SIMカード


昨年11月にバングラデシュのダッカにいたときのこと(前に書いたかもしれないけれどもう一度)。

インド人やネパール人がしきりに電話していた。それでも国から持ってきた自分の携帯を使って。
最初は南アジア共通の電話システムでもあるのかと、勝手に解釈していた。しかしキヨスクみたいなちょっとしたお店でちょくちょくカードを購入しては補充している。聞いてみると、もともともっている携帯にバングラで買ったローカルカード(SIMカード)を挿入すれば、そのまま使えるとの話。その調子で、どこに行っても自国の携帯を使えるという。

日本の携帯ならできるんじゃないか~

日本の携帯市場のガラパゴス化ぶりを知らない彼らは、いともカンタンに言ってくれる。フシギなことに、言われてみるとその気になって、半信半疑ながら確かめてみることに。

ゴソゴソ いじいじ (← いじってみる音)

ヤッパリだめそう・・・

そのときの私は、携帯の切り替え期でもあり、携帯を二個持っていた。そのどちらも(って片方は i Phone だけど)だめだった。SIMカードの入る余地なし。日本に戻って調べても、ロックがかけられています、とつれない返事。

それが、どうも、あるらしいのです、方法が。

こんなのもあるし、こんなのもある。もっとあるかもしれない。ちょっと試してみようかしら?
SIMカードとi Phoneのロック解除についておすすめをご存知の方、教えてくださいませ。

は~、最近こういった不慣れな通信機器を使うたびに、一筋縄ではいかず格闘してばかりです・・・
internet immigrantの宿命でしょうかね。

書くこと


年明けからいろいろあるにはあったが、とくに今週は矢のように過ぎていった。
どうにもこうにも今月中に(つまり昨日)出さなければならない「ある書きもの」がなかなか進まないでいた。書きたいことはいろいろ浮かんでくるのだが、なにせどう絞ってどう伝えていけばいいか、どう話を展開させていくかが悩みどころでもありまた楽しみでもあった。
粘りに粘って最後はとにかく仕上げた!ど~っ) ← 一気に疲れの押し寄せた音

書くことに対してそれなりの試行錯誤と思いを重ねてきた。
書くからにはきちんと書くべきである。それができないなら書かないほうがいい(少なくとも書く側にとって)―どこか、そう思っていた。ただこの、「きちんと」がクセモノで、まさにケースバイケース。枠がなくはみ出してもいい自由さが今のよさでもあるのもまた事実。結構私も幅のある書き方を楽しみたいタイプ。

それが、こう思うようにもなってきた。

書くことは、
これでよしとフンギリをつけること
・・・妥協すること


ある翻訳家がこう言っていた。
一度出版された自分の翻訳にはまず目を通さない。
ちょっと驚いたが要は、翻訳というものは質を求めればキリがなく、一方では締め切りがある。だからこれでよしと決めたら振り返らない。そんな意味だった。蓋しその通りかもしれない。歩き続けるには?

でも翻訳でなく、書き手自身だったらどうだろう?

須賀敦子さんはこう書いていた。 
「幼いころは、父が本を買ってくれて、それを読み、成長してからは、父の読んだ本をつぎつぎと読まされて、私は、しらずしらずのうちに読むことを覚えた。最近になって、私が翻訳や文章を発表するようになり、父を知っていた人たちは、口をそろえて、お父さんが生きておられたら、どんなに喜ばれたろう、という。しかし、父におしえられたのは、文章を書いて、人にどういわれるかではなくて、文章というものは、きちんと書くべきものだから、そのように勉強しなければいけないということだったように、私には思える。」(『こころの旅』より)

須賀さんの作品は美しく詩的であるだけでなく、どこか重くずしんと響くメッセージがあちこちに散りばめられている。読んでいると、そういったメッセージがまた急に顔を出してくるように訴えかけてくる。彼女にエッセイストという響きは軽すぎると思う。

(今の結論)
・書くことについて私の羅針盤はどこかまだ揺れている・・・(笑)
・書くことは苦しむこと(楽しいけれど)
・書くことで食べていく職業作家はつくづく大したものだ

