みんな


「みんな」という言葉の信憑性ってどの程度のものだろう、と思うようになったのも今は昔のこと。

「みんな、そう言っているよ」
「みんな、していることだから」
子どもの頃、そういうことを周囲から言われると、必ずこう自分に問いかけていたものだ。
「で?」
「だから?」

みんなが誰を指しているのか、どこまでを含んでいるのか知らないけれど、「みんながそうしているから」というのは、私にとって何の価値判断にも決め手にもならなかったのだ。むしろ、それを聞いただけでやる気をそがれるには十分な言葉ではあった。みんながやるからやらねば、という発想に、おそらくどこか無意識の反発を感じていたに違いない。

今でもそういう時がある。でも忘れていた。あまり「みんな」という言葉を聞かなくなったし。

「みんなでやろうぜ!」
野党となった自民党総裁選で聞かれたキーワードだそうで。みんなで力を尽くすことの意義はもちろん認める。ただ、何かを進める時にはあまりに基本的なことなので、これを敢えて声高に訴えてきたその意図は何だったのだろう。そう首を傾げざるを得ない。あまり追求しようと思わないけれど。不思議な感覚だったとの久しぶりに聞いたとの思い(やっぱり自民党・・・)。


英語でスピーチ


私はひねくれているのかもしれないけれど、「英語でスピーチ」という表現は、もうやめよう
ではないか。鳩山首相の報道を見てそう思った。

一国の首相たるもの、英語のスピーチを期待されて当然である。まして研究者だったしスタンフォードにも留学していたのだから、自然の成り行きとも思う。世界には非英語圏の国は少なくない。それでもいったいどこの国が、韓国でもベトナムでもインドネシアでも、「国連総会に出席の我が国のリーダーは英語でスピーチをしました」と報道するだろうか。メディアも国民もそういう細かいことはもう言及しないで、核となるメッセージに興味の矛先を向けてほしいものだ。メッセージは何でそれがどのように伝わったか――そういうことに、もっと重点的に報道してほしい。もっといえば、COP15(今年12月、コペンハーゲン)を始め、今後の国際社会の動向にこのスピーチや日本の方向性はどのような影響を及ぼし、どのような基本軸を示していくのか(もちろん今の段階ではシナリオレベル)、である。

仮にもし、鳩山さんが英語を話せなかったとしても、メッセージさえしっかりしていれば日本語で堂々と話すのもありだった、と私は考える。もし将来、鳩山さんが英語と日本語以外の言語で話したのなら、「○○語で演説しました」というのも聞いていて楽しいだろう。それがマイナー言語ならなおさらのこと。

それでも今回の鳩山さんの演説は、よかったと思う。

25%削減


国連総会で鳩山首相がスピーチをしたとの報道。
結構なことである。

また、9月22日の気候変動サミットでは、「2020年までに、1990年比で言えば25%の温室効果ガス削減を目指す」との表明した。それを受けてEU、フランス、国連などから称賛や勇気づけられるといった前向きのコメントが続いた。
それもまた結構なことである。

これで日本は、政権交代を内外に強く印象付けただけでなく、半ば国際的に25%削減を約束した形になる。ただし、これは「すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意が、わが国の約束の前提になる」、という条件つきであることを忘れてはならない。フランスや韓国(国連事務総長の出身国)、米国も、歓迎だとか敬意を表するとほめたたえるだけでなく、ちゃんと応分の約束を表明して実行に移してね。新興国もよろしく~。

日本も、本当に達成可能なのか?とむやみに騒ぎ立てるばかりでなく、ひとつひとつ冷静に分析を重ねたうえで知恵を結集していくべきだ。こういうときよくみられる反応は「できっこない」とか「どう進めていくのかが依然として不明瞭だ」というものだ。まず現段階で全体像が不明瞭なのは当然。「できるはずがない」ことに挑戦してきた例は、枚挙に暇がない。道なき道を切り拓き、ブレイクスルーや革新を起こしてきた例は、科学の世界の話だけではない。

もちろん課題は多い。どうやって近づくか、達成できるか、一歩でも前に進むかを建設的に考えていく、そういう姿勢がすそ拡がりのように生まれていくといい。

ん?


