中村哲さんの言葉


ペシャワール会率いる中村哲さんの講演会が開催された。

最初に中村さんのことを知ったのはNHKの小さな番組だった。まだ中村さんがパキスタンで診療所を建てる用地を探して村の長老と相談に交渉を重ねている頃だったと思う。今日のペシャワール会の資料によるとどうも90年代半ばのようだ。このように、ハンセン病の治療のために辺境地で病院を開設したり、山間地の巡回診療を続けてきた中村さんだが、それだけではない。病気の原因を水にあるとして、2000年からは井戸掘りや治水事業まで着手されてきた。

著書を何冊か読み進めるうちに、正直で誠実なお人柄が伝わり、国際協力を仕事とする者の志と原点を学んだ気になっていた。が、そうした原点を確認することも少なく、日々の業務で脇に置いてしまう日々が続いていた。今日初めて、直接お話を伺う機会を得た。うれしいことに、著書に垣間見えるのと変わらない実直さとお人柄が偲ばれる語り口に引き込まれ、また静かながら熱いものを感じた。おそらくは彼の使命感と情熱、ビジョンが熱いものとなって現れたのだと思う。

お話の中で響いたこと。
 日本とアフガンの地形には類似性が多い(急流な河川、激しい水流)。
 九州の筑後川には斜め堰というものがある(中村さんは九州のご出身)。四季を通じて、一定の水をほしい時にとるという、干ばつの続くアフガンには夢のようなことが可能なのも、日本の先人が作り上げた取水堰のシステムだからこそ。
 治水技術という言葉は英語にしにくいだけに、日本の誇る技術なのではないか。それをアフガンにもっていき、適正技術として現場への活用と定着をはかること。これには「天の利、地の利、人の和」が必要。ペシャワール会として譲れない一線は、「地域自然条件の配慮、地域文化の尊重」にある。
 日本の技術を移転、活用していくための工夫やコツは? という質問には、
何度も失敗する。イタイ思いをすること。失敗を重ねて初めてみえてくるものがある。やってみて、できるかできないかを見極めてから進める。また、地域の人の「カン」も捨てたものではない。
 数々の戦争に干ばつが起きても、どこにも逃げることができないアフガン人(今の日本や東日本の人々に当てはまるかもしれない)にとって、長い目で達観している。今は数千年の歴史のなかのひとこま、20年に過ぎない―彼らはそう考えている。日本人は気が短いし、アメリカ人は気が短すぎる。
何かをやるにはリスクを伴う。それだけの覚悟もいる。 日本の黒部峡谷を思い起こしてもそう(黒部ダムの建設のことだと思う。今月訪れ個人的にも何とタイムリー!)。
 アフガンにいても治安の問題でオフィスから出ていけないもどかしさがある、との質問に対して、
私は現場で仕事をしているが、オフィスにいることが悪いとは思わない。スタッフを、日本人だけでなく、アフガン人も何人か殉職させた(今日は伊藤さんの命日で、最初に一分間の黙祷があった)。今は治安の理由でたとえ行けなくても、決意表明することで十分。 撤退していなくならない限り、また治安が戻れば行くという決意表明をすることだけでも我々にとっては大きく、住民は信頼する。 眼をそらさない、そういう気持ちを持ち続けることが大切。物事には程度もタイミングもある

やはり、現場をみてご自分で道を切り拓いてきた方の言葉は、大変わかりやすく、ずしんと響く力強いメッセージが自然に伝わってくる。問いかけるように、ビンビンと響くのだ。それだけに、個人的にも忘れかけてた国際協力の原点のようなものを思い起こす、いい機会となった。このタイミングでのこの機会に感謝。

さあ、また明日からがんばろう~。



簡潔なメッセージ


Steve Jobs がCEOを辞任した、というニュースが今朝の通勤中の twitter 話題だった。
しかも短いメッセージを残して。

肝にして要というべきか、簡にして要というべきか。こういう手紙が書ける文化が羨ましい。
彼だから書けた、ともいえる。しかし、だれでも書ける。
短いけれども、これで伝わらないことも足りないことも、何もないではないか。
核さえしっかりしていれば、どんなメッセージでも簡潔に伝えられるのだ。