ガーナの名前


知人のガーナ人の名前、いくつも並んでいる。
「いったいどれがあなたの名前なの?」
あるとき聞くともなしに聞いてみると、懇切丁寧に教えてくれる。

ファーストネームはジェシーだけれど、ガーナでは生まれた曜日が自分の名前につくのさ。男か女も関係するし、曜日の名前がファーストネームになるひともいる。たとえば、前の国連総長だったコフィー・アナンは、コフィーが金曜という意味からきたのさ。ま、アナンさんの場合は簡単バージョンではなかろうか。この知人はいくつも並んでいて、名字はこれだろうというくらいしかわからない。彼の説明とまとめるとこんな感じになる。

曜日         意味するところ
月曜 Kwadwo Adjoa Peace
火曜 Kwabena Abenaa Ocean
水曜 Kwaku Akua, Akuba Spider
木曜 Yaw Yaa Earth
金曜 Kofí Afia Fertility
土曜 Kwame Amma God
日曜 Akwasi Akosua Universe

ふ~む、なるほど。
で、spiderってなに?と思ってしまいましたが・・・


ずしん


今週の金沢に滞在中、石川県の輪島沖、日本海に浮かぶ島に舶倉島(へぐらじま)について聞いた。舶倉島は海女の発祥の地(のひとつ)。

昔は、海女になるには二通りの方法しかなかったらしい。
1.海女の家に生まれること
2.海女の家に嫁ぐこと

世襲や職人みたいなものといえるかもしれない。

以下は、数年前から何度か島を訪れた人から聞いた話。
舶倉島の暮らしは極めて質素というか島にスーパーなどなく、海女のとってきたものでほとんどまかなってきた。タンパク質源に関してはほとんど自給自足で肉は滅多に食べない。たまに金沢や新潟に住む子どもや親戚から送ってくることがあるらしい。今もそうかどうかはわからない。

海女はだから大変健康で、写真を見てもとても「年齢相応」にみえない人が多い。少ない人で夏の3ヶ月、多い人は季節を問わず毎日4時間もぐっているから体の鍛え方も半端じゃなかろう。

たとえばある「92歳」の海女 
とてもそうはみえない、60かいっても70かとしか思えないひとがいた(今も現役)。
彼女に聞いたらしいのだ、私の友達が。
「あと何年くらい海女をするつもりですか」
海がとまるまで」(即答)

・・・

ぐっとくるではないですか~ 

また別の海女
海女にはランクというか普通の海女のほかに大海女という呼称があるという。
技術を評価された人が受ける名前で(大納言みたいな?)、何人もいない。通常ひとりではないだろうか(私の勝手な予想ですが)。その技術とは、より質のいい=高く売れる、アワビをとってこれること

質のいいアワビは深いところにしかないから、いいアワビを採ろうと思えばより深く潜ることが求められる。もちろん技術が衰えれば、大海女は保持できないし、場合によってはほかの海女に譲らなければならない。

かつての大海女だったというひと
ある時、がんになった
5年ほどの闘病生活後、やはり体力があったのだろう、回復に向かい退院。
その時、病院の医師から釘をさされたという。また海にもぐったりしないでくださいよ、と。
するとその大海女曰く、
「わたしは海女に生まれた。
海女で死にたい」


しびれます~
しびれてばかりはいられませんが。

ある海女にいたっては
「海女の生活に終りはない。生涯かけての学びの連続でありプロセスです
life learning process)」

ふ、ふかい ・・・  海よりも 

ひとつひとつが、
何だかとっても深いし重いです~
人生を生き抜いた人のことば
という感じがいたします。

(は~、ノックアウトされそうになる前に東京に戻ってきました)

なかなかやれないこと


ミーティングに続くミーティングの金曜日

少し休みたいのですが、それとは別になかなかとりかかれないことがありました。
年末から、いえ、いつからかは正直定かではありませんが

それは・・・

それは・・・

オフィスの掃除、とくに机の周囲

であります。本当は週末にでもサッとサッとやってしまえばいいのでしょうが、

この土曜は骨休みに温泉に行ってまいります~ 
これはずっとささやかな夢でした。

ま、掃除は来週の土曜ということで?

