「英語プレゼン技法」


午前中は人間ドッグ検診に。
しかし今日の目玉は午後の「英語プレゼン技法」の講演会。慶應理工学部のキャンパスで日吉に向かう。日吉駅に降りたのは初めてであったが、何だかにぎわっている街だ。

そもそも実は4月下旬のイタリア出張でプレゼンをすることになっている。「すべて任せるからパワポ作って発表して。好きなようにしていいから」と上司には自由裁量で任されてしまった。私とて今の職場に来て対外的には初のプレゼンだ。しかも相手は多国籍のツワモノぞろい。ぜひいいプレゼンにしたい。ただストーリー性をどうふくらませるかが課題でもあり、どう組み立てるか考えなくてはならなかった。そんな折も折、先週土曜日にtwitter で知ったこの講演会。今日が休みだったことも幸いして日吉に向かうことにした。

プレゼンタ―は小野雅裕さん。何でもすごい方のようだ。東大の航空工学科を出てMITでPhDをとり、慶應で一年教えて5月よりNASAの研究所で勤務されるという。そのためこれが最終講義との位置づけで、100名強の聴衆の大半が学生で1割弱が社会人のようだった。また小野さんは『東洋経済』で連載を書いており、「国語力を磨けば、日本の理系は世界で勝てる」はそのひとつ。とてもわかりやすい文章だ。米国の大学でPhDを終えた、理系の研究者ということで、何より4月のプレゼン準備が頭にあった私は、迷うことなく今日の講演を急きょ拝聴することにした。



以下今日のセミナーの内容です。

野村監督が弱者には弱者の戦い方がある、と言うように、ノンネイティブで育った日本人にはそれなりのコツや準備の仕方がある(ちなみにご本人は阪神ファン、ついでに野村ヤクルトファンだった管理人です)

⇒ 要は相手と同じ土俵に立つには、凡人は凡人なりの工夫や戦略を立てる必要がある

意識として押さえてるべきはこのふたつ。
・ わかりやすく(小難しく難解な内容をよしとする一部の日本の風潮への警鐘)
・ 記憶に残るプレゼンを(30あるプレゼンで記憶に残るのはせいぜい2,3)

⇒ プレゼンの目的は相手に覚えてもらうこと、興味をもってもらうこと

そのためのコツや心がけが10点、挙げられていた。以下はそのうち記憶に残っているもの。
・ 自信を持つこと
・ 表情を豊かに
・ 新出の言葉は後ろに(書き言葉)
・ 自分の発表は研究内容を理解してもらうのではなく、研究の宣伝だと思え
・ 練習、練習、練習―フィードバックをもらえ
・ 良文をたくさん読め

私にとって特に参考になったのは以下の点
・ わかりやすく話すことの大切さ
・ ドラマティックに、印象に残るということ(話を盛り上げるグラフを示しながら)
・ ストーリーを印象付ける話の構成(シンプルに4段階の展開)
・ 練習(時には鏡を見ての練習も)とフィードバックを受ける大切さ

有用なだけでなく、生き生きとしたお話だった。話しながらご本人も楽しんでいるようだったが、それでも昨晩ご家族の前で練習したというあたり、見習うべきだと感じた。素晴らしいことは、このポイントは英語だけでなく日本語でのプレゼンにも適用できること。



行く価値のある講演会だった。とくにプレゼンを控えている私にとってはまたとないタイムリーな話を聞かせていただいた。しかもこの講演会はYouTubeがサイトにアップされているので、これからプレゼンを準備する方はぜひそれを参考にされたい。

後日、プレゼン資料もアップロードされました。まとめてこちらをご覧いただければいいようになっています。

⇒ 上手なストーリーテラーはどのような人か。いかにそういうプレゼンタ―になれるか (が語られています)



最後に「子どもの頃からの夢を実現しに行きます。その夢は、宇宙開発に歴史に自分の名を刻むことです」と話す姿が、何だかとても爽やかで格好よかった。あの場にいた学生も何割かでもたとえ数人でも、「ぼくも私も小野先生のように夢に向かって生きたい」と心に灯が点けられたとしたら、これほど素晴らしい退任講演はないだろう。

千葉敦子さんのこと

最近になって時々思い出す千葉敦子さん。学生時代にさんざん読んだ。

千葉さんはもともと東京新聞の経済記者で、1987年に亡くなるまでフリーランスのジャーナリストとして活躍された。乳がんにかかってからは闘病記や日米の医療事情についても、自らの体験を交えながら書いている。

千葉敦子さんの本を最初に読んだのは確か『ちょっとおかしいぞ、日本人』だった。千葉さんは海外旅行が好きで毎年3週間半の休みをとって(毎年まとまった数週間の休みがとれることを条件とし、転職の度に約束をとりつけたという)、また英語でも記事を書いているジャーナリストでもあったから、視点がとにかく当時みられた日本社会の伝統的な考え方や男性中心の見方から大きく離れていた。飛躍していたといってもいい。この本『ちょっとおかしいぞ、日本人』も比較文化論だったと思うが、それを機に千葉さんのほかの著作に手を伸ばすようになった。

私は昔からその傾向があったが、ひとりの著者に興味をもつと、その人のほかの著作も一気に読破する傾向がある。彼女の本も手当たり次第読んだ。そして、読み進めるうちに既に他界されていたことを知って衝撃を受けたことを覚えている。そこには今を生きる生々しい筆致を感じていたから、まさか故人からのメッセージとは思えなかったのだ。

彼女の本から学んだことはたくさんあるが、特に以下の点については重要性がひしひしと伝わってきた。
・ 世界の潮流を視野に入れる姿勢
・ 組織人でも必要なものはスペシャリティ
・ 情報収集、準備
・ 英語を身につけること
・ 自分への投資
・ 読書
・ ネットワーク

千葉敦子さんといえば思い描くイメージは、
・ フェミニスト
女性の能力を信じているし、女性の甘えにも手厳しい。日本社会は女性を活用しきれていないと嘆くが、この点は今もって替わり映えしていない。
・ 徹底した時間管理
学生時代から時間管理はしていたようだが、がんになって、またニューヨークに移住してからなおのこと、彼女の本の中でも時間管理の徹底ぶりは貫かれている。
・ 人生や日々の生活における優先順位
・ 仕事あっての人生、経済的自立
・ 人生を豊かにするには仕事以外のことも大切―自分への投資(プレセント)、旅、読書、遊び、友情など

がんになってからのメッセージではこんなことも訴えていた。
・ 一日30種類以上の食品をとる。
・ がん患者に必要なのは、仕事を休んでゆっくり休養をとるではなく、病気を抱えながらも仕事を続けられること。病人からすぐに仕事を取り上げてはいけない。
・ 患者は医者に頼り切ってはいけない。自分以上にその人の健康や体について心配する人はいない。

何度も読んだし参考になった本は『ニューヨークの24時間』、『ニュー・ウーマン』の2冊で、考えさせられるのは『よく死ぬことは、よく生きることだ』です。いずれの本も読後感として、学生だった私にはプロフェッショナルとして生きる大変さばかりが強い印象として残ったが、それは彼女がフリーランスだったために得られた自由と厳しさを実践していたからだ、と知るのはもっと後のことだった。

千葉さんは1964年に大学を卒業し東京新聞に入社している。となれば、キャリアを積んでいた頃がおそらく日本の高度経済成長時代にかかっていたのだろう。作家の桐嶋洋子氏や政治家の川口順子氏、『サイゴンから来た妻と娘』等で知られる当時サンケイ新聞の記者でもあった近藤紘一氏と、同じ時代を生きてきたことが著作から伺える。1987年に他界されているが、それまでオンライン・データベースを使っているから、まさに時代を先取りしていたに違いない。少しずつだが日本社会も彼女の描いていたように進んできていることも考えれば、おそらく20年早く生まれてしまったといえよう。今の時代ならば、彼女はもっと活躍できたかもしれない。それでも彼女は『死への準備日記』の中でこう書いている。

人生で求めたものはすべて得られた。いつこの世を去ろうとも悔いはひとつもない。

こんな人生が送れればなんと素晴らしいことだろう。

避けて通れないもの―死への準備


ちょっとこのタイトルを見てぎょっとされる方もおられるかもしれません。

たいへんお世話になったI夫妻のご主人様の訃報を受けました。あれはまだ我が子が0才児だった時のこと、私たちは静岡県三島市に住んでいました。夫は東京まで新幹線通勤の身、共働きで昼間は保育園にお世話になりました。

が、それだけで済まないのが子育てです。熱があれば保育園からすぐに呼び出しが来る、日帰りでも東京に出れば帰りは夜8時以降になり、そういう時に限って新幹線が遅れたりもする、急に親が入院する羽目になるーそういったときにお隣に住んでいたI夫妻はいつも決まって快く、0才児の世話を引き受けてくださいました。お二人の存在だけが、親戚も知人もいない静岡にポンとやってきた私たちの拠り所でもありました。今でも頭が下がります。

とても細くお若くみえ、庭仕事と犬の世話を日課とされていたこともあり、病気ひとつないようにお見受けしたIさんでしたが、年末に病気が発見され3ヶ月後のことでした。今でも信じられません。昨年のお正月に三島に立ち寄った際にお会いできたのがせめてもの慰めです。

死とは突然やって来るものです。今さらながらに思いますが、昨年、健康そのものだった義父が急逝した時もそうでした。死とは避けられないものