スリランカぼけ?


スリランカから帰ったのが19日の金曜日。そのまま翌日20日には那須の温泉へ向かう。
どこかで行っている場合ではなく休みたくもあったが、もともとうっすら計画に入っていたのと、やはり温泉 の二文字に引かれ、ふらふらと出かけた。それでも、
温泉につかってやっぱり来てよかった~~~と思った

そしてこの1週間、朝もどこかゆっくりで、毎日乗る電車がいつもと違っていた(=朝起きるのが遅かった)。

どこかスリランカぼけしている。そろそろ本調子に戻らなければ。

すでにもう次の温泉を夢見ながら、とりあえずあと1ヶ月頑張ろう~

Nuwara Eliya


スリランカといえば紅茶。ということで最後の日は、コロンボへ向かう途中にNuwara Eliyaまで足を延ばす。
Nuwara Eliyaとは、スリランカの紅茶の産地でもあり、また避暑地でもある。キャンディから南下。

最初のうちは、割とフツーの光景が広がる。
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が、どんどん上っていくと、いつの間にか茶畑が道の両側に広がっている。
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よく見ると、女性がせっせと手摘みをしている。そのスピードがまたはやい。まだ若い葉だけを取るとのことで、こうして最初はさお(みたいなもの)を使ってあとは目尺で判断するらしい。
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紅茶の葉を集めた工場。
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でも茶畑ばかりでもない。はるか向うにはモザイク上の畑が広がり、キャベツ、カブ、にんじんをはじめ、いろいろな野菜を作っているようだ。
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ここが町の中心地。お店が集まり、バスターミナルにもなっている。近くで果物のローカルマーケットを見つけ立ち寄ってみる。ここのマンゴーが50円ほどでその場で切ってもらい食べてみる。と、こんなマンゴー(←マンゴーのつもり)食べたことない、というほど甘くおいしかった。写真右にぶら下がっているパックはいちご。ところ変われば、イチゴとてこのようにして売られるのだ。
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夕方になると雨が降ってくる。それでも紅茶畑の光景は変わらない。雨が降ろうと寒くなろうと、女性たちは点在して、黙々と摘んでいる。ほぼ100%手摘みというNuwara Eliya産の紅茶。こうしてスリランカの紅茶産業は支えられているのだろう。
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連れのひとり(若い女性)が素直に思ったまま言い出だした。
「それにしてもいったいオトコはどこで何をしてるの??」
すると男性曰く、
「きっと役割分担があるんだよ」
・・・
おそらくあの状況ではそういうしかあるまい。



そのままコロンボの空港まで車で3時間。寝てればいいのに、いろいろ興奮してか車内でもベラベラしゃべり続ける。

次回はスリランカにフィールド調査に来たいもの。

Day 5: Kandy


スリランカについてまだどこの街もみていない。そう思い立ち、今朝はキャンディ湖畔の仏歯寺(Dalada Maligawa)にいく。朝5時半から6時半がベストタイム、との情報を得て朝6時すぎに仏歯寺に向かう。男性と女性で入口が分かれている。
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ここに納められている仏陀の左の歯を拝もうとする参拝客で、朝から賑やかだ。熱心に祈りを捧げるひとびと。
観光客も入れるが、朝は6時半には外の門は閉められてしまう。すると、歯の置かれてある部屋のドアが6時半から開く。といってもみれるのは、歯の収めてある器の器のみ(7重の箱に入っているらしい)。
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そばにある博物館。キャンディ湖がのぞめる。
どこからともなく現れて近づいてきて「マネー」と言いながら手を差し出す若い僧侶。美しい花々。
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この仏歯寺も世界遺産のはずなのだが、そういった看板や文句が目に付かない。どこかにあるのだろうけれど、「世界遺産」の記載があまりに目立たない。つまり言われないとここが世界遺産だと気づかないようになっている。

朝のキャンディの街。朝食を買いに出たが、あまり開いていない。
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Day 4 in Sri Lanka: Sigiriya


ボロンナルワからシギリヤ(Sigiriya)へ。このシギリヤにはまた驚くべき歴史があった。

聳え立つシギリア・ロック。
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ここに5世紀後半(459-477)、Kasyapaは王座につくために父である王(King Dhatsuena I)を殺した。その後、Kasyapaは山頂に王宮を築き住むこと11年、180メートルの山頂から統治した。こんな岩の上に一人住んだ理由はいくつかある。まず、弟 Moggallanaの復讐を恐れて(弟 Moggallana は王族の血筋を引くが、Kasyapaの母は平民で、二人は腹違いの兄弟だった)のこと。またひとつには攻めてくる敵をすばやくみつける砦の役割を果たした、という説もある。

この岩に登る途中に、女性を描いたフレスコ画の壁画が現れる。ここが中間地点で、ここからの見晴らしはなかなかのもの。このフレスコ画は5世紀の作品で、多くは自然浸食を受け残っている壁画はごく一部らしい。それも、この壁画を含めシギリア・ロックが発見され世に知られるようになったのは、イギリス統治下の1875年のこと。
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何たって日差しが暑い。中間地点で上を見ると、その山に登るにはなかなか険しい道のりのようだ(見た目には)。這うように上っている人もいる。
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中間地点であるそのフレスコ画から、さらに上まで行くかどうか―迷う間もなく歩を進め結局、上まで上ってしまう。暑さをのぞけば、見た目ほどタイヘンではなかった。ただ高所恐怖症の人には薦められない。またここに行く時は、身軽な軽装がいい。MUSTと言われ持っていった水さえジャマに感じた。山頂には貯水池がいくつかあり、ここにも天水を活かした灌漑システムの痕跡がみられる。

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山頂に立つと、シギリア征服、の感を強くした。この光景を毎日目にしていたKasyapaは、そのうちに「山から降りること=統治者でなくなること」の錯覚に囚われたのかもしれなかった。

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いずれにせよ、ここに11年、一人で住むという孤独はいかばかりだったか。結局、インドに亡命していた弟に攻められ最期は命を絶った。



Day 3 in Sri Lanka: Polonnaruwa


コロンボからボロンナルワ経由でキャンディへ向かう移動日。
文化三角地帯といわれるアヌラーダプラ、ボロンナルワ、キャンディ―いずれも市全体が世界遺産に登録されている。

まずは10-12世紀にシンハラ王朝の首都だったボロンナルワ(Polonnaruwa)。仏教都市だったというボロンナルワでは、遺跡やら博物館が目に付く。インドネシアのボロブドと似てなくもない。仏像もすごいが、それ以上に目を引いたのは巨大な農業貯水池。スリランカの各地では、古代から灌漑施設が発展してきたが、ボロンナルワにそれが顕著にみられる。

たとえばある農村の平坦な道。
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この道の両側に広がるのが、貯水池と農業用地。
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貯水池に湛える水が、道の下を通って農業地に使われる。

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少し行くと、放牧の牛がみられる。
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コアラのマーチ


先にコロンボに到着していた同僚からメール。
「行く前に間に合えば、コアラのマーチをもってきて。各フレーバーふたつくらい」

フレーバー?

コアラのマーチなど長らく食べるどころかみてもいないのに、出発前日にそのメールを見てしまったわたしは、帰りに近所のスーパーに。あるある、でも3つしかない。しかも普通のマーチがあるだけ。フレーバーって気のせいよね、とその3つを買う。ついでに、パイの実をかっておく。

翌日成田に向かう途中、駅のキヨスクできょろきょろしていると、なんとコアラのマーチ、イチゴ味なるものが目に入る。これか~、と思いながらそこにあった二つを買い占める。

聞けば、スリランカのA嬢、昨年一か月大阪にいた時にコアラのマーチを食べて、その味にぞっこんになったというのだ。その喜びようときたら。

ついでに、甘くないお菓子としてカラムーチョも買っておいたのだが、スリランカ料理を食べている間に、辛さも刺激もないお菓子、との反応がみえてきて、自分たちのビールのつまみにしてしまう。しかし今思えば、やはり食べてもらって反応を見たかった気もする。


Day 1 コロンボ


昨日の真夜中にコロンボの空港に着き、ホテルに着いたのがおそらく1時は過ぎでいたはずだ。
数日前に先に行っていた同僚が、ホテルのロビーで待っていて出迎えてくれた。丸一日の旅に疲労を感じていたこともあり、ちょっと感動していたら、すかさず
「はい、仕事が待っているわよ」
担当の資料を渡される。

「・・・ごめん、今日はもうダメ。明日朝からがんばるから」
連れの二人も無条件にうなずいている。



それで迎えた今朝。7時朝食ミーティングにはだれもいない。
朝9時からの国際会議は、スリランカ方式とかで9時50分開始となる。かくしてDay 1を迎える。



スリランカは初めてだが、スリランカにはなにかと縁があった。スリランカ出身の友達や知人が数人いるほか、親しかった元同僚がスリランカに3年ほど行っていて話を聞くなど、どこかで接点があった。しかしそこは一度、見てみないといけない。



夜になって初めて街を歩く時間ができ、ビーチの方へ行ってみる。安全は東京ほどではないが、それほど心配することもない。しかし10%くらいの割合で悪い人もいるから、一人歩きはやめた方がいい、とスリランカの友達にいわれる。しかもグループで歩けばいいというわけでもない。女性だけで歩くのも良くなく、とくに夜の街歩きは、男性がグループ内にいることが必須だという。ということは、みなイモムシのように集団で歩くことが半ば義務付けられる(そういうの、ちょっと苦手なのよね~)。

そもそも10%の割合で悪い人がいるって、結構高い確率にみえるのだが。。。

エアランカ


初めてのスリランカに到着。真夜中近い。
空港はとても大きく、両替も含めて24時間開いている。スリランカ到着は夜中の便が多そうだから、仕方がないのかな。わたしは夜の12時前到着、ほかにもバンコクやらどこやらといくつかの方面から同時刻に到着している。