今の組織で働き始めて3ヶ月が経った。
日本の組織にはいいことや学ぶことも多いが、驚くことも少なからずある。

そのひとつが、メールの長さ。。。巻き物メール、と私は1人で呼んでいる。
最初は、こんな長い手紙みたいなメールを誰が読むの~、と思ったが、とかく周囲ではカシャカシャ打っている音が。こんな習慣がついたらたまらない―私の内なる悲鳴だ。長いメール撲滅運動(読むのもボイコット)を心の中で叫んでみる。もっともこれが日本の組織だから我が組織だからか知らないけれど。両方の気がしなくもない。

仕事は楽しいし環境として悪くもない。だから感謝すべきだし有難いこともあるけれど、
それでもここに新人として入らなくてよかった、とひそかに思う理由のひとつでもある。

長いのも論外だが、読み終わって、「・・・で?」と読み手に思わせるメールはアウト。往々にして、本人は伝導率の低いメールを送りまくっていることには気づいていないみたいだ(仕事している気になっているけれど)。
そういう人にはぜひともこの手紙をみて、メッセージかくあるべしと感じてほしいのだが。

Steve Jobs の手紙の最後がまたいい。このように仲間に語りかけることのできる人生は幸せだ。

I have made some of the best friends of my life at Apple, and I thank you all
for the many years of being able to work alongside you.

観光先進地


立山・黒部は、観光地として先進地域 ― それをここかしこで感じた。
黒部ダムはもちろんのこと、扇沢でも大観峰でも、室堂でも。

まず、乗り物のアナウンスが適度になされる(それでも20分に一回程度)。ロープウェイでもバスでもだ。立山アルペンルートは、公共の乗り物でしか先に進めないが、どこで時間を過ごすかは人それぞれ違う。大観峰でゆっくりする人もいれば、素通りするともいる、といったように。

さらに、サービスする人(駅員さんだったり売店の人だったり)からは、どこかユーモアというか余裕が感じられる。だから外から来た私たちも、自ずとゆったりとした気分になれるのだ。

実家に立山黒部のガイドブックがあったのだが、昭和52年発行とある。30年以上前のガイドブックということになる。それをパラパラ開いてみると、今とほとんど変わらない。30年前のガイドブックが今も普通に使えるとは、つくづくすごいと感心する。

そういえば、「全線開通40周年」の文字を、立山アルペンルートの乗り物でよくみかけた。
地域一帯が黒部ダムとともに歩み、立山アルペンルート開通から40年間、観光地であり続けた歴史に支えられ、培われてきた自信と余裕が伺える。

Day 4 富山

長野から立山黒部ダムに入ったが、帰りは富山に出た。

富山で半日どう過ごすかということになり、昨日夕方に駅前でみたモダンな乗り物に乗ってみたくなった。それが富山ライトレールで、通称が『ポートラム』、PORTRAM = PORT + TRAM、平成18年4月に始まった全国初の本格的LRT(次世代型路面電車システム)だそうだ。虹色の7色あってバリアフリー。面白いのが、二人分ではなく1.5人分の座席が多いこと。JR富山港線が走っていた線路を使っているのだろう。
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終点の港の二駅前、東岩瀬駅で降りて歩いてみる。東岩瀬から富山港へ向かう岩瀬の通りに古い長屋が続く。今風の建物(銀行とかお店とか)が散在しているのがやや残念。それでも岩瀬の町並みはどこかしっとりとしている。キョロキョロする私たちをみたのか、どこからともなく現れた近所のお爺さんが、岩瀬で一番古い家はここだと元町長さんの邸宅を教えて下さる。古いものはいい、古いほどいい、というのがこの地域の人々の感覚でもあるのだろう。

岩瀬は、神通川の河口にあり、古くから交通の要衝として栄えていた。東岩瀬には加賀藩の年貢米を納める御蔵などがあり、藩は米の多くを上方に売っていた。1810年頃に地元の廻船問屋が主流になった。明治になると、北海道に米を運び、ニシンや昆布の買い付け(だから北前船といわれるのだろう)、上方ということは下関から大阪に回っていたのだろう。日本海で活躍した北前船による交易が、幕末から明治にかけて東岩瀬港は最盛期だった。北前船は北海道、上方と交易し、東岩瀬に多くの富と文化をもたらした。

その岩瀬の一角に、森家がある。北前船廻船問屋のひとつで、森家の内部は当時の財力の象徴ともなるつくりだ。明治11年に建てられ、現在は国の重要文化財に指定されている。