あるジャーナルのGuide for Authors欄をつらつら眺めていたときのことである。
ちなみにGuide for Authorsとは、いわば、「書く時は少なくともこのルールを守ってね。
この雑誌に載せてほしいなら」といった編集部からの注文というか基本ルールブック(簡略版)
みたいなもの。英語でもGuide for Authors以外にいろいろな言い方があり、日本語だと
投稿規定とかいったはずだけれど、とにかくどんなジャーナルのサイトでもしっかり掲載
されている。

今日見ていたそのジャーナルでは
Authors in Japan kindly note(日本人投稿者のみなさまへ)とボールドの但し書きが
目に入る。こういったところでJapanの文字を目にするのはめずらしい、というかどこであれ国名が
明記されているのも初めて。何かと思って読んでみると
「投稿前に英語チェックを受けるようお薦めします」
それだけでなく、参考までにとしながら、英語チェックをしてくれるリストと東京の連絡先まで
ご丁寧に添えてある。

ん?なにこれ? (とっさの感想)

英語が母国語でないのは日本人だけではない。英語が下手なのだって日本人だけでもあるまい。
投稿する人の出身国が何ヶ国にわたるのか知らないが、仮に50ヶ国としよう(もっといそうだけれど)。
その中で、non native のみなさまへ、ならまだしも日本を特定に名指しにする背景には何かある
のだろうか。あるいは何も考えていないでジャーナルの編集者が載せたリクエストなのだろうか。
それとも単に、昔載せたこのリクエストを消すことを編集部が忘れていたとか?(←希望的シナリオ)

そりゃぁ、日本人の英語は一般に上手いとはいえないレベルでしょう。しかし、しかしですよ!
話し言葉でなく書き言葉には、誰しも母国語であれ何語であれ細心の注意を払うはず。それが
いやしくも外国語だとしたら・・・。

それにネイティブであるかどうかを問わず、文章というものは推敲して初めて読まれるものに
近づいていくもの。そもそもこういう雑誌に投稿する前に、推敲を重ねるのは言うまでもないし、
ましておや、英語チェックを経ないで送る日本人研究者が果たしているのだろうか?
それともかつていたのだろうか??

もしかして、「日本人原稿は要注意」みたいなオフレでも出回っているのだろうか?(←いやな
シナリオ)

いろいろと思考やあらぬ妄想がグルグルと頭を回り 、編集部の言葉に対する認識の甘さすら
感じられ、言葉への冒涜だとすら思え(←すでに拡大解釈しているわたし)、ふつふつと憤りすら
覚えた。そして、しばらくして冷静になり、少し複雑な気持ちにもなった。

うーむ、あまり考えないことにしよう。あのジャーナルもたまたま見てしまっただけなので。

マザーハウス


今日は仕事、のはずだったが午後は半休をとってしまった。行き先は新宿、向かうはマザーハウス

山口絵理子さんの著書『裸でも生きる』を聞き知ったのは春先のこと。しかし実際に手にとって読んだのは梅雨ころだった。この本は勇気とパワーを与えられる本である。最初に読んで以来、この数ヶ月だけでも思い出したかのようにこの本を読むこと数回。平易な文体の中にもなぜかズシリと響く言葉や哲学が散りばめられている。とかく無気力だったり虚ろな目の若者が目に付く今の日本で、この若さでここまでしてきた人がいるのだ。女性であることは別段不思議ではない(思い切りのいい日本人女性は結構多いもの)。しかし、単身でバングラ社会に飛び込んで行った女性は世界広しといえど、そうはいまい。

著書やブログを通して山口さんの生きっぷりに惚れてしまった私は、それでも少し緊張していた。ある程度慣れていたはずの新宿だが行かなくなって久しいし、(第一、小田急にサンドリーズ・アレーなんて場所あったっけ? ← もともとデパートやブランドに疎い)と思いながら向かった先は、果たして今まで一度も足を踏み入れたことのない空間だった。初めての空間でどこか所在ない感の私は、『裸でも生きる』を片手に握っていた。マザーハウスモードに浸りたくて朝出る時にかばんに押し込んでいたのだ。

2時過ぎ、山口さんのお話が始まった。ネパールでの出来事、身の危険を感じながら生産ラインを確立するのに奮闘したこと、ネパール産の手織り生地をインドの工場に運んで製作してできた製品が新ブランド・マイティガルであるといった話を、淡々としかし熱い思いを込めて披露されていた。ネパールの生地を使ってインドの工場でバッグを製作した経緯とともに、100%ネパール産でない「告白」をやや残念そうにお話していたようにお見受けした。その心情は理解できるが、そういうtrans-boundaryな活動はむしろいいことだと私には思えてならなかった。というのも、1本の足(バングラ発)でかろうじて立っていた椅子が、足が2~3本(「ネパール+インド」発)になり安定感を増したように受け止めたから(もちろん次は、足の数が増えてほしい)。それに、生地の生産からバッグ製作まで一国でおさめるのもいいけれど、「合作」もネパールとインドならば不思議ではない。確か2年前、インドのシッキム(1975年インド併合まではシッキム王国、現在はインド・シッキム州。多民族による複合社会でネパール人が多い)に仕事で行った時のこと。歴史的にも地理的にもまた社会的にも、ネパールとインドが非常に色濃くつながっているリアリティをえらく実感した。この地域出身の友達(かつ元同僚)は、私から見ればインド人でもありネパール人でもある。

もうひとつ思ったこと。
店頭パンフによると、スタッフひとりひとりが「ストーリークリエイターだ」という。マザーハウスの成長を支えている背景には、確かにそれもあるのだろう。ただ、ちょっと別の角度からの価値をふと見出したので、それを書いておきたい。

製品の背景にあるストーリーを売るという考えはフェアトレードに通じるものがある。が、ストーリーを紡ぎ、ストーリーを重ね合わせるのは製作者や売る側だけでなく、商品を手にとって買う側の視点も大きいと思うのだ。たとえば、買い物をそれほどしない私がそれなりによく買うものといえば、日常品をのぞけば、書籍くらい(しかも不定期)。たまにアクセサリーや洋服もみたくなるが、それよりも何よりも、バッグや靴を見るのが好きでそれなりにこだわりもあるみたいだ。そして、途上国や開発援助との接点や仕事。何より途上国の女性や少数民族(いわゆるvulnerable peopleという存在)への思いが、いつもどこかにある。そういう私サイド(ここで言えば顧客サイド)の思いやストーリーを、展開し伸ばしてつなげていってくれそうで、うまくいけば現地まで届けたり現地との橋渡しまでしてくれる(という淡い思い)――その象徴がマザーハウスのバッグであり製品なのだ。まるごとのストーリーを買っているのが顧客であり、今日の私である。

それにしてもどうして、ここまで彼女にあるいは彼女の事業は共感を呼び、またひとを惹きつけてきたのだろうか。思いつくままにリストアップしてみると
1. 立脚点が目の前の現実や自分の目でみた事実にあること
2. それに依拠した事業展開であるために、軸がぶれないこと
3. 変化や前に進むことへ怖れがみられないこと(実際はたくさんの恐れがあったのだろうけれど乗り越えてきたこと)
4. これでいいのだろうか、何が本当のベストなのか、難題を突きつけられる度に問うている姿勢
5. 途上国をひとくくりにせず、かつ途上国のリソース(ここでは素材・人材)の可能性、潜在性を信じていること。そのためどこか無限の可能性まで感じられること(しかもBottom of Pyramid (BOP)を目指した市場とはまた大きく違います)。

ちなみに私は、デザイン、色ともに気に入ったものを、応援する気持ちも込めて、マザーハウスとマイティガルでひとつずつ購入。しかも、がばんの包みはいわゆる小田急デパートの包装紙でなくコットンでできた袋だそう。不思議なことだが、バッグを買って紙以外の包装はこれが初めてだったと、帰りの電車の中でしっかと握った包みをみながらにわかに気づく。