初めて乗ったスリランカ航空はなかなかユニーク。

まず、成田でチェックインカウンターが意外なところにある。第二ターミナルのユニクロ脇と思いきや、横に長い場所ができており、10月からそこに新しく移動してきたという。

CAが女性も男性もてきぱきしている。ほどよく親切ほどよくサービスがいい。至れり尽くせりのサービスよりこういう方が気持ちがいい。

食事がなかなかいい。オプションが3つから選べるようになっているし、紅茶はもちろんおいしい。
ほかにもカップヌードルが用意されている(東京発だからだろうけれど)。

直行便といいながらマレに寄ったのが時間的にもやや余計だったが、まあそれ以外はよかった。
マレとはモルディブの首都。わたしの目的地コロンボを通り過ぎてまで立ち寄るマレとは、おそらくビーチなどの観光地。しかもそこで機内で1時間待つ。座っているのも何なので、せめて風でも仰ごうとドアのそばにいくと、生ぬるい風が顔にかかる。インド洋、南アジアの風だ~。ただでさえすいていた機内だが、おそらく3分の2はマレで降りたようだ(これは大半が日本人)。しかもマレから乗り込んでくる欧州人の乗客で、すいていた機内が一気に一杯になる。

ちなみに、日本でスリランカ行きの話をする時にこんな会話をしていた。
「スリランカ航空になりました。」
「ああ、エアランカね」
「スリランカ航空のこと?」
「昔はエアランカと呼んでいたんだよ」
「スリランカでもエアランカでもいいけれど、安全性とかは大丈夫かな?」(ホントはシンガポール航空で行きたかったわたし
「大丈夫だよ、食事はおいしいし、ほかより安いし」(答えになっていない?)

ところが乗っているうちに、食事がおいしいことはわかった。
何よりエアランカの方が響きがかわいく覚えやすいし、呼称エアランカでいいような気がしてきた。

ムラピ山


先月下旬に噴火したジャワ島のムラピ山。11月に入ってまた噴火した翌々日にジャカルタ入り。

そのインドネシアから戻ってきたのは先週末のこと。その後、ジャカルタ―東京の飛行機がムラピ噴火の灰の影響で運航を見合わせる日が数日続いたようだ。知らぬが仏とはこのことで、一日遅かったらわたしも今頃、というか今週になって帰れる羽目になっていたのかもしれない。

しかしわたしにとってはひとごとではない。と思っていたら、インドネシアの仕事仲間からメールが届いた。


We regret to inform you, due to the situation in Yogyakarta be worst and worst, continuous eruptions of Mt. Merapi volcano, and the present status of the Yogyakarta area as a disaster zone.

で始まるメールに目がとまった。

ジョグジャカルタでは大学も休校になり、大学の先生や学生は地域社会のために避難民支援の仕事をしているという。地域社会とのつながりを尊重するインドネシアの大学ならではのこと。一日も早い復興と回復を祈るのみ。

ゆったり


もうこの週末で、わたしのグラント申請の仕事は終わった(と思う)。
少なくとも山場は過ぎました。この秋はすごかった~(じつは夏からだったかそれは前哨戦だったと今にしてわかる)。年内の残りは11月、12月は本来の仕事をもっとしたいところ、そうしよう。

東南アジア最大の都市にして、ジャカルタから東京への直行は一日一便、しかも夜中発しかない。
帰っても、なにをしていても、眠気が抑えられず、しっかり休んだはずの土曜 

マッサージが必要ないまのわたし、温泉も。。。
思わず衝動買いしちゃいましよ、マッサージクッションを。温泉は買えないから。。。
無性に、ラオスのマッサージが懐かしい。飛んでいきたい気分。

ところで、自動翻訳機能を試しにつけてみました。果たしていかに?

おのぼりさん


ジャカルタってこんなに高層ビルが多かったっけ?

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う~ん、ほとんどおのぼりさん状態。。。

渋滞


何とか一昨日までに仕事にかたを付けて、
急なことに、いまジャカルタに来ています。しかもあわただしく3日で帰ります。何コレ・・・

インドネシアは縁があった国、フィールドワークもしたし会議もした。友達もいる、などなど、それなりに思い入れのある国ではあります。Sainahの名前をもらったのもインドネシアだし
が、なぜかこれまで、ジャカルタには立ち寄るくらいであまり縁がなかったのであります。。。

そもそもジャカルタって、交通渋滞のイメージしかなく。
今回もやっぱり期待に応えてくれました。すごい渋滞、数珠つなぎに車がとまっている。とにかく動かない。
空港に着いたのは夕方5時半ごろ。でやっとホテルに行って休めると思いきや、
迎えの人曰く、「もう二人、シンガポールから来る便の迎えがあるから、どこかで待っていて」

え~待ちますよ、待ちます(それしかない)

やっと空港を出たのが7時前。ホテルに着いたのが9時過ぎ。これも渋滞のなせるワザ?

そもそも渋滞のないアジアの都市ってあるのだろうか?
渋滞でないとアジアっぽくないという気もする(←これも適応?)。

プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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