監督について


わたしはサッカーは門外漢だけれど、静岡に住んでいた手前、サッカーにそこそこの興味があります。とくに、ワールドカップともなれば、対戦相手や勝敗くらいは気になります。
そんなわたしからみて、いくつか疑問があります。

(疑問1)そもそも、なぜ、岡田監督なんですか?

岡田監督は、なぜかわかりませんが、勝つ気がどうしてもしないのです。
ただ、攻められるべきは監督だけでなく、監督を決めるサッカー協会(ですよね?)にあると思っています。

(疑問2)今までもそうですが、どうして、日本に縁のある人ばかりを選ぶんですか?
縁がなくてもいいじゃないですか、むしろそれまで関係のある人を選んできてダメだったのだから。
それに、
あれだけ叩かれていたトルシエの方がまだよかったじゃないですか。

(疑問3)サッカー協会は、日本サッカーの将来を考えて、真剣に監督を選んでいるんでしょうか?
わたしはいいたい。今回はもういいから、次回へ向けてしっかり監督を選んでほしい。本当は、すでに始めていなければならないはずです。

個人的には、韓国がベスト4に進んだときから、オランダのヒディング監督にたいへん興味がありました。そのヒディング監督にぜひとも就任していただき日本チームを率いてほしいのですが、ぼやぼやしているうちに、ほ~ら、ロシアやトルコにとられてしまいました。せめて、2012年のトルコとの契約終了を狙って、今からでも動いてほしいものです。ほかにも名将といわれる、あるいは発掘されていない名将の卵がいるはずなのに、そういう努力がどうにもこうにもみられない、そこに苛立ちを感じることも。

Back to the original


著者の木下先生は、『理科系の作文技術』でも知られる物理学者である。先日久しぶりにこの本も読んでみた。書かれたのは1981年とあるがどうしてどうして、30年経った今も、その内容は色褪せていないどころか十分通じる。文章を書く人なら、とくに研究関係の書き手なら、立ち戻っては反省しかみしめるべき点が随所に出てくる。個人的にも読み直しのはずなのに、そう感じさせない新鮮さもある。たとえば、

・なまの情報や自分自身の考えに重点をおくべき。たとえ、不備であり未熟であっても、
 オリジナリティーという無比の強さを活かさない手はない。
・パラグラフ、トピックセンテンスの重要性
・いかに、日本的教養や日本的感性が骨の髄までしみこんでいるまごうかたなき日本人であれ、
 明確な主張をしはっきり言い切る心得が、論文を書く時は要求されるし、そうするべきである。
・プレゼン原稿の準備、読むのではなく話す。

おそらく、この新鮮かつインパクトが大きいのは、
本質的なことを、経験に基づいて、きちんとした言葉で適切に表現されている
からだろう。

そして、「スウィッチ・ヒッター」の源流ともなる考えが、この『理科系の作文技術』にもすでに随所に散りばめられている。おそらく著者もずっと頭にあって、しかし考えを昇華させ表現するには、時間と別の機会が必要だったのだろう。言葉に厳しい方だっただけに。



私は、自分は日本人のなかでは、西欧的な考え方、感じ方を比較的よく解するほうで、時と場合によっては彼らと共通の足場で考え、感じることもできる―と信じている。しかし、論文を書くときに「ほかの可能性もあるのに、それを斟酌せずに自分の考えを断定的に述べる」ことにはいつも強い抵抗を感じる。(中略)これは私のなかの日本的教養が抵抗するので、性根において私がまごうかたなく日本人であり、日本的感性を骨まで刻みこまれていることの証拠であろう。

(中略)

わたし自身の心情がいま告白したとおりなのだが、理性的な判断として私は、日本人は平均して自分の考えをもっと明確に言い切らなければならぬと考える。世の中には、ことに実務の面では、はっきりものを言わなければならない場面がたくさんある。そういうときに相手をおもんばかって敢えて自分の考えを明言せぬ言語習慣が、私たちの社会の風通しをわるくしている。また、科学(自然科学とかぎらず社会科学でも人文科学でも)は冷たく澄んだ世界で、そこではとことんまで突きつめた明確な表現が必要なのだが、私たちはとかく表現をぼかし、断言を避けて問題をあいまいにし、論争を不徹底にしてしまいがちである。

私は、むきつけな言い方を避けて相手が察してくれることを期待する日本語のもの言いの美しさを愛する。そういう言い方を、これから育つ人たちにも大切にしてもらいと思う。しかし、本書の対象である理科系の仕事の文書は、がんらい心情的要素を含まず、政治的考慮とも無縁でもっぱら明快を旨とすべきものである。そこでは記述はあくまで正確であり、意見はできるかぎり明確かつ具体的であらねばならぬ。


 ここで「明晰でない言葉はフランス語ではない」という言葉があるが、「はっきりした表現は
 日本語ではない」といえる、というドナルド・キーンの言葉も紹介し、的を得ていると指摘しつつも

私たちは、理科系の仕事の文書に関する限り、<日本語でない>日本語、明確な日本語を使うことにしようではないか。真正面から<はっきり言い切る>ことにしようではないか。



やや長くなるが引用してみたのは、あまりに共感できるくだりだったからだ。

ややもすると、論議を二分して白黒はっきりさせたり、日本のやり方や言語文化を全否定し外に迎合したりする「専門家」が散見される。そのようななか、このように科学者でかつ言葉を大切にしてきた先生の見方は、本質的であり極めて重要であり学ぶところが多い。おそらく、『理科系の作文技術』も文章を書く際の、あるいは研究者の古典になるのではないか。あるいはもうなっているだろう。

スウィッチヒッターふたたび


ここでふたたび、みたびスウィッチヒッターの話を思い起こす。

これからの日本人は、言葉のスウィッチヒッターであれ
木下是雄先生が『日本語の思考法』で紹介されていた表現で、私のなかで妙に腑に落ち、忘れ得ない指針となっていた。

議論とか論駁が百戦錬磨とは言いがたい日本人でありながら、強く言い切らなければならない場面に立たされるがあった。そういう場面の目撃者だったり、また当事者になることを繰り返していくうちに、効果的で自分らしさを失わないコミュニケーションとは何だろう?―どこかそう、潜在的に思いあぐねていた時があった。簡単にコミュニケーションというけれど、借りものでは伝わらないときがある(多い)。この言葉は、たまたま手にとった『日本語の思考法』という本にあり、目に飛び込んできて、まさに開眼させられた。こう書かれてある。

「私の念願は、これから巣立つわかい人たちが、仕事の面や国際交渉の場では明快・明確にズバリと発言し、日本人同士の私的な交際では察し、察せられあう優美なもの言いができるように育ってくれることだ。これはかれらにことばのスウィッチ・ヒッター(機に応じて右でも左でも打てる打者)になってもらいたいということである。」


ここでスウィッチヒッターの意味をもう一度。

ビジネスや国際会議において、欧米式の言語習慣が優先する。これはやむを得ない。自然科学もそういう土壌で育ってきたので、影響は免れない。ここでいう欧米式の言語習慣とは、次のAとBとなる。
A. 正確に、客観的事実を伝える
B. 明確に、論理的意見を述べる

「国際化時代のいま、私たちは必要に応じてA、Bに示したものの言い方ができるようにならなければならないのだが、一方で日本人同士の私的なコミュニケーションでは伝統的な言語習慣を大切にしたい。つまり、機に応じてものの言い方を切りかえるスウィッチ・ヒッター(右打者でも左打者としても打てる打者)になるほかないのが国際化時代に生きる私たちの宿命なのだ。」




何度でも足りない気がするが、繰り返し思い出しては肝に銘じたいと思う。
言葉とはそれだけ大切で、こわいものでもあるのだから。

結局よくしゃべる


なにかとインド人と縁があった私だが、思えばみな男性だった。
インド人女性―これまだ一概にはいえないがみていると、(1)思いっきり主張が強い(2)おとなしめにみえる、の2タイプに大別できる。

たとえば今日もこんな会話―(1)主張が強いバージョン

「今年の生物多様性の国際会議、確か京都よね」
ちなみにこれは、今年10月に名古屋で開催されるCOP10のこと。
そこでだれかが、やんわりと
「ああ、COP10のことね。***(説明が加わり、最後に)場所は名古屋よ、ちなみに
といってみる。しかし何事にも自信ありげの彼女は、そう簡単に譲らない。
「ナゴヤ?それどこ?まあいいわ、どこか知らないけれど、いえ、京都だわよ、きっと
(たまたま知らないからといって、どうして京都になるの~?)

ちなみの彼女は、名古屋も知らないほど日本のことを知らない。それもそのはず初来日だから。しかも法律専攻で学生を終えたばかり。なのにこの手の自信、いったいどこから来るのだろう。

こういう人を相手に、日本人はどう対処していけばいいのだろう、と思った頃もあったが、今は少し慣れてきた。しかもこの程度の話なら、はっきり言えばいいだけだ。
問題は、もっと込み入った話題のとき、こうしたインド人(とは限らないが)相手に反論する必要がある時に、どう立ち向かうかである。

そう思っていたら、おろなしめにみえたひとが何やら話し出した。ひとたび口を開いたらことばが続いて出るわ出るわ、とまらない。ナンダ、おとなしめにみえるだけで、ちっともおとなしくなかった

今ほしいもの


このところ忘れていたが、つまるところ慢性的寝不足状態が続いていた。わたしは3時間や4時間の睡眠では身が持たないようにできており、どこかでしっかり寝たかった。

この土曜日だけはしっかり晴れてくれた。そう、子どもの運動会。
普段なにもしてやれないので、ゼッタイにいくつもりでいました
→ 果たして行きました
→ しっかり寝ました(笑)

運動会といえば、しっかりビデオやカメラに収めるひともいて場所取りがタイヘンらしいです。うちはそれほど近くもないので、当然のごとく遅く着きました。なのに、日陰で風通しのいい、スペースがぽっかりあいているではありませんか!そこは遠慮のないわたし。ラッキーとばかりに、組み立て式テーブルを拡げると、誂えたかのようにきれいに収まるではありませんか。うれしくなり、静かに鑑賞していたら、何とそこは校舎と校舎をつなぐ通路脇のスペースで、どうもなぜかみなさん、遠慮していたらしい(とわかったのはあとのこと)。「許可なくして通行禁止」との張り紙があってドアも閉まっていたので、運動会の日に何もわざわざここを通る人はなかろう、との楽観的思い込みで疑うことなく陣取りました(結局二人ほど通っていましたけれど、まあどんまい)。

しかし運動会というのは、楽しい反面、食事の後はとてつもなく眠くなるものです。心地よい風に吹かれ、しかも寝不足だったわたしは、うつ伏せで眠りに入りました。それがまた気持ちのいいこと。

しばらくしてやおら起きると、今週ずっと出張で金曜夜に戻ってきた上司からメールが。
日曜締め切りの、とある仕事に関連して
「今日は誰か来るのかな?」
ほかの人からはだれも返事がない。そこで、寝ていたくせに返事してみた・
「ただいま運動会の真っ最中でございます。行けるとしても5時以降になりますが」

ということで、土曜はめでたく免除。日曜午後に職場に向かい、仕事も無事終わらせる。
それはいいのだが、ここで思うのは
は~、求む 本当のretreat!

至福のとき


こうしてサリム・ウィークは、疾風のように突き進みは嵐のごとくはあっという間に過ぎ去っていった。たくさんの可能性を示された気がして、まるで、思い描いた未来図が約束されたかのような錯覚に陥る、至福の時間でもあった。自分にできること、なすべきことを再考し、思いを馳せ、尽きない思いが湧いてきた。

これを、点で終わらせないで、線に、面へと拡げていくにはどうすればいいのか。

佳境


世の中には、ひとことで端的に、物事の本質を言い当てるのが得意なひとがいる。その最たる人がサリム。どんなときでも長い説明が延々と続くことはない。たとえ長く話していたとしても、それは聞く側が求めているからであり、彼の説明が冗長なわけでは決してない。

わたしが彼の話を聞いてすぐさまインパクトを受けたのも、理由なくひきこまれたのも、おそらく内容の深さのみならずこの端的さにあったのだと、今にして思う。これまで、とかく、簡単なメッセージを伝えるのに延々といらない説明まで加わって話が続く(延々延々延々)ケースを散々みてきただけに、サリムの話し方はあまりにうれしい衝撃だったのだ。

やはりというべきか、サリムはもともとは自然科学(植物学)の出身だった。彼が大学で教鞭をとっていたのは、もうかれこれ20年ほど前のことだ。サバティカル中に道をシフトしていったとのこと。何かをきっかけに彼の魂に火がついたのだろうけれど、先見の明があるというか時代を先取りしていたことは間違いない。
「サイエンスの世界に最初にいたのはよかった。逆―後でサイエンスの世界に入ること―はなかなか難しいからね。それにサイエンスの世界を知っていると、専門家とも話ができるしね」
はい~、その通りで、ましてサリムに言われると励みになるではないですか

わたしにも
Your background is research and your mind is in development.
といわれ、見事にまとめてくれてう~ンとうなる。しかも根が単純なわたしは、励ましのことばとして鼓舞された思い。ありがとう~、サリム!

サリム・ウィーク折り返し


週末の、強行retreatは、
それでも行ってよかったのでございます~。あれがないと、ここまで乗り切れなかったでしょう。
た・だ
計画時に想定していた(=みなが夢を描いていた)リトリートにはなっていません、トーゼン。
サリムにも笑われる始末。
「何でも休みにretreatにいったはずなのに、ちっとも休めないretreatだったんだって?」(上司の前で言ってくれましたよ~

さてそのサリム。
話がとにかく「聞かせる」面白さで、臨場感があります。たとえば昨年12月のコペンハーゲン(COP15)の話をしてくれたのですが、その場の雰囲気が手に取るように伝わってきます。若い聴衆は、目を輝かせて身を乗り出して聞いています。その後、夕食時でもCOP15の話になりました。つまるところ、国際交渉もリーダーの信頼にかかっているとのこと。とくにCOPなどではホスト国で決まるとか。12月に限らないけれど、デンマークのリーダーの舵取りも、それまでのデンマーク政府の来し方には大いに問題ありだったようだ。ふ~む、ということは、10月名古屋のCOP10では、日本のリーダーとしての役割が試されるということか。

サリムのスケジュールは、彼のリクエストも取り入れて、工夫・アレンジをしていたのですが、彼もさすがにいろいろと心得ています。話を短くも長くもできるし、内容も濃く淡くも調節できるし、必要に応じていくらでも相手に合わせることができる。自在のコミュニケーションに大いに学びまた改めて感心。

仕事は続く


サリムは、うまくいえませんが、わたしにとって何人かいる「心の恩人」のひとり。
昨年11月にバングラで話をきいた瞬間、心に灯がつきました(ボッ)
感激覚めやらぬまま彼にメールを書いており、それがきっかけでまたいろいろ話すようになり、私は彼を東京に呼ぼうと決めました。ただでさえ忙しいサリムをその場でブック。今年になって晴れて、東京に招聘することになったのです。
「彼はいずれ、気候変動のモハメド・ユヌスになるだろう」―これがわたしの予言です(予言にもなっていないか?)。

ま、ともかく、そのサリムから
「日曜の朝に東京に着く。東京は久しぶりで右も左もわからない。少し会えるだろうか。よかったら夕食でも」
と金曜の夜にメール。
「ちょっとわたしはその日は温泉帰りで、仕事もありますし~」
なんて不義理はいえるわけがございませぬ。
「日曜夜なら会えなくもない」 → 「もちろんでございます~
と馳せ参じました。

ホテルのロビーで待っていると、やおらサリム登場。相変わらず迫力があるというか、威厳を感じる(わたしだけかもしれないけれど)風貌です。バングラではとても忙しい人だったので(おそらく今も)、考えてみればここまでゆっくり話をする機会はなかったかと。彼の話、とくに質問となると、直球が多く(しかもど真ん中、決してハズさない)、受けとめるのが大変なだけでなく、真剣に耳を傾けないとわたしはついていけないのでございます。言葉も日本語じゃないし(当たり前)。それでいて礼儀正しいので、こちらまで襟を正してしまいます。

でも2回目ということもあり、結果的にリラックスできてよかった。これから数日間、サリムに呼ばれれば飛んでいき、サリムが会いたいという人がいればアレンジする日が続くのです。



なのに、なのにですよ~?
例の締め切り仕事は月曜が締め切りでした。Y女史(ちなみに後輩みたいな存在)は、この仕事が終わるまでわたしを離してくれそうにありません。でも5時からサリムとのミーティング。10分前に電話が鳴る。わたしが必死に書いていると、隣で見張っていたY女史、すわ電話を取って強く言い放った。
「いま、Sainahさんはと~っても忙しいんです。あと10分後に電話してもらえます?今は話せません(ガチャッ)」
電話の主がサリムと知って驚いたのは言うまでもない。後の祭り。もちろん、そんなことでどうこう言うサリムではございませんが。

そうしてその仕事は夜遅くまで続き、あくびと眠気をこらえながら、夜11時に仕上げました。ちなみにこの眠気は、温泉の就寝時間(朝4時)に起因していることは明らかだったのです。

まったくretreatなぞに行ってよかったのか、よくなかったのか。。。

別の仕事も参入?


しかし、であります。
頭から離れなかったのは、とある締め切りのチーム仕事。わたし以上にそのことを気にしていたひとりが(それもそのはず、彼女が気づくのが遅かったのも一因で)、酔うに酔えなかったのでしょう。あるいは、もともと一滴も飲めないこともあり、PCを取り出し飲み会を背景にシコシコ仕事を始めました。ま、彼女の受け持ち分が終わらないとこちらもできないので、せっせと励んでほしいことであるよ~と、背中に声援を送っては飲んでいたわたし

翌日も(日曜)外湯の温泉へ行きながら、ブレインストーミングの形で仕事。でもだからか、血の巡りはよくても頭のめぐりはいまいちでした。次に、帰りの電車で仕事。ここは4人がけで、750円プラスで乗れる東海道線のグリーン席とやらは、二階席ということもあり快適そのもの。この辺の様子を表現するのは難しいのですが、とにかくディスカッションと文章書きが続きました。一度帰宅し、その後オフィスに向かいましたが、当事者の彼女はオフィスに直行して仕事を続けています。わたしは別の仕事(というか用事)があったので、日曜の夜中までに仕上げるように頼んでオフィスを後にしたのが6時ごろ。

そう、別の仕事とはお客様の出迎え。といっては大げさですが、昨年秋にバングラディシュでお世話になったサリムが日曜朝に東京に来ており、今週は彼をもてなすのがわたしの重要な仕事の一部でした。名づけてサリム・ウィークのはじまりはじまり~。

after retreat

無事&楽しく行ってきましたよ。リトリートに

ずいぶん間があいてしまいましたが、話は15日(土)にさかのぼります。

熱海駅に早めに着いた私は駅の近くをウロウロ。そしてすぐにみつけた大好きな足湯。
仲間を待つ間、すでに楽しみモードに突入したことには間違いありません。
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その後、みなで集まりホテルまで歩きました。10分ほど。幼少時、祖母に連れられて訪れた以来ではないかと思われる熱海。町の様子は想像通りでもあり想像を超えた感もあり。しかしホテルは日本式ホテル。部屋も広く4人に対して二間もあり、それは広い。温泉も堪能し食事もおいしく、後は休めれば文句なしのリトリートでしたが。。。

(想定外 その1)
ディスカッションと称し飲み会になり、なかなか仕事モードになれない。

(想定外 その2)
ま、いいか(よくないのだが)と思っていると、急に仕事の話が持ち出される。酔うに酔えない。

(想定外 その3)
3時におひらきとなり、さあ寝ようと思ったら、女性陣に温泉に誘われ、また入る破目に。就寝4時(覚えておらず)

(想定外 その4)
もう朝食いらない、と思っていたのに、寝ていても寝ていてもしつこく旅館の女将やスタッフの高らかな声&ドアをパーンとあける音に起こされる。起きるしかないという状況に(これが日本式旅館の戦略か?)

では、仕事はどうなったでしょうか(笑)? これについては後ほど改めて?

ところで、今回一緒に行った仲間には、日本は好きだけれど日本式旅館はあまり知らない人が多かった。だから何でも驚きに映るらしい。なかでも、傑作はこれ↓
on cushon

「こんなものまでクッションの上に置いてあるなんて~」という声に気づかされました。これって日本的なのね、と。

retreat


これがいいのかどうか、一向にわかりませんが(コントロールサンプルがないので)
職場での団結とか、同期とか、仕事を遂行するうえでチームワークというものを、ほとんと味わうことなくきてしまいました。環境もあったかと思います。しばらくは研究者だったし、今もその影響は強くまた今の仕事のなかにも研究の要素は多分に残っています。
 チームで何かを成し遂げよう、
というよりは、
 各自のアイディアを持ち寄ってみて もし接点があれば協力してやってみよう
みたいなスタンスでしょうか、何となく周囲と共有している雰囲気は。

だからか、会社の目標に向かって一致団結、オー
といった雰囲気は、限りなくゼロに近いかと。今も、これまでも、これからも。
そしておそらく、自分のなかにもそういう雰囲気になじまない部分はあったかと自覚しています

そんな環境でもやはり、チームワーク効果は大きいです。

午後から、職場のみんなとretreatと称して温泉へ。フシギなことに、エライ楽しみなんです、またこれが(笑)。社員旅行なんてイヤイヤ行くものと思っていましたが、楽しみルンルン~♪ 気分が静かに蔓延しております。大学のゼミ合宿みたいな感じ?