いい買い物ができた足で、そのまま書店によりアトランダムに本を眺め、8冊ほど購入。
贅沢な午後のひとときに感謝。半休ばんざい!と心の中で叫ぶ。

ただひたすら


この連休をシルバーウィークと呼ぶそうです。と知ったのは、連休に入ってから(かなり
お、おそい…)。それも五月のGWにかけて呼ぶそうで(敬老の日とも関係するのかな?)。そもそも、
あまり休日とか関係なく日々過ごしているせいか、この連休がなぜここまで休みなのか、
さしも気に留めないでいるとこうなるのでしょう。ちなみに私は3連休(火曜から仕事)。

この程度の意識なので出かけるという発想がなく、土日はひたすら家で片付け。それも先週、
うっかりお店に寄ったばっかりに。強迫観念に駆られたように、朝から夜遅くまで掃除、片付け、
整理、ごみのまとめ。来る日も来る日も(って丸二日だけだが、実感としてはendlessに思えた
土日でございました)。

お陰でダイブすっきりしました~
そして今、毎日通るたびに苦労している廊下に並んだ数々の古紙、雑誌の類、書籍
(BOOK OFFよ取りに来て~と言いたいところだが、まだその状態でもない)、不要となった
ものの数々(服や小物ならまだしも、じゅうたんまで出てきて…)。友達にあげたりバザーに出す
ものを選別し、あとは順次、ごみに出していきます。まず月曜日は古紙の第一弾を出しました。
この調子ではしばらくは「ごみまとめ&ごみ出し」の日々が続きそう。

年末でもここまで掃除したこと、なかったと思います。
インテリアルームの力、おそるべし

でもまだまだ続きます。完全に終わったわけではないので。ついでに余波で、模様替えも
考え始めてしまいました。年内にすべてが済めば祝杯もの  でしょう。


新政権


新(首相)という言葉が要らないくらい選挙直前から予想されていた、鳩山政権の誕生。
オバマ大統領就任時、「これほど就任を待たれたリーダーも珍しい」、という新聞の書き出しを
覚えています。今の日本では鳩山さんでも同じようなことが言えるのではないでしょうか。

今まで政治は遠いものでした。普通の市民が大統領選に熱くなる米国をうらやましく思った
ことも一度ならずあります。

もう私は少しばかり期待しちゃいますよ~。
な・ぜ・かというと?

ズバリ、理系出身だからでございます。
しかも単なる理系ではありません。
学問の細分化が進んで理系にもいろいろありますが、そういう中でも数理工学とか、
オペレーションズリサーチだそうで(オペレーションズリサーチなんて初めて聞きましたが ^^;)、
しかも40くらいまでは研究者で、大学で工学や経営数学を教えていたといいますし、
いいじゃないですか~。

ほかにもまだ理系っぽいひとが散見される内閣の顔ぶれ。理系がすべてとは言わないけれど、
今までとは違う視点や発想があることだけは期待できます。それは、理系のひとの考え方に
こんなクセがあるからです。
・常識を疑ってかかる
・試してみたり挑戦が好き
・変化や失敗をいとわない

一方、考えられるリスクは
・普遍性とか原理原則が好きで、妙なところで理屈をこねる
・本当に納得しないと動かない(→納得すればとことん動く)
・何かと一家言もっている(←人のいいなりにならない)

それでもマイナスよりはプラスが多いように思え、トータルに考えてプラスであればいい、
そんな気さえします。

だからといって、すぐにとか即効的な効果を期待するわけではありません。
派手なパフォーマンスもいりません。
重要な決断の裏に潜むひとつひとつの意外な発想や、それにに基づく計算や戦略、決定に至る
プロセス―そういったものをこれからみてみたいと思います。


(おまけ)
研究者だったというので、研究費増額やその柔軟化に期待したり?
ついでに環境分野での国際協力やアジアへの予算を増額とか?