はくたか


昨日は暖かったのに今日は雨の金沢です。
それも寒い日にあたってしまいました。



5年後を目途に金沢まで新幹線が開通するという。だが、日本の5年後は間違っても10年ではないから約束されたも同然である。東京との行き来が活発になる。金沢も、昨年9月のリーマンショックの影響で新幹線バブルがはじけたらしい。

「はくたか、はくたかはどうなるんでしょうか?」
はくたかとは、越後湯沢から金沢まで乗った特急「はくたか」のこと
それは、必要なくなります
とはタクシーの運転手さん。えらいハッキリ言うではないの
「東京から金沢まで2時間半ですよ、必要はなくなりますわなぁ。問題は呼び名が、長野新幹線になってしまうか、ということです。もっとも先のことですが、金沢から関西に延びるのは北陸新幹線としても、長野経由で金沢まで延びる新幹線は長野新幹線と言われてもねえ」
確かに、金沢なら北陸という気がする。

北陸新幹線
長野新幹線
並べてみてもピンとこない。

この際、はくたか新幹線はだめでしょうか、ね?

朝食時


あまりお腹がすいていなかったが朝食に。

バイキングの時はあれば必ず和食にする。それがおいしいと知っているから。
案の定、美しい小鉢がたくさん並びます。

IMG_0368_convert.jpg

りんご酢もあるし(オレンジジュースの隣)。
もうこれだけで私はしびれてしまいましたよ(笑)。

IMG_0369_convert.jpg
とくにベンゼン環の形がまた美しいではないの
なかの昆布巻きかまぼこは富山のものらしいです。

もちろんパン食のひとには
ハッシュドポテトやらベーコン、オムレツもあるようですが・・・

一緒にお盆に並べたとして、日本の朝食とそれらの朝食では
悪いけど格が違うのだ。見た目だけではない、栄養だけでもない、総合的に何か訴えるものがある。ローカル色も豊かだし。

味だけではない。ホテルだけあって、日本のサービスの根幹が凝縮しているのではないだろうか。
たとえば、
食後のコーヒーも、ソーサー(もともと不要)の代わりに複数のカップを運びやすいようにミニテーブル(お盆?飛行機で出てくるような)が側においてある

IMG_0371_convert.jpg

食べ終わったら食器は各自がセルフサービスでさげるから、そばにひとが立っていることもないし。
東南アジアでは、とかく待ち構えたかのように立っていてみつめられ、ひどいときにはまだ終わっていないお皿を下げられて、まったく困ったものです。

それでいて朝食のレストランの壁には大きな加賀友禅の布がかけられているし
素晴らしい  ではないですか。

私がホテルやサービス業関係者だったら学ぶことの多かった朝食の時間。
ただこの程度のサービスは金沢だけでなく、日本全国でよく見られると思う。
となれば、
この手のサービスを知ってしまった日本人が、海外に出て不満を抱くのはわかる気がします。
それでもはっきりと文句をいえない、言葉だけではない国民性としても堂々と主張することにあまり慣れていない、
それもまたフシギな宿命なのかもしれません。

それでも海外でもいいところはあります。とくにアジアの国々のフレキシビリティー。
たとえば朝食にコーヒーを飲んでいたり、あるいはもう一杯飲みたいけれど部屋にもって行きたいという場合
日本だとおそらく今日のホテルでも
「お客様、それだけは・・・」
と言われそうですが、アジアの国々では

どうぞ、どうぞ~

と奨励ムードで軽くOKがでます。こういった何かにつけてみられる柔軟性、そればかりは海外の方がいいかも。一長一短なんですよね、きっと。

金沢へ


今日は金沢行きでございます。

もともと国内旅行大好きのわたくし。学生時代はいろいろなところへ行ったものでした。それがいつの間にか、行き先がアジアや日本の外に飛び火拡大してしまい、すっかり国内旅行からは足が遠のいてしまっております・・・。今や年に1回か2回あるかないかの国内出張。この貴重な機会をどうして逃せましょう ♪



東京駅で買ったお昼のお弁当。
あ、また写真を撮り忘れてしまいました~(空腹に負けたのか?)
冬ごもり?冬の彩り?覚えていないがそんな感じの名前の駅弁で、それはそれはおいしかったのですが、なにせごはんの量が上品でございました~
ハッキリいって少ない。秋田のだれだれさんが作った逸脱の一品、とかいうお品書きだか紙だかが入っていた割には、この量ですか。お弁当が正方形としたらその1/4ですよ、ごはんが、それはないでしょうよ。