しかも、急きょ思いっきり仕事を持っていくことに(泣笑)

今の職場で学んだこと。
 忙しい時にこそ遊ぶ・遊びの要素を取り入れて楽しむ・せっかくなら楽しまなければ意味がない
 真面目なだけではダメ・創造力やエネルギーを生みだせない
 苦しい時こそ笑い飛ばしユーモアを持って対処する


これは実感として体得しつつあります。

ということで、午後から温泉に行っていきます~。

書きもの


書きものに追われています~。
ひとくちに書きものといってもいろいろありますが、ざっと分類してみるとこんな感じでしょうか。

 1.うれしく心躍る書きもの―割合としてはかなり少ないか?
 2.うれしいはずだが苦しみを味わう書きもの―せめてこれであってほしいところ
 3.切実だが行きつく先の見えない書きもの
   (一度仕上げたはずなのに、書き直しや説明を求められた論文、申請書、企画書など)
 4.義務感、責任感にかられてする書きもの(←しかしやるからには本気で取り組む)
   ―現実にはほとんどこれ(3&4)か?

 5.仕方ない感の否めない書きもの(←やる気を出すのにかなりのエネルギーを要する)

困るのはそのいろいろある数種類が予告なく一度にやってくるとき、でございます。それが仕事であるという見方もあり、それなりに鍛えられるようでもございますが。

今週は、職場で眼がチカチカしてきました。視力がいいわたしにしてはたいへん珍しいことです。
どこかで一息休みたい、温泉でも行きたいと先週だったか思っていたら、そういう思いがすぐに共有されたのか、さっそく現実になりそう?ちょっとうれしい
でもその前に片付けなければならないことが、にわかに現実味を帯びてきて迫ってきました

時間


今日こんなセリフをききました。
In Japan, 1330 means 1330.
日本では、1時半といえば1時半を意味します。


当たり前だろ~、と叫んでいるひとは正真正銘の日本人です。私もそうでした。

次がまたいい
お国によっては、1時半が2時だったり3時のこともありますからね。

いえ、翌日の2時ということもありますし・・・


電車だって3分遅れてもお詫びし、10分遅れると平謝りする国に住んでいると、
時間を守ることの意味を疑わなくなります。
小学生で、5分前の精神を植え付けられますからね、日本では。

迷惑をかけないように生きることを求められる日本
どうせひとに迷惑をかけながら生きているのだから、何かあったら助けてあげようと思う人が多いインド


と割と最近、Twitter で知り、なるほど思いました。
ことの是非はまた別でしょうが?

嵐の前の日曜


今日もオフィスへと思っていました、昨日の夜までは。
でも今朝起きた時間とお天気 をみて、登校拒否ならぬ通勤拒否をハッキリと自覚。
結局、家で仕事をすることに。どうせやらなくてはならないことには変わりなく。

ええ、仕事がいやなのではなく、ひとえに電車に乗りたくなかったのでございます。
外に一歩も出たくなかった、というのもあります。

そんな私の思惑をヨソに、家人を送りにいくハメに。
車だからいいかと気軽に出かけたのですが、そこがまた、
行ってみてビックリ、とんでもない道でございました。

行き先は、初めていくとある街のはずれ。車で送り届けたまではいいものの、
問題は私はどうやって帰るのだろう、という道のつくり。
その先は明らかに行き止まり。Uターンしようにもできない路駐の列。
だからミョーに長い、半ば一方通行の道をバックするしかない
と悟ったのでございました。

あそこは、わたしに言わせれば、
車でいくところではありません、歩いていくところです。
車で行くべからず、のところです。

やむなくハザードをつけながらバックバック(ヒ~)
せっかく曲がってもその先の道が正しいのかわかりにくいし、歩行者は多い。
しかもお年寄りが歩いていたりで見ているほうが不安になってしまい、
おじいさん、おばあさんが通り過ぎるまでジッと止まって待つことに。
ナンデスカここ(大汗)と思っていたら、
後ろから来た車が、新設にも誘導してくれるではないですか
その後に歩いてきた付近の住民らしき女性も助けてくれます。
きっと、私みたいな迷い車が多いのかしら、ここは?