これがかの有名な?


振込み詐欺など他人事かと思っていた。自分にはふりかからないだろう、そういう電話も受けた
ことがないし、怪しいメールはすぐにわかるし――どこかでそう思っていた節がある。ときどき、
アフリカからのメールを受け取ってきたけれど、どれも一見して「お金振り込んで」メールでその場で
ムシ!に値するものばかり、だった。

それが今朝、インドネシアの友達の名前を語ったメールがきたのだ。もちろん彼女のアドレスから。
同世代の友人で、インドネシアに行った時は彼女の家に招かれたし、家族もみな知っている。
ビジネスマンの旦那さんがいて娘さん二人に、お義母さんとメイドまで一緒に住んでいる。
その彼女が今ロンドンにいてお金が盗られたとか何とか?

ほどなくして、それが振り込み詐欺のメールだと判明。Googleにかければ、やはりでてきた
でてきた・・・。あぶないアブナイ 

インターネットやメールは、情報の垣根を低くしたけれど同時に情報セキュリティまで低くして
しまった。こうなると、自ら気をつけるしかない。朝から面白い経験、というより教訓だった。

ちなみにそのメールはこんな感じ。支離滅裂な内容なだけに、出だしに引っかかってはいけない。
その友達はメールジャックされていたのだろうか?

みなさまもこの手のメール(とくに親しい人の名前での)には、くれぐれもご注意下さい。

(引用、一応)

Am in a great sorrow writing you this note,Just wanted inform you about something very important,i could bearly think straight at this point,i hope you come to my aid. Because something very terrible is happening to me now,i need a favor from you now,I had a trip here in London.

Unfortunately for me all my money got stolen on my way to the hotel where i lodged along with my bag were my passport was ,And since then i have been without any money i am even owing the hotel here.

So i have limited access to emails for now, please i need you to lend me about 1,200 pounds so i can make arrangements and return back I am full of panic now,the police only asked me to write a statement about the incident and directed me to the embassy,i have spoken to the embassy here but they are not responding to the matter effectively, I will return the money back to you as soon as i get home, I am so confused right now.i wasn't injured because I complied immediately.

I will be waiting to hear from you since i can't access the internet always

Kind Regards

(引用おわり)

ボーローグ


米国の農学者、ノーマン・ボーローグが12日に亡くなったというニュースを朝刊でみた。
ボーローグといえば、小麦の高収量品種の開発により、メキシコやインドな途上国における穀物の
増産をはかった60年代の「緑の革命」の先駆者で、のちにノーベル平和賞を受賞している。

当時、緑の革命とともにボーローグの出現は、世界中に多大な影響を及ぼしたようだ。その後の
人生を決めたという人にも何人か出会ったことがある。

緑の革命やボーローグに対して、私はこう考える。
・ 国際協力の世界への科学技術を活用したこと、またその可能性を示したことは評価
・ 土地や生態系、農民の地域社会に対する負荷を検証したのかはやや疑問

途上国のために生きる途上国出身の科学者が増えることを、私が心底望むゆえんでもある。



美容院


久しぶりに美容院に行く。
「前にカットされてからどのくらい経ちますか?」
「・・・」
お、覚えていないのだ(汗)。実はあまり美容院にいかないタチでもある。そこであまりに
大ざっぱに答えておく。
「ダイブたちます。数ヶ月から1年の間でしょう、か?」

それでも変わらぬ笑顔で
「今日はどんな風になさりたいですか」
とにかくカットまずはカットが目的。で、プラスどうするかはお店で考えよう(一緒に考えてもらおう)~
という主体性のなさだった。
「お願いしたいポイントはふたつあります。毎朝の手入れが比較的ラクなこと。それと年齢相応に
見られる髪型でお願いします」
これでは我ながらまったく答えになっていない。単にリクエストを伝えているだけ。逆にいえば、
それさえ満たしてくれれば後は自由に何してもいいよ~、ということでもある。こういう客が、はたして
美容師にとってやりやすいのか、腕がなるのかどうかは正直わからない。それでも提案しながら
オプションを示してくれ、手際よくさっさっとしてくれた。