それでもま、お弁当では足りないかもしれないことを見越していたわたくし
新幹線の改札に進みながらきょろきょろとしていたところ見つけたお店。
いま東京や神奈川のあちこちで見かける(全国にもあるかもしれませんが)、おにぎり屋さん
そこで座って食べることもできる、ちょっと凝ったつくりのおにぎりを売り物にしているお店です
そこでおにぎりを買ってしまいましたよ。
それがまた、おいしいのなんのって。
なるほど、次々と人が列に加わっていたはずです。

食べることだけは、というか、食べられる時はしっかり食べる習慣が染み付いています。
体が資本ですからね、やはり

満足しながら電車というか上越新幹線に
すると今度は、こんなものがあるではないですか(飛行機でもないのに)

 IMG_0322_convert.jpg

電車のサービスっていつの間に進化していたのでしょう。
実はあまり電車のこと知らないのです。
今回も金沢と聞いた時に、てっきり飛行機かと思っていました。。。
上越新幹線が2階だとも知りませんでした。
すばらしいではないですか。
変わらないもののよさもあるけれど
何かと変化を見るのが好きなわたし
それも思いがけない変化が好み・・・



越後湯沢に着きました。乗換えが10分足らずとの放送に誘われるがままに、
特急「はくたか」の乗り場を目指します。
一番線とのアナウンス
(いちばんせん、いちばんせんはどこ~?)
探しながらエスカレーターで1階下のプラットフォームに下りようとした瞬間
目の前に開けた360度の雪景色が・・・
(あの時の自分の顔をみてみたかった、と思う

何てことのない山なのに、枯れ木立と雪山を前に思わず立ち止まって恍惚としてしまいました
 DSCF7128_convert.jpg

プラットフォームに降りれば降りたで
湯浴み
なるものがあり湯気が立っている
手を入れてみたりして
ほとんど子ども状態

IMG_0326_convert.jpg IMG_0331_convert.jpg

すると地元の子だろう、近くにいた4才位の子どもが
「ママ~、あの人写真とっているよ~」(はい、すみません

越後湯沢の隣駅は「岩原スキー場駅」
なるほどね、雪があるはずです。
プラットフォームで写真を撮っているうちはまだしも
特急はくたかの中でも写真を撮り続ける
ちょっと油断するとすぐにいい景色が現れる
・・・かしゃっ・・・カシャ
え~い、もう iPhoneではだめだ!
すかさずデジカメを取り出す。
カシャッカシャッカシャッ
やはりスピードと切れ味が違う。ズームもできるし。
なんて言っているとトンネルに入る。
は~、これでやっと休めることに(笑)

昨年だったか、スリランカから来ていたある研究者。
冬のある日、久しぶりの雪を見て(みぞれというかほとんど雪交じりの雨?)えらくはしゃいでいた。
その昔日本に留学していたこともあり、東京にも何度も来ている。
その彼をして、しかも普段は冷静で分析好きなのに、東京の雪(かろうじて雪?)はポーカーフェースぶりを変えてしまったのだ。

てなことを思い出しているうちに、
今度は海が見えてきました~、日本海ですね。
それにしてもなかなかゆっくり休めません(笑)。

しかし、冬だったんですよね、金沢って。

実は、幼少時を過ごした金沢。
その後、いろいろなところに移り住んだので、第二の故郷がふえてしまいました
が、あるときまで金沢は、第二の故郷だったのでございます。

詫びより粗品


ポストに「お詫び状」なるものが配達されていた。
年末にネット販売で買ったある品物に関することらしい。

どうもピンとこなかったのでまずは封筒を開けてみることに。

この度は弊社のネット通販ご利用いただき、誠に有難うございました。
から始まり、
弊社では云々
と続き、ご迷惑だのご容赦だのと言葉が続く。

どうも謝っているらしい。
それでも何を謝っているのかがわからない状態でございます。 

ニブイのいかしら、わたし?読解力がないとか?