森家の内部
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ユニークな品々
これは、船に積む金庫のようなもので船だんす。
中は桐の箱でできており、水を吸うと膨らむので海に沈まないそうだ。
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いかにも商人のもの?
昔のそろばんは玉が多かったようす。あと、富山の薬売りも有名ですね。
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豊かさの象徴の数々。まずは、木目のまっすぐなヒノキを使った廊下
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当時、まっすぐな木目の材料は豊かさの象徴だったという。
まっすぐな木目の屋久杉を使ったお手洗いのドア(名付けて世界遺産トイレ)。
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とはいえこうした廻船業も、鉄道網の発達や船舶の大型化に伴い、昭和初期には消えていったという。



それにしてもあまりに暑いので、近くのどら焼きのお店に入り、店内の椅子でほおばる。三角形のどら焼きは富山港の名物らしい。

その先に富山港の展望台に上がってみる。見下ろすと接岸している船があり、船には日本とカンボジアンの国旗がたなびいている。こうやってバイクやら何やらが日本からカンボジアに渡るんだ~、とかつて一緒に仕事をしたプノンペンの仲間や町並みをしみじみと思い出す。横浜か神戸からと思っていたが、カンボジア船の玄関は富山港でもあったのだ。

廻船(北海道、上方行き)と今の船(プノンペン行き)
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帰りは、越後湯沢経由で帰るのかと思いきや、駅に行くと7月の雨の影響で不通となっていたと知らされる。そのため特急はくたかで長岡まで行き、そこから上越新幹線へ。

富山の黒ラーメン。遅ランチにいただく。
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歩くだけ歩き、食べるだけ食べた4日間。国内にしてはゆったりで、いい旅だった

Day 3 弥陀ヶ原~美女平

一夜明け、標高1930メートルの弥陀ヶ原を散策する。
まずは弥陀ヶ原といえば、ワタスゲ。

ワタスゲ
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キヌガサソウ                        イワイチョウ
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名も知らないが美しい植物の数々。
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その後、美女平へ移動。何ともレトロな看板に感動。
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この一帯はブナ・スギの混合林が広がる。
駅前に立つ美女杉もなかなか立派だが、周囲のブナ林を歩いてみると、屋久杉顔負けの立派な杉が立っている。


ビジョスギ
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子育て杉
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多すぎず少なすぎず、「ほどよい」数の観光客。
それもそのはず、この辺は、どうもバスの乗客を制限というか、予約制にしているらしい。
なんて思っていたら、美女平でバッタリ知り合いに声をかけられる

美女平からはケーブルカーで立山町へ。そろそろ乗り物疲れで休みたくなりランチ。

立山町で立ち寄った立山カルデラ砂防博物館は、とてもよかった。10分ほどの映像もあれば、立山黒部の地形と自然災害の歴史、常願寺川の氾濫、砂防・治水工事など(もうこうなれば元上司の世界だわ~苦笑)の紹介、さらにトロッコ電車の疑似体験乗車もできるなど、大人も子どもも楽しめる。立ち寄る人も多くはないようだが、立山駅からすぐなのでおすすめ。
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ところで、ここの展示によると、年間降水量が、立山・室堂は6000メートル、屋久島が4477メートル、富山は2300メートル、東京は1530メートルだそうだ。

立山駅から富山地方電鉄で揺れること小一時間。
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富山駅に着いた途端、ものすごい下界の暑さに襲われる。
すると、駅前を走る何やらモダンな乗り物が・・・路面電車?
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事業としての黒部ダム

黒部ダムといえば、昭和30年代当時、秘境といわれていた黒部峡谷と、そこを流れる急峻な黒部川を利用して進めた「世紀の大事業」として知られる。戦後、日本経済の復興期に発生した深刻な電力不足に対して、関西電力が挑んだ水力発電所の建設事業だった。

黒部ダムの建設の最大の関門は、長野側の大町トンネル(今の関電トンネル)の掘削工事中に出てきた破砕帯だった。破砕帯とは、「岩盤の中で岩が細かく割れ、地下水をため込んだ軟弱な地層」のこと。これを突破しないとトンネルの掘削は進まない。通常なら8日で終わるトンネルの掘削も、破砕帯のため7カ月に及んだという。関電トンネルの開通は、ダム建設のための資機材を運ぶルートの開設として必須の要素だった。当時の最新技術を集結させながら厳寒の地で人力作戦も導入、171名の犠牲者の慰霊碑が黒部ダム近くにある。トンネル開通後に続くダム本体、発電所の建設で、7年の歳月をかけて昭和38年、黒部ダムは完成した。東京オリンピックの前年ということから、日本の高度経済成長の黎明期の事業だったことが伺える。

