のレストランで、とてもユニークでおいしいネパールの家庭料理レストランがある。たまに思い出しては行きたくなる、私にしては珍しくリピーターとしていくお店。しかしそこが、今月末でなくなると聞いたのは数日前のこと。そこで久しぶりだったが、今日はわざわざ計画を立てて赴き、最後の晩餐(?)を味わった。ついでにネパールビールも数本あける。

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このお店のウリはいろいろあるけれど、最大のウリは手作りナン。
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このナンが、特別な窯で焼かれただけあって、ほかでは真似できない何とも甘くて香ばしく形容し難いおいしさなのだ。これからもこの特製ナンが食べられるかどうかは、このレストランを今後引き継ぐシェフによるのだが、オーナーが変わればお店も変わると考えるのが自然だろう。その町に溶け込んでいただけでなくいろいろな思い出があったので、寂しくもかなしいではないか・・・。



チームワーク

今週、3日間にわたる大きな会議が無事終了。なかには、これはもっと多くの人にきいてもらわないともったいないと思うような話もあるなど、素晴らしい参加者に恵まれたうえに、想像以上に活発な議論といい展開となった。しかしその背後には、数ヶ月にわたる丹念な準備とポイントをついた段取りがあったこと、何よりそのための素晴らしいチームの働きがあったのだ。各自が得意とするところを発揮した結果、いい響きを奏でるオーケストラのようだった。

会議の成功とチームワークに乾杯!これからがちょっと楽しみ。



不思議だと言えること

先週から続いていますが、今週はとくにハードです。だからこそ、ここでブログを書いておきたい
と思いました。



ktatchyさんのブログにお邪魔しました。今日はそこで感じたことについて。
まずはさっそく引用させていただきます。

===引用===

不思議なものは不思議なのです。
大学時代,そして会社に入ってもそうですが,「不思議なことを素直に不思議」と言える人が少ないように思います。思っても言わないのかもしれませんが。素朴な疑問を持てて,それを素直に口に出せることは素晴らしいことだと思うのです。(中略 by Sainah)何歳になってもわからないものはわからない,そこから頭は動き出すのではないかと考えます。

興味を持てることがあれば,人間いつまでも元気なものだ。そんなフレーズがありますけど,素朴な疑問を言える心はいつまでも大切にすべきではないか,そう思います。

===引用ここまで===

まったく同感です。
いつの頃からか、私自身、こう思うことが少なからずあります。とくに、疑問に思うことは疑問だと、声に出すことすらできない、いい社会人を見るたびに。かつては、「不思議なことを不思議」といえたこどもが、大人になるといえなくなるのでしょうか。これでは、サン・テクジュぺリの「星の王子さま」ではないですが、
「おとなって、ほんとうにへんだな」
「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない」
に通じるものを感じます。そもそも、疑問に思ったことを口にすることは、人間として当然の営みだと思うのですが。疑問を発することが自分で考える糸口なのですから。

さらに、ときどき浮かんでは消える(しかしまたヒョコっと出てくる)私の疑問も、このこと(=次の(1))に派生していると思っています。つまり、フツウに組織で働く社会人は、どうして次のことができないのだろうかと、首をかしげてしまう時があるのです。
(1) 不思議なことを不思議だと言う
(2) 不思議なことが問題だった場合、次にどうしたらいいのか、方策なり戦略を考える
(3) 練ったうえで提案し、実行に移す/少なくとも実行できるか試みる

もちろん、組織であれ何であれ仕事を進めていくうえで問題を感じたら、まず(1)ができるかどうか、そこから始まります。次に、(1)はできても(2)や(3)は対処可能な範囲で、とはいえましょう。でも対処できるかどうか、なんて取り組んでみなければわかりません。最近になってときどき思うのは、世の中、無理難題ばかりでもない、ということです。やる前からあきらめていることのいかに多いことか(多くは、その原因が本当にどこにあるのかはわかりませんが)。何にせよ、出発点はやはり、「不思議なことを不思議だ」と口に出したり認めることにあると思うのです。それがktatchyさんの仰るように、そもそも(1)のできない社会人が増えているとしたら、今の日本社会で、(2)や(3)があまりみられないのも、無理からぬことなのでしょう。繰り返しになりますが、やはり(1)が出発点で、最初にして重要な一歩だと思うのです。自分で問題や課題を意識せずして、納得しない状態でいて、どうして人を動かせましょう。