もう一度、よくよく読んでみると、どうやらこういうことだったと判明。
商品代金のほかに送料を加えて請求すべきところを、送料を加算するのを忘れて結果、商品価格のみの請求となった

そ・れ・だ・け

「送料は別に請求されるのか」というお叱りを多数いただきました
こんなことで「お叱り」するひとがいるの~~?? 
そもそも多数って何人なのさ?とでも聞きたくなるわたし。

送料が加算されていなければ、
ラッキーと思ってすむか、そもそもそのこと自体に気づかないか(現に後者だったわたし)、
のどちらかではないだろうか。

それにしてもこんなことに対処するために、わざわざ手紙の文面をこしらえて、全員に発送して、
それでもそれを受け取った人の多くがおそらくではないかと予想。

日本のサービスもここまでくると、リッパというかアホラシというか。

しかも、よくよくみると封筒に貼り付くように入っている、お詫びの印とやらで入っていた粗品。
これががまたいい!
シンプルなはがき大のファイル。よくある書類などを入れておく半透明ファイルだ。A4サイズのファイルはよく見るけれど、それよりひとまわり少ないのは美術館のお土産売り場くらいにしかなく、さらにはがき大の大きさのは初めてみた次第。ふ~む、こんな大きさのファイルがあったんだ。

もうこれだけで、めちゃくちゃ得した気分
いやヤッパリいいサービスでした、と思い直した。

詫びより粗品 (花より団子 、にかけてみました~、ちょっとムリがありや?)

5ヶ国


今日、インドの研究者と話していて聞いた、面白いながら腑に落ちる話。

インドに入るときのビザの話は以前にも触れた。
日本では、受け取り時間が夕方の30分に限定されていたりして、自分でとるには結構面倒でもあったインドビザ。

それが、1月15日(今日!)からインド入国時にビザ取得が可能になったという。
Visa Upon Arrival とはラクですよ~。

ただしそれは一定の国だけ、すなわち

オランダ、日本、ニュージーランド、フィンランド、ルクセンブルク

これら五ヶ国の共通項は何でしょう?

先進国
なんて言葉ではとても括れません。米国もオーストラリアも英国も、欧州の多くの国が入っていませんし。

寒い国(日本は今が寒いだけ)、チューリップの咲く国、林業国家、国土面積?
つらつら思い浮かべてもどれもあてはまるわけでもなく。

その答えは、

テロフリーカントリー、だそうでございます~。
これ、自然に納得できるカテゴリーではないでしょうか。
こういうことを言ってしまうインドってやっぱり面白い国です。

メモメモ


The greatest pleasure in life is doing what people say you cannot do.
人生最大の喜びは、できないと言われたことをすることだ。

(Walter Bagehot, British writer and economist, 1826-77)

砂時計


ちょっと、何だか書くのに苦しんでいます。そんな最近、知った(習った)ことばが

Hourglass Approach

全体像を語り、具体例に入り、また全体像にふくらませていくといった流れのこと。
つまり砂時計の形を描いてのことだそうで、論理の進め方や文章構造を指して使うらしいです。

総論 ― 事例、具体例 ― 結論(総論に近づく)

(例)
都市計画全体について ― 都市計画の詳細、ブレイクダウン(観光客誘致とか産業の育成) ―  計画の目指す将来像

鳩山さんの目指す国家像 ― (そのひとつである)温室効果ガス25%削減 ― 国の産業界の将来や国際社会での立ち位置

と書きながら、あまり上手くない例示に自分で気落ちしています?

それにしても Hourglass Approach とはね。はい、日々勉強でございます~。

図示すればよかったですね。こんな感じ。

hourglass.jpg

ななくさ


ななくさ
           水上不二

「ななくさ、なずな
唐土の鳥が、
日本の土地にわたらぬさきに
すっとんとんのとんとん。」

ふしおもしろく、いもうとが
たたきはやした草のかず。
つめたい雪をわけながら、
きのう、ふたりでつみました。



なずな、だいこん、ははこぐさ、
春の田に咲くれんげそう、
すずなのみどり、
せり、はこべ。

「土のおなべにしましょうね。」
「あわのおもちをいれましょう。」
春のにおいもほのぼのと、
ななくさがゆがにえました。

何かゆかしい空の雲
遠い昔を思います。
なにかとうとい海のこえ
あすの世界を思います。


(ここまで引用)

ふと見たこの詩を読みながら、
ひらがなでも漢字でも表現できる日本語の便利さと美しさを想う。
とくに最後の節はもう、日本人感性の全開モードです。

ポットラック


新年会を兼ねてポットラックをした。ポットラック(Potluck)とは、要は持ち寄りパーティーのこと。
誰かの家でパーティーをするときに、集まる人たちも何か一品持ち寄る。料理する人が多いが、買ってきてももちろんOK。だから集まるものもいろいろで、食事代わりになるピザやサラダでも、ケーキでもワインでも、いちごでもスナックでも、みなで楽しめれば何でもいいのだ。

もし重なりたくなければ最初に宣言すればいい。
「わたしはラザニアにするわ~」
といえば、ほかの人はラザニアを持ってこない。それでもなぜか誰かが必ずラザニアを用意する。たとえ重なっても、集まる人数が多ければいいのだが、あるときなど、ブラウニーが3つも重なった時はさすがにホストが何となく閉口していた。また、ポテトチップの袋をどさっと渡す人もいたが、こういうのはホストが用意するのでややヒンシュクだったことも。とここまではアメリカの話。

要は、できれば人とは違うものを持ってくるほうがいい。またどこかに楽しませるメッセージがあればなおよいし、お国自慢となるような料理が持ち込めれば楽しい。今日はそういう意味では最高  
チジミも、パスタも、サラダも、名の知れぬインドネシア料理やインド料理の数々も~

のはずが・・・

思いっきり撮り忘れていましたよ~、写真を(汗)

と気づいた時はすでにデザートバージョンに移行中
desert_sri.jpg

coffee_sri.jpg   wineglass_sri.jpg

ちなみに私はお稲荷さんを25個用意。それこそいっときマーボー豆腐が定番だったのだが、今日はベジタリアンと中国人がいるのでやめた次第。



ところで今日は新年会というだけでなく、ある大切な友だちのお別れパーティーを兼ねていました。サプライズだったので、どうやって連れて行ったものか、演技力のないわたしとしてはサプライズ担当がかなりの難題だったわけでございます。

不可思議な顔をしてついてくる彼女を横目に、どこで気づかれるかと冷や冷やしながら(カンの鋭い人なので)無事パーティー会場に到着した時の安堵感ときたら  

うれしいほど思いっきり驚いてくれた彼女、あとで曰く、
「てっきりSainahさんに何かの宗教へ勧誘されるかと思いましたよ~、もしくは高価なものを売りつけられるとか」
そ、そうですか(苦笑)

ということで長いこと楽しんでしまいました日曜でございます。

コーヒーシロップ


穏やかな土曜でした。
用事があったのですが、外出ついでに急に思い立って立ち寄ったところで出されたアイスコーヒー。
このシロップのビンに何ともうれしくなって一枚

bottle_convert.jpg

そこは小さなお店で、私の好きな、というかごくたま~に思い出してはいくところです。
いつつぶれてもおかしくないような(?)小さなお店です。
家族経営だと思うんですけれど、チェーン店はありません、やはり。
でもいつ行っても、とくにお昼の時間帯は割と混んでいて、うれしかったりと隠れファンのわたくし。

そこはお世辞にも、しゃれたセンスとかコーヒーの香りなどは感じられない、むしろ縁遠い雰囲気のお店。
なのに、そこでこんなコーヒー、いえシロップがでてくるとはね。
オシャレじゃないですか~ 

実験の連続


今朝のニュースで、小澤征爾さんが病気の記者会見に続けてインタビューの映像が流れていた。曰く、

日本人として、西洋音楽の真髄に迫るのは、一生かかっての実験であり、実験はまだ続いている

日本人にしかできないことがこれからもっとどんどん出てくる

日本の文化は強い



いずれも瞬時に共感し、かつ励まされた。萎えそうになるときに思い出したい言葉でもある。

そう、人生は実験の連続なのだろう。そう考えると楽しいもの。ラボでの実験はいつも楽しいとは限らないけれど「ワクワクする楽しい思い」が根底にあるから。Learning by doing といういけれど、その心は Learning by experimental doing、か。

生物多様性年


今年最初の月曜日、今日は仕事始めということで
2010年は国際生物多様性年
でございます。こんなページもあります。

COPというのは Conference of the Parties の頭文字をとったもので後に条約名がきます。この前のコペンハーゲンは気候変動枠組条約、今年の名古屋は生物多様性条約と、別の条約の締約国会議になります。詳しくはこちらをご覧下さい。