しかもそこは初めて行くお店。なにせ我が町には美容院がとかく多い。ザッと頭で思い浮かべた
だけでも10軒は下らない。もっとあるかもしれない。そのお店は、近所の人の知人の娘さんの
お奨めという超間接的な口コミに誘われるがままに、試しに行ってみることにしたまで。

初めて行く美容院ということもあり、私なりに観察していた3時間。まあ気持ちのいいこと。
スタッフもよく教育されているし、サービスとはかくあるべしと思うような美容院だった。
また行ってもいいかも。

そこの美容師さんによると、
・ 今の美容業界は美容院ができ過ぎて人が足りない状態
・ 業界全体で人手が不足しているので、絶えず美容師を募集している
・ あるお店を辞めてもすぐ次の仕事がみつかるとあって、とくに若い人の回転は割と早い。
・ 派手な業界にみえるが地味な作業も多く、本当に好きでなかったといって辞めていく人も少なくない。

ふむふむ。そういう業界もあるのだと知った。



キマリ


今までのソファがウン十年と余りに古く使えなくなったソファがありました。
簡単に捨てられないソファ―しかも取りに来てくれる日が来週早々しかない(それを逃すと
11月になってしまう)と言われ、ソファの引き取りは何とかお願いした次第。そこで急遽、
予定変更で家具をみにいくことになってしまう。

で行ってみると、インテリアや家具のお店というのは実にすばらしくよくできているのだ。
一目見てあれやこれや買いたいものリストと算段ができてしまう・・・。
しかも、来週になると、家具によっては5%引きになるという情報をゲットし、
来週戻ってきます~と口約束までしてお店を後にする。

この調子ではもう、モデルハウスなど訪れようものならすぐに家を買ってしまいそうな勢い?
(即買うほど先立つがないからその点まず心配ないけれど)

しかし、しかしですよ?あの空間のいったいどこに置くの~ 
と現実にもどり、今月の連休は一家のいっせい掃除日、と相成りました。
どこまでできるか、乞うご期待 



ハノイの雲ふたたび


ハノイで見た不思議な形の雲
日本でもほかのどこでも見たことのない、不思議な形の雲だった。
Only could Hanoi

あの雲は何雲かしらね、おっぱい雲かしらね、とケラケラ話していた私たち。

あとでハノイの友達がメールで言うには、翌日の新聞にその雲の写真が載っていたとか。曰く、
「あの雲の学術用語は mammatus、意味するところは breast」

大当たり~  でございました。



宿題


もう9月、 朝晩涼しくなりました。

この10日あまりもなかなか密度の濃い日々でしたが、なにせブログが滞っておりました。

宿題をためた小学生よろしく、今日になって一気に作業。8月20日以降のベトナムと福井のことを中心に書き加えました。よかったらどうぞ~。マイペースで書いていこうと思っていましたが、今回の教訓―極力ためるべからず。やはり




イケメン


久しぶりの東京の電車。9月なのに車内はかなり空いている。まだ大学生が休みだからだろう。そこで漏れ聞こえてくる女子高校生か大学生の会話。同級生の話に花が咲いている。
「あの子、イケメンだよね?」
「そうそう、いけてるメンズ

ん、そうなの?と思いながら、ハッ 案外いいかも、と思ってしまった。
というのも以前、「ねぇねぇ、イケメンってどういう意味?」と興味津々のまなざしで、6、7才くらいの子どもに聞かれたことがある。その時はすぐにいい答が出てこなかった。で、「○○くんみたいな子を指して言うのよ」とその場をしのいだが、事例が適切でなかったらしく、「○○がイケメン???」と不満げな顔つき。
大人は字を思い浮かべようとするものだから余計邪魔になる。次回は子ども相手には、いけてるメンズでいってみようか。

と思って調べてみたら、いけてるメンズをかけ合わせたものだそうな。
一番知らなかったのはわたし・・・



プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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