人情の有難みを感じた日曜の昼下がりでございました~。

母の日だったのね、しかも

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過ぎ去った1週間


とんでもない1週間でございました~。

3日 ハイキングと思っていったら登山だった
4日 トーゼン、筋肉痛 (いと情けなし、でも半分ナットク?)1日ほとんど動けず。
5日 仕事で出勤。急遽、重要なお知らせ(7日ミーティング)が届き、準備に追われる
6日 いろいろ書きものがたまっておりシコシコ取り組み仕上げたいものの、一方で7日の準備
7日 重要なミーティングなるものへの参加を強いられる → 思いっきり疲れる
8日 結局、また仕事のために1日オフィスに (この初夏の陽気はいったいナニ?!)

ここはひとつ、温泉でも行きたい~  (まずマチガイなく現実逃避でございます)

鍋割山

[鍋割山] ブログ村キーワード
家族で丹沢の鍋割山(なべわりやま)へ。ハイキングと聞いていたはずが、気づくと登山ということに(甘かった認識・・・)。今回の計画はすっかり家族任せ。一昨日まで仕事だった私はお弁当を作るだけ。しかし靴だけはしっかりと登山用靴を用意していたのは幸いだったとあとで知る。

sign.jpg
mamusi gusa

朝9時過ぎ、登山口近くの駐車場に到着。10台余のスペースはすでに一杯、林道脇のスペースに車を寄せる。タクシーでやってくる登山客も。最初は八重桜や山の緑を楽しむ余裕もあったのだが、それも駐車場から10分ほどの登山口、二俣まで。登山者カードを入れて出発したのが9時半頃。そこから林道が続き、やおら山道が始まる。
green2.jpg 

最初の山場かと思われた箇所を一気に登りきったところで視界が開けた。富士山が遠くに見える。あ~、夏の自然もいいものだ~、と思ったのも束の間。その先が続き、なかなか見えない。何度か休憩をとりたくなり、しかしひとたび休むとその後がつらいので、ぽつぽつ歩き続ける。長い、なが~く感じる道のり。同じ500メートルでも山と平地では大違いと実感。鍋割山は擬似山頂(にせピークというそうだ)のいかに多いことか。何度も急な箇所を登り、次こそ休憩箇所か、次こそ山頂か、と思うたびに何度も裏切られる(は~)。その「次こそ山頂」までいくとすぐさま右手に次の山頂に至る道が目に入るパターン多し。
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そこで途中から観念してゆっくり歩いていると、普段から鍛えているらしい、大学生らしき数人連れがスタスタ歩いてくる足音が聞こえる。登山道で後ろから人が来ると、心理的に落ち着かないわたし。そのため、迫る足音を察するとすぐにゆずってしまう。しかし譲るためには足を止めなくてはならない。休憩でない限り歩き続けていたくもあるため、リズムが狂うことも。また、すれ違う人への挨拶が登山ルールのひとつ。互いに励ましあう意味合いもあるのかもしれないけれど、鍋割山の登山道では息も切れてくる。そういう時に限って、続けさまに下山者が来る。ゼーゼーゼー(←わたし)。元気があるときは挨拶をしていたが、そのうち声を出す余裕もなくなり、軽く頭だけ下げるか引きつった笑顔でしのぐときも。なかには、私の余力を察知したのか、「頂上はまだまだダイブ先ですよ~」と親切なアドバイスまでいただく。きっと余裕がなかったに違いない、登りの写真はゼロ。

ラオスやインドの小山に比べれば、鍋割山はずっときつい。日本の山、じつに恐るべし。上りでは足は元気だったものの、息が随分と切れて休憩を何度も入れた。日頃の運動不足だろうか?屋久島の宮之浦岳以来か。登山とは、忍耐であり譲り合いであり、自分ペースの確保であり、限界への挑戦だと、1273メートルの登山にして学ぶ(笑)。

12時10分すぎ山頂着。山頂では、こいのぼりとともに鍋焼きうどんの旗がなびく。鍋割山の名物だそうだ。これか~、途中で小学生の男の子が疲れていた弟に「鍋焼きうどんが待っているぞ~」と叫んでいたのは。またもや準備不足が発覚。おいしそうだったけれど、せっかく朝方つくったお弁当。片付ければ荷物も軽くなるし、空腹には変わりなくパクパク食べる。山頂はそれほど混んでいなかったけれど、やはりいつもより人が多いと常連さんらしき登山者のことば。
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登山といえば、中高年の趣味というか中高年パワーがすごいと聞いてはいたが、山頂では老若男女が楽しんでいた。しかも小さな4、5才の子どもから犬までいるではないか。とくに犬が3匹もいたのは驚いた。3グループは連れてきたということだ。あの道を犬がスタスタ来たとはスゴイ。かつて私も犬を飼っていたことがあるが、川にこそ連れて行った(しかも河原)ものの、山に連れて行く発想がゼロだった。しかもよくしつけられている。確かに、しつけができていない犬は登山には難しいだろう。

その後、山頂で昼寝。これが気持ちよかった。最初は富士山が見えるほうで昼食をとり休んでいた。ところが途中で、街の見晴らしがよくすいていると家族に薦められるがままに、反対側に移動。そこでまたひと寝入り。しばらくすると、起きがけにどこからか小さな子どもの声がして、鹿の糞に囲まれていることに気づかされる(もう乾いていたからいいけれど?)。なるほど、すいていたはず。眠気覚ましに山頂でコーヒーを。これがまたおいしかった。ついているクッキーがまたおいしかった。鍋焼きうどんは次回の楽しみに。
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ここから下山、別ルートから下ることに。塔ノ岳に向かう道(しかし塔ノ岳までの余力はなく)との分かれ目の、金冷しまで行き、ここから二俣へ向かうことに。
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下山のはずがなぜかまた登りが続く。途中、ニホンジカや木々に会いながら、途中、金冷しまで上ったり下ったり。眼下には秦野市が広がる。
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金冷やしを出たのが午後3時過ぎ。ここを過ぎると一気に下山道が続く。しかし何の道しるべも、赤いリボン一本すらないなか歩くこと1時間強、遠くに聞こえてきた沢の音だけを頼りに、出発点の二俣を目指す。ようやくこのサインが見えてきて安堵。

sign goal

二俣には、午後4時20分着。下山はのぼりに比べて元気だった。これも登山靴のおかげか。やはり靴は大切。いえいえ準備がもっと大切です。鍋焼きうどんを逃さないためにも。

これで温泉に入れば最高だったが、帰りの渋滞を避けるためと、とかく体が横になる休みを欲していたために一路自宅まで車を走らせる。その結果、就寝9時(→ 起床2時40分)。

今にして知る


自己分析というほどでもないけれど、行動がものすごくはやい時とゆるい(=遅い)時に分かれる。

電子辞書を買った。半年前だったかいつだったかとにかく昨年だったと思う。
買う予定はなかったのだが、手持ちの電子辞書が旅先から戻るとみつからない。最後にどこで見たかもトンと覚えていない。不自由を感じて迷う間もなく即購入したのが セイコーのPASORAMA。

ここまでは行動が早いバージョン

その先がいけなかった。
辞書は日常的には使うけれど、いまいち使いこなせていないな、この辞書、と思うときもあった。急げば急ぐほど、手持ちの紙の辞書を開いたりしてしのいでいた(ここでは、何のための電子辞書か?という問いはおいておいて)。

そのPASORAMAがパソコンに連動して使えると知ったのは、何を隠そう3月になってのこと。
便利そう、と思いながらも仕事やナンカンヤで大変な時期と重なり延び延びになり、4月も下旬の先日になってやっと、やおら試してみました。

超ベンリです、これ 

まず検索スピードが圧倒的に速い。辞書の機能がPCに連動しているので、キーボートでうちやすいし、ものを書きながら手軽に調べられる。その間、ついでに充電もできるというおまけつき。
最初はためしにノートパソコンに一台だったのが、やおら続けて結局3台のパソコンに入れましたよ~。いつでもどこでも使えるように。
ケーブルもICレコーダーと共通みたいで2本あったのでラクです。この意味不明だった付属のUSBケーブルってそういうことだったのね(大汗)。
半年間、何をしていたんだろう、わたし・・・

店頭でも、また取扱説明書でもサラリとしか書いていなかったけれど、これ、売る側としてはもっと全面に出してアピールしていいんじゃないでしょうか~。知らないの、お前だけだろう、といわれればそれまでですが・・・。

ただわたしは、概して知らないことをそれほど恥ずかしいと思いません。気づいてやってみたら機能したことがうれしいのです 
プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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