この前のCOP15でもうコリゴリ(締約国の合意なんで無理)
なんていう向きもあるかと思うのですが。

もう今日の朝刊なんて
2010年に名古屋でCOP10が開かれるが、道は険しいだの、2010年目標(=2010年までに生物多様性の損失を減速させる)の達成はほぼ不可能だの、超悲観的なトーンに走っています。新聞だから仕方ないでしょうが。
ま、COP15閉幕からまだ1ヶ月もたっていないですしね。(どうして1ヶ月かと申しますと、選挙で負けて気落ち状態が1ヶ月は続いたという政治家の話を思い出したからです。)

私のスタンス ― 起こってしまったことは仕方がない

同時に、個人的にはちょっと違う思いを抱いている自分に、今日気づきました。

かつて、生命科学の研究に携わっていました。
遺伝的多様性、よく見聞きしたことばです。生物の多様性をある意味、扱っていましたし、何より研究対象そのもので議論の中心でした。

そのうち、米国(の製薬会社)とブラジル(に眠る生物資源)との論争に代表されるように、知的所有権だの生物資源の帰属権だの、先進国と途上国との対立軸に象徴されるようにもなった生物多様性。開発とも関係の深い生物多様性。今年に限ったことではないのですが、自分でも再度じっくり考える機会にしたいと思います。

生物的な多様性とは、遺伝子レベル、個体レベル、種レベル、生態系レベルの全レベルにわたるもの―生物をかじったひとなら誰しも自然に受け容れられるこの真実が、にわかに政治や国際議論の場面に登場してきた現実に、不思議な感慨を覚えています。

一昔前まで科学の分野で問われてきたことが科学者だけのことではなくなっている―こういうことをみるにつけ、やはりここでも、理系のひとがもっと重用されていいと思うんですよね。たとえば今のポスドク(主に理系)でポストがなくて職を探している人に国際舞台に立てる人が少なからずいると思うのですが(割合にすれば普通の社会人に比べ多いと思います)。この際、外務省と文科省あたり連携して送り込めばいいのでは(ついでに、青年海外協力隊も教育の一環とみなして、文科省のプログラムにしてしまうとか?!)。



閑話休題

確かに「生物多様性」自体は世の中にはなじみにないことばでしょう。

去年のお正月でしたか、とある知人から
国際天文年おめでとう~
といった年賀状を受け取り、確かに言われてみればそうだったね、というのが素直な感想でした。
来年の今頃、生物多様性年ってナンだったの?と思われるかどうか、それに対する私なりの答えを用意できるかどうか。

逃げていく風邪?


師走にかけて数ヶ月、風邪やインフルエンザが流行っていたようだ。
ようだ、と書いたのは実感がまるでないからだ。

まず周囲に風邪やインフルエンザ患者がいなかった。

なのに10月下旬、不覚にも声が出なくなった1~2週間
「もしかしてインフルエンザじゃないのか~」と言われていたわたくし。
大きな声で言われる度に否定する方が大変だった(なにせ声が十分に出なかったから)けれど、
そのときもなぜか違うと妙な自信があった。なにせ体がピンピンしていたから。

だからインフルエンザなど、一部の場所での出来事かと無意識にも感じていた。
そのうち、私の住む地域や街にもインフルエンザらしきものがやってきた。

たとえば、

子どもの学校で、隣のクラスで、あるいは学年を超えて、近隣の学校でも
次々と学級閉鎖が打ち出されていった。クリスマス前に、近所に住む子どもの
通学友だちがインフルエンザで倒れた時は、もうくるかと思った。
それでも我が家はみなケロリとしている。せきひとつ出ない。なぜだろう。

年末に久しぶりに会った友だちにも、風邪がひどくてやっと直った、と開口一番で
話す人が多かった。一方我が家は、有難くもたまたま周囲が膜かバリアに包まれたか
のように感じていた。風邪が逃げて行ってくれているようだ。ま、結局、手洗いとうがい、
栄養かな、とひとりで思っていたら

「風邪は逃げていってもちょっと運動不足なんじゃない?」
とハッキリ言ってくれる親戚のおばさんに会ってしまった年始です。


元旦の朝


あけましておめでとうございます

月食に始まった元旦の朝です

いい年となりますように! 日本にとって、世界にとって、それぞれにとって。


Fuji_convert_2.jpg

プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

カレンダー
12 | 2010/01 | 02
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Twitter
FC2ブログランキング
カチッ♪クリックしていただけると  はげみになります ↓

FC2Blog Ranking

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
月別アーカイブ
リンク
カテゴリ
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター