魔法


今日は職場でちょっとした飲み会があった。いい会だったし楽しかった。

もうお開きかという頃に、とつぜんある上司が演説を始めた。
成り行きではあったが、思いがけないことでもあった。
おそらく、彼もそのつもりでなかったはずだが、機嫌がいいのか気分がよくなったのか、
とにかくうれしくなったことは間違いない。

 これからチームの目指す方向やあるべき姿について
 目先の利益だけでなく実利をとること
 やるべきことをすれば結果は後からついてくる
 プロフェッショナルな仕事を
 夢があればもっといい

普段はひとを前にスピーチをするタイプではなかったから、その姿は新鮮だったうえに、
訴える力が大きかった。とくにわたしはそう。単純なせいか、何だか鼓舞されてしまった。
思いっきり魔法をかけられてしまったようだ。

もっとも彼もかなりアルコールが入っていた。
だからこそできた迫力ある(?)スピーチだったのか、そういうときの目をみていると
ジェントルマンとおやじの線が、限りなく薄くなる瞬間でもある(笑)。

我らがチームに祝福あれ

ほめられる?


私の周囲には、一風変わったキャラクターの持ち主がいるみたいだ。そういう人は、普段は話していて楽しいのだが、こちらも気にも留めてすらいない(ほとんど忘れていた)ユニークなキャラクターの片鱗が、忘れた頃に出没する。そして楽しませてくれる。

今日もそんなひとコマ。
「Sainahさん、そのスカート素敵です。またぜひ着てきてね、毎日みてもいいくらいです」(←彼の話し振りを訳すとこんな感じになる
不意にいわれた。しかし男性にスカートをほめられてもちょっと・・・(慣れていないわたし)。
ちなみに色は地味だが限りなくカジュアルに近いスカートである。
「カジュアルだしそれほどでも?」(←日本人のわるいクセ)
「いや、そんなことない!いいですよ。よくお似合いです」
「そんなこと、夫にもいわれたことないけど
「それがフツウの男性です。ぼく、こういうことに敏感なんです~。」(←彼は研究者なのだが、一応)

「ふ~ん。それは、あなただからなの。それでもあなたの国の男性はそういう国民性とか?」
「ぼくだからだと思う(キッパリ)。妻に対してもそう。服がいいと思わなければ何もいわない。すると妻はムスっとしているけれどね」

ほかにも、主夫をして生きてもちっとも構わない、とか妻に花を持たせるのが大好き、とかま~、いろいろいるのでございます。

追記


昨日の続き。

大学経営に関して行った一部の組織改革、業務改革、人員削減に関する長い弁明の手紙を読んで、「ため息が出た」と私は書いた。これは何も、失望の念から出たため息ではない。よくぞここまで明確なメッセージを発することができたと感心した。それもある程度、オブラートに包みながらしかしポイントは外さない-こういうことができる羨ましさも「ため息」には幾分あったと、自分でも思う。

好むと好まざると、書きにくいメールや手紙というものがこの世には存在する。そういうメールの割合がむしろ多いのかもしれない。ご期待に添えなかったり断ったり、やんわりと無理を通そうとしたり、人と人、組織と組織の絡むところに必ず出てくる場面だ。いいにくい内容でも、返事か何なりのコミュニケーションがあればまだいい方で、なしのつぶてのときもある。

私はそういうメールや手紙を書くことが、それほど得意ではない。英語で書くとなるとなおさらだ。なのに、ちょっと人に手直ししてもらうだけで見違える。なるほど、こういう言い方もあったのか、とよく思う。両方を出した時を仮定し、相手方の反応の違いが目に浮かぶ時もある。

これは、言語能力やコミュニケーションの問題なのか、文化的背景の問題なのか、想像力の違いなのか-個人差だけではない、何かがあるような気がする。
まぁ何であれ、すうまくなりたいと思いながらコミュニケーション能力の向上を目指す日々でございます。

ことばに訴える時


かつての留学先の大学からときどき手紙が届いていた。所属していた学部長からのときも大学総長からのときもある。もちろんメールで一斉送信のことが多いけれど、そこは同窓生のネットワークに力を入れる学校ゆえ、手紙も年に何回か届いている。メールのあと来る手紙の共通点は、いずれも長い手紙であるということ。とりわけ、総長や学部長からというのは、強烈なメッセージと説明責任を果たすべき時であることが多い。今回も何かありそうだ。手紙を開く前にそう思った。それにしてもやはり長い手紙である。3枚半にわたりぎっしり書かれているから、余計長く感じる。要約してみよう。

 

全教員、職員、学生、そして同窓生のみなさまへ

同校が直面している経済的な問題についての概要をお知らせしたのは数週間前のことでした。この状況下でどのような予算措置が最適か思案していた私の初期の考えについてもお伝えしました。今回は、今一歩踏み込んで、実際に新年度(2010-2011、米国の学校の新年度は9月から)を迎えるにあたり、我々が取り組んできた困難な状況と取り組みを皆様にもぜひ知っていただきたく、書面にてご連絡差し上げます。
(そういえば来ていたような?ほとんど読んでいない)

まず最初に、本校はここ数年、めざましい成長と躍進を遂げてきたことは今一度心に留めていただきたいと思います。ただ、そのような中でも残念なことに、世界的な不況の影響で大変難しい状況にあると言わざるを得ません。本校の年収の約50%は内外からの寄付によるものでしたが大きく減少しています(ここで説明の数字が並ぶ)しかしこれは本校だけではありません。大学全体、米国全体であまねく直面している、またこれからも続くであろう状況です。

ひとまず、学生の奨学金は確保したところです。学生諸君の勉強、研究、興味の追求を奨励する本学の姿勢に変りはありません。
(学生の日々の生活に大きな変化はないことを強調)。明日のリーダーとして羽ばたくべく、存分に能力とスキルを磨き続けて欲しいと切に願っています。

この結果、予算上足りない額を算出してみました。
(ここでまた数字の説明が続く。長いので略)。この予算は、来年以降の予算計上にも大きく影響するだけでなく、実に現実的な線での計算です。したがってこれを基に、様々な話し合いを続けてまいりました。

とはいえほかの予算を回すとか一部、節約するといった程度の対処では極めて難しいものがございます。本校にとっても実に痛みを伴う決断を迫られていました。すなわち、この予算措置を進めていくにあたり、私は昨日、直接影響のある職員と話し合いの場をもちました。とはいえこれは、これまでの仕事人生の中でもっとも難しいものでした。


(新年度に迎える学生の数、修士何人、博士何人の予定といった数字と説明が続く。)
これからも引き続き、寄付を募ります。また新しい支援先の開拓や支援の約束を取り付けるべき試みがあれば努めていく所存です。そのひとつとして、新しく迎える教職員について紹介します。(その先生の紹介が続く)このようなバックグランドを有する彼を本校に迎えることは望外の喜びです。これからも、現職の教員に移動がなければ、ほかの教職員を探すことはできないことでしょう。

教職員、とりわけnon-ladder facultyについて、本校のニーズと予算との兼ね合いで現在、検討しております。その関係で、本年6月に契約終了の何人かのnon-ladder facultyについて、契約の更新はできないことになるでしょう。これまでの本校への多大な貢献を知ればこそ、彼らを惜しむ気持ちを隠せません。いずれまた、ともに働ける日を楽しみにしています。

一方、予算削減とともに、業務の効率化をはかり機能のスリム化も進んだ面もあります。
(何人かの学務主任や事務主任について、その役割の兼任や統合についての説明)こうした機能のスリム化に伴い、大変残念なことに、業務Aと業務Bへの支援は削減することになりました。また業務Cは、度重なる話し合いの結果、この部分も大幅に削減するしかできないという結論に達したことはまことに遺憾です。最後に、本校の図書館も大学の総合図書館と統合することになりました。

いずれの削減も、たいへんな痛みを伴います。(略) 現に、スタッフ82人のうち6人の雇用ができなくなりました。この6人に、自主的な退職を申し出たスタッフの数は入っておりません。またこの6人のほかに、定年退職となり去ってゆく同僚もいます
(その二人の功績を述べる)。

この数週間、数ヶ月はおそらく本学始まって以来、もっとも困難な時期として歴史に刻まれるでしょう。慎重に、包み隠すことなく、責任をもって、できうる限り全力を尽くしあたってまいりました。教職員とは幾度となく議論し、相談を重ねてきました。その結果、学生への影響を最小限にするべく最大限の配慮と最良の解決法に到達したと信じています。そのために、優先順位付けや人の配置に対して、非常に難しい決断を迫られました。このような措置を講じる事態は遺憾極まりないことであり、私たちもできることなら直面せずに済めばと願っていたことでもありました。

これから本校は、大学全体も学期末に向かい、1年でもっとも忙しい時期に向かいます。しかし、こういう時こそ状況を見失うことなく、バランスの取れた見方を保つ姿勢が肝要と私は考えます。この先、事態が好転する時期がきっとやってくるでしょう。世界の経済状況がこれ以上に悪化しなければ、また前進していけるものと信じています。

私自身、極めて楽観主義者ですし、本校に赴任したことにいささかの悔いもございません。むしろ、このような形で皆様と働き分かち合いながら舵をとる立場にあることは、この上なく光栄なことと深く感謝しています。

(注:学部長は1年前に着任したばかりだった)

(ここで、不意に?教職員がどういう方向で協力してくれているか、学生のイベントなどにも言及)

本校は、短期的には困難を経てきたものの、基本的にいい形で進んでいます。これまで本学の発展のために尽くしてくれた前任者の指導力を引き継ぎ、素晴らしい機会を享受してきました。これから一層、本学関係者の皆様とともに歩み、協力し、名実ともに本学の名を高めることに全力で邁進する所存でございます。

 

これを読んで、
はじめに言葉ありき 
の文化を感じて、ため息が出た。アカウンタビリティという言葉も何も要らない。言いにくいことでもひとことも「力が及ばず/このような事態になり申し訳ない」などと謝罪せず、どこか前向きのトーンを全体的に崩さず、時々数字を入れるなど説得性をもたせながら、読み手にメッセージが伝わることにもっとも適した言葉を盛り込む努力をどこまでも惜しまない。この手紙も、要は、「予算減に伴い、業務のスリム化と人員削減を行いました。学校の目指す方向を示して努力を続けます」ということを説明しているに過ぎない。

ちなみに私には、こういうスキルがもっと必要と思われる(汗)。

冬コート


昨日の夜から今朝にかけて、たいへんに寒かったです、東京は。
天気予報では関東北部は雪も、というのでてっきり群馬あたりのことかと思っていたら、アマイアマイ 。すでに昨晩11時にはみぞれでしたからね。朝起きたらうっすら積もっているし。

そんな朝に限ってわたしは町内会費を集める役目をおおせつかっていました(は~)。
平日に仕事をする身としては、こういうことは週末しかないのです。
とくに、今日の午後から出かける予定のわたしは今朝から始めるしかないのです。一度に集まる保証もないし、というかまず集まらないだろうし。かくして早めに始めることに。

そこで、朝9時から準備開始(領収書の用意などあるらしく)。
朝9時半には訪問開始。家を出ようと玄関をあけるやいなや、さぶっ
この冬ほとんど着なかった冬コートを4月の今になって着て。あ、一度だけきました。3月下旬の北海道で。

ということで(?)思い出しました。3月に北海道に行ったのでした。思い出しついでに、その時の写真を何枚か、載せておきます(全然関係ない脈絡で申し訳ないっ )。というかこちら(Day 1, Day 2, Day 3)をご覧下さい。

夏の北海道にまた行きたいものです。


(町内会費後日談)

回り始めて気づいた何軒かの反応
「領収書なんてあるんですね?」
「あら、わたしが当番の時は領収書なんて出さなかったけれどまずかったかしら?」
いえいえ、ちっともまずくありません。わたしもほとんどそうするつもりでした。

そうしなかった、いえ、できなかった理由はただひとつ。
前任者の方が、領収書(しかも控え付の領収書)にきっちりと記載して、残りの領収書も回してくれ、何だか使わないといけない気がしたから。しかもご丁寧に、「21年度町内会費○円、消防協力費△円」を人数分、手書きで書いています。悪筆のわたしとしてはこれだけで、ええい~、と投げ出しそう。日付も、集金に回る前は在宅かどうかわからない手前、4月吉日とするのはまずかったかしら?

几帳面な前任者に拍手~。

ふっ


申し訳ないけれど、久しぶりに会いたくないタイプの人に会いましたよ。
いや、正確にはまだ会っていないんですが 

これまでのやりとりで、メールでも電話でも、方向というか感触がいまいちつかみかねてはいたのですが。今日に至っては、決まってしまいましたよ、印象が。このひとことで

    私はこのように聞いている
    こうとしか聞いていないから、これ以外のことはできない


翻訳すれば、できるかどうかわからないけれど、やってみようとも思わない。
できるかどうかわからないからやってみます、に慣れていた私としてはもう 

ま、これまでもやりとりする過程で言葉の端々ににじみ出てはいましたが、そういう意味では驚きはしませんでしたけれどね。

それにしても、
あ~、こんな化石みたいなセリフといまどき言ってどうするの、ア-タ!
まだ若いでしょうに ( ← 声と言葉遣いから勝手に想像)
そもそもサービスが売りの(売りにしたい?)自治体の職員が何を言っているのかと。。。
私の知っているほかの自治体職員からは絶対に聞かれないせりふなんだけれどな~。
そう思うと、ちょっとさびしく感じたというのもありますね。
もう、○○知事が知ったらナントいうことか、想像に余りありまする。。。

ま、いいさ(フッ)。怖いものみたさ(?)に今度会ってみますわよ。
会うまで決めるな、ですかね。凶とでるか吉とでるか?

アイディアに惚れるとき


人はなぜ働くのだろう

のっけからなんですが、ここ最近浮かんでは消え、また忘れた頃に沸いてくる疑問。
人はなぜ生きるのだろう、と等しく
古今東西にわたり繰り返されてきた人生の問いかもしれない。
なのに、正直、学生だった頃は、いや社会にでても、敢えて考えることのなかった問い。
働こうが大学院に行こうが、当たり前の時代だった90年代後半だった。

働くインセンティブとは何であろう?

果たして、これはもう千差万別だろう。いろいろな声が聞こえてきそうだ。

「そりゃぁ、もうお金でしょ」
お金は否定していないけれど、お金だけではないだろう。

 自らの成長のため
 自分の力を試すため
 世の中へ貢献するため
 人の喜ぶ顔が見たいため(サービス業など)
 個人ではできないことも仕事を通してチームでならできる達成感を得るため

ほかにいくらでもありそうだ。できれば何か自分の軸や指針となるものがほしい。何があってもぶれないもの、動かせないもの、夢につながるもの。

定年を「無事」迎える日を指折り数えて待っている人も、周囲にいるにはいる。
自由な時間を求めてならわかるけれど、金銭的なものを求める場合もあるようだ。
せめて私なら前者でありたい。

そんな矢先、これを目にした時は溜飲が下がりましたよ。



これまの仕事の場面を振り返っても、あまりに理不尽なことでも必死でついていくときが一度ならずあった。人手が足りようが足りまいが、「わがまま」に付き合ってあげることも多々あった。

今になって、なぜだろう、と思うこともある。自分でも説明できなかったのだ(考えている間もなかったこともある)。

最近、少し手がかりがみえてきた。
それは、アイディアそのものにぞっこんに惚れるとき。
いいものはいい―そう評価する土壌が、サイエンスの世界にはしっかりとある。そういう世界で訓練を受けてきた身の少なくとも習性でもある。これだけは、今の国際協力の世界に入る前に知っていてよかったことのひとつ。これが、そういう人ばかりでない環境にいると、都合のいいように使われたり理解できるがために動いてしまうので、悲しい性ともなってしまうのだが。

ま、私に関係あるひとびとは、この「別の星(サイエンスの世界)から異端児が迷い込んできてしまった事実」をぜひとも認識し、その事実に感謝してほしいものだ(笑)― 心の奥底でそう思うこともある。

何をやるにしても、せめて楽しまないと思っているこの年度はじめでございます。

こどもとニュース


今朝のNHKの「週刊子どもニュース」とみた。まともにみたのは、ほとんど初めてだと思う。

一週間のまとめニュースのひとつとして、核兵器縮減に向けた米ロの条約の話が出てきた。
にこやかに両大統領が握手している画面を見て、そばにいた子ども曰く、

減らすっていうけれど、今まで作っちゃった核兵器どうするんだろう?

しかも、米ロ両国で世界の90%の核兵器を保有するとの説明。

まったくその通り。ホント、どうするんでしょう。
子どもは正直です、ハイ

ポスドクと科研費


あっという間に、また週末になっていました。なかなか落ち着きません。

さて、先日浮上した疑問は

日本の研究所のポスドクは科研費をとれないのか?

という点でございます。

はっきり書けないのですが、友人Aさんとしましょう。
前職の任期が終り、この4月からとある大学に移り好きな研究をしようとしていた矢先のこと。
晴れて科研費もとれて、しかしどこか落ち着かない。
そうです、Aさんは大学に籍を置いて正規ポストを探す立場に置かれているのです。
「研究員」という名の下に。

しかも、今になって、3月までいた職場からあるポスドクの話が回ってきました。
3年の任期と給料付です。研究費はボスが取ってきてくれます(たぶん、いやそのはずです)。
ところが、そのポストを選ぶなら、取れた科研費は辞退しなければならないと申し渡されました。
プロジェクトに専念するべし、と100%エフォートを求められたのです。

これは、究極の選択というより二者択一になります。研究者としての岐路にあるといってもあながち大げさではありません。AとBの分野の差は、いろいろある薬の中でも鼻炎の薬と胃腸の薬くらいの違いでしょうか。風邪薬なら大差ないかもしれませんが。

 3年間の給料と任期、ボスの奴隷となる道をとるか(ボスの人柄は一緒に働いてみないとわからないけれど、同じ分野で狭い世界なのでこの先どうなっても、無縁でもいられません)
 当面の科研費と研究の自由をとるか(しかし無給で、正規ポストを探し続ける。ポストは半年後に見つかるかもしれないしないかもしれない。正直あてのない旅)

皆さんならどちらを選びますか?



ここにきて私の疑問は、

そもそも日本にいるポスドクは申請してはいけないのか。

という点に集約されます。

何人かに聞いてみたら、分野にもよる(細かい分野の近い遠いだけでなくカルチャーが違ってくる)が結局
組織による、組織の長の考え次第
ということがわかりました。そこまではいいです、やはりそうだと思ってましたし。しかしですね、そこで聞いた驚きのコメントは、

日本の大学ではポスドクは奴隷のようなもの 

それはないんじゃないですか~。
そういう先生に限って、本当のポスドクの厳しさを経験していないとわたしは邪推しています。
ポスドクにもいろいろいるように、またいろいろな時期があるのに、ひとからげに科研費申請はダメ、としたら日本の科学の将来はどうなるのでしょう。

いえ、驚くに値しませんが、それでも私からすればこの時代にサイエンスの世界で?
と大ショックでした。



たしか数ヶ月前、研究室を持たないポスドクにグラントを与えるという記事をNatureで読んだことがあります。ええ、もちろんアメリカの大学ですよ、やっぱりこういう話が出てくるのは。

米国は、国家としてはどうかと思うところが多々散見されますが、それは日本とて同じこと。
しかしやはり、サイエンスに対する国家として取り組み、視点(政策にも近い)に対しては、一歩や二歩ではない、十歩くらい進んでいるところがあると思うのです。米国の大学院を経験した研究者だったら、もう今の日本には戻ってきたくないとしても、まったく不思議ではありません。サイエンスの国境はないですしね。

テンプレート


まだそれほど習熟できていないこともあってあまり使いきれていない Twitterではありますが、そこで、こんなブログを知りました。

一瞬、自分のかと思いましたよ~(笑)。

既成のブログテンプレートを使うとこうなるのですね、ハイ。

人生の道の駅、というタイトルがいいではないですか。目を引きました。島岡先生の本、私も好きです。

自分の中ではもう次のブログのタイトルやテーマを決めているのですが(爆)。
実は私、人生のある時期になったらこうしよう、みたいな形で。
今のところ、それがいつ来るかわかりませんし。

春です

夜桜


桜の季節になりました。正直、routine になりつつあると思ったのですが、そうでもない今年。
さりげない桜の名所が多いのです、我が街は。
今日も帰り途、とぼとぼ歩きながら見るともなしに空を見上げると、迫ってきた(かにみえた)桜の大群?いやはや、風があまりにすごいので、最初は風になびく桜の枝が虫かと思いました~

こう見ると夜桜も風情があっていいものです(しみじみ)。routine なんていってごめんなさい(←強風に吹かれても持ちこたえていた桜に語りかけている・・・)。
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週末に向けてゴー
プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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