黒部ダム建設事業の概要、歴史について

こちらのサイトでは、黒四スピリッツ、仕事に対する情熱が語られています。

黒四ダムの資料館の映像で、最初にこんな言葉が流れていた。

  記憶したい、人間の勇気を
  伝えたい、人間の叡智を


黒部ダム建設といえばまた、世界銀行から借款を受けて事業である(ほかには首都高速、東海道新幹線)。関西電力の資本金をはるかに上回る巨額の費用(当時で513億円)が必要だったためだ。円借款ではない借款の歴史が、日本にもあったのだ。

立山黒部アルペンルート


立山黒部アルペンルートは、長野と富山にまたがるので、両県からアクセスできる。
車では通り抜けられないので、ここにしかない乗り物を利用することになる。

いろいろと乗り物があるのはわかるのだが、ただ、どうみても図解の方がわかりやすい。。。

ということで、コレっ

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今回のルート(長野 --> 富山)とは逆(富山 --> 長野)ですが。

このアルペンルートをわかりやすく図示しているサイトもあります。やはり四季折々の写真が美しいですね~

立山黒部 Day2

いよいよの黒部ダム行き。

なぜ黒部と聞かれても困るのだが、なぜかずっと行ってみたいと思っており、
本当は冬がいいのだろうけれど、家族で話してるうちに夏の今、今回の旅行となりました。

黒部ダムに行くには、いくつか乗りものを乗り継がなくてはなりません。
日本の公共交通網の面目躍如と言わんばかりに、乗りものが続きます。

ここはその起点の扇沢に出ていた黒部ダムの気象情報。
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扇沢はトロリーバスに乗る最初の駅。黒部ダムを挟んで(長野と富山で)トロリーバスに2回乗ることになる。
ちなみに日本でここしかないというトロリーバスだ。
そこへ駅員さんというか車掌さんが出てきて、やおらアナウンスを始める。
その位置がまた、列の横なのでちょっと不思議に思っていたら、曰く、

○時○分発のトローリーバスをお待ちの皆様。間もなく乗車の準備が始まります。
本日、黒部ダムの気温は△度 の予報、晴れ時々曇り。
お昼頃には到着の予定です。

そこで、お昼のお弁当はいかがでしょうか。500円で富山のます寿しなど取り揃えております~。


ドッとわき起こる笑い  明るくも和やかな旅の起点となる。
日本人がこんなに一同どっと笑う光景を初めてみた気がする。

扇沢からトローリバスに乗って黒部ダムへ一路(ワクワク)。これが関電トンネル。
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黒部ダム駅に到着!
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黒部ダムの観光放流。すごい水圧。どの角度から見ても圧巻。
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いや、しかしすごい日差しで、涼しいはずの気温も実感しにくいほどだ。お天気でよかったが。
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ケーブルカーで黒部平から大観峰へ。
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上の大観峰から見た黒部ダム。ただ大観峰といってもまた立山連邦の中腹なのだ。
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大観峰から次の目的地の室堂へ。
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アルペンルートの中ではもっと高い標高 2450メートルの室堂高原。まだ残雪が散見される。
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そして待ち受けてくれた高山植物
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一気に室堂まで来た二日目。弥陀ヶ原の夜空の星々が、何とも美しかった。

立山黒部へ

夏休み前半は、立山黒部へ行くことになった。
新宿から特急あずさで松本へ。そこから南小谷行きの大糸線(2両、ワンマン)に乗り揺れること小一時間。信濃大町で下車。季節柄、2両の電車はなかなかの盛況ぶりで、地元の高校生が混んでいるとつぶやいていた。

信濃大町に着いたのはお昼すぎ。
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信濃大町にはそば屋が妙に多い印象を受けた。信州そばをランチに。
そばの隣は、夕食のダムカレー。黒部ダムにあやかったもので、ご飯の部分がダムでカレーの部分が黒部湖、でしょうか。
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成り行きで立ち寄った大町エネルギー博物館。小さく見えるのだが、大人でも気づくと楽しんでいる内容になっています。しかもうれしいことに足湯が。
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この日は地元のペンションに素泊まりだったので、
薬師の湯という温泉に向かう。
素朴なペンションで周囲に電灯ひとつなく、温かく迎えられたが今朝が早かったこともあり、夜10時には眠りについてしまった。

プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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