ところで、「理系の社会人」であるktatchyさんはこうも書かれています。
「もし自分に子供ができたとして,「研究者になりたい」と言ったら諸手をあげて賛成できるような世の中になっていればいいと思います。」

なるほど、こういう考え方もあるのですね。確かにそういう世の中であってほしいと思います。ただ、若い研究者をとりまく状況ってそんなに暗いものなのでしょうか。私もそういう世界から離れてしばらく経つので、浦島太郎状態だったのかもしれません。実はわたくし、かつて我が子が「将来は、○○学者になりたい」と夢物語を語った時、それは面白い!と二つ返事で反応してしまいましたが、やや軽率でしたでしょうかね(^^;)。ま、子どもの人生は子どもの人生ですから。たくさんの喜びと苦労を味わって多くを学びとってほしいと思います。

ひとさまのブログに関連して書いたのは初めてかと思い、ちょっとドキドキしています。


スウィッチ・ヒッター


文章の指南書ともいえるロングセラー『理科系の作文技術』を手にしたのはもう、はるか昔の学生時代。この著者の本を最近また読んでみたが、文章を書くことに正面から取り組む姿勢に、心打たれた。これほどまでに、書きことばへのこだわりを一貫して示し、あとに続く日本人への思いと期待を込めた本をほかに知らない。著者の木下是雄先生は、物理学者。それがまたうれしい。書くのは文系の専売特許であり、理系は書けないといった向きもあるようだが(←結構こだわっている?)、どうしてどうしてこの先生のように、書き言葉に最大限の注意をはらっている学者がいわゆる文系の先生だけに多いとも、とても思えないのだ。

今日は、最近読んだ1冊(『日本語の思考法』)のなかのくだりについて。

ビジネスや国際会議において、欧米式の言語習慣が優先する。これはやむを得ない。自然科学もそういう土壌で育ってきたので、影響は免れない。
ここでいう欧米式の言語習慣とは、著者の言葉を拝借すれば、次のAとBとなる。
A. 正確に、客観的事実を伝える
B. 明確に、論理的意見を述べる
このため日本人の話し方はもっと、「もっと簡潔に(余計な敬語や前置きは省き)、また婉曲よりも明解・直截を旨として、できるだけ明確に」となるべきた、となる。

しかし、とここで木下先生は続ける。ここはそのまま引用するしかない。

「しかし言語活動には、ビジネスの面だけでなく、人と人の交わりという大切な側面がある。この面での日本人同士の応対は昔のままにしておきたい――少なくとも意図的に変えることは避けたい――と私は考える。人と人との私的な交わりの面で、もっぱら相手を立てようとし、婉曲で間接的な表現を好むならわしが失われれば、それは日本人のアイデンティティーの喪失に通じかねないのである。私の念願は、これから巣立つわかい人たちが、仕事の面や国際交渉の場では明快・明確にズバリと発言し、日本人同士の私的な交際では察し、察せられあう優美なもの言いができるように育ってくれることだ。これはかれらにことばのスウィッチ・ヒッター(機に応じて右でも左でも打てる打者)になってもらいたいということである。」

う~ん
読み進めるとさらにもう一度、たたみ掛けるように似た箇所が出てくるが、今度は「念願」なんてもんじゃないトーンになっている。

「国際化時代のいま、私たちは必要に応じてA、Bに示したものの言い方ができるようにならなければならないのだが、一方で日本人同士の私的なコミュニケーションでは伝統的な言語習慣を大切にしたい。つまり、機に応じてものの言い方を切りかえるスウィッチ・ヒッター(右打者でも左打者としても打てる打者)になるほかないのが国際化時代に生きる私たちの宿命なのだ。」

筆者がここでいうA、Bとは、欧米式の言語習慣の特徴にほかならない。つまり、

A. 正確に、客観的事実を伝える
B. 明確に、論理的意見を述べる

C. いきいきと心情をつたえる

言うまでもなく、このCが母国語ではじめて可能となるのだろう。これが、この本の読者の場合、まぎれもなく日本語であるし日本語しかない。

ことばのスウィッチ・ヒッター、これぞ我々の目指す道。名言だと思う。
ああ、ナント長くて険しい道・・・。
立ちはだかる壁は、絶壁とはいわないが、急峻な山道か峡谷のようである。
が、がんばります

それでもブログを書いているときは、このことは半ば忘れて書いていたい。ブログモードの目指すはCですかね、きっと。

浅い?


「いやぁ、もう何だか眠たくてね」
昼休みにエレベーターでばったり会った同僚が、聞かなくてもわかるほど眠たそうな目(ウサギ並の赤さ?)をしている。
「今、仕事が大変なの?」
彼のいる部署決まって忙しくなる時期が、一年に何回かあって、この1ヶ月はちょうどその時期に
あたる。
「いやぁ~それがね、そうでもないんだよ。ただ昨晩遅くに友達とね、深い哲学上の議論をはじめ
ちゃったんだよ。それが終わらなくてね」
「・・・」 
ポーン とここで、エレベーターが地階に到着、助かったことであるよ~)

そういえば前もこの人、ハイデルベルクだかシュレディンガーだかの話を持ち出していたよな~、
急に 試されているのかしら、わたし?

ミョーに自分が浅い人間にみえた今日の昼下がり・・・。



理解できないこと


「私は知りません。知らないんです」
仕事をする上で、ど~もこの手の言葉を最近とみに耳にするようになってきた気がする。
別に問い正したわけでもなく、話の流れで軽く聞いてみたらこの返事。もうそろそろ来そうだな
(きたきた~)、と予感が働いてしまうときもある。
正直、仕事では聞きたくないと思うセリフがあるが、これはまさにそのひとつ。とくに、急いでいたり重要な局面であればあるほど、耳にしたくないもの。なのに、よけい何度も聞かされるともう、そこには別のメッセージがあるのかとさえ思えてしまうことも、と想像してしまう。

「私は知りません。あずかり知らないんです。→ だからこれ以上は、私には聞かないで下さい → それに関する仕事は私には回さないで下さい → もう私を解放してください」
そんなメッセージすら、見え隠れする。後ずさりしている音まで聞こえてきそうだ。大丈夫、
そんな(=仕事を任せる)つもリ、最初からないですから(笑)。

しかし、ここで私は、じゃあ、と一歩つっこんで聞いてみたくもなる。
「仮の話で、あなたがこの件で何かを知っていて話してくれたとしましょう。それがもとで、
ある問題が起きたとします。その時、だれかがあなたをひどく責めると思いますか」
「たとえ責められたとしても、そこであなたは何か責任をとるおつもりですか。具体的に何ができる
と考えていますか」
もう、いっぺんで嫌われそうである(笑)。その前に、理解できないという顔をされるだろう。かくいう私だって、そういう人々の仕事に対する考えやベクトルに、理解できないものを感じることがあるのだから。

世の中にはいろいろな仕事がある。組織の目標や命題、使命も様々だ。ここではしかし、何も会社の存続や何億の商談がかかっているわけでもあるまいし、まして人事の問題がかかっているわけでもない。そんな状況で、いったい何を恐れているのだろう。

「事実は知らないが、前後関係や状況から推測するにこうだと思います」(+簡単な説明)
このくらい言ってみたらどうなのだ。本当に知らないにしても、仕事をするならしっかりと考え、
必要に応じて自分の考えを口にして、行動に移してみる姿勢がほしいと思う。さらに潔さがあれば、
もっといいけれど。

つくづく自分の頭でしっかり考える(という当たり前の)ことの大切さを、改めて感じる。
自省をこめて。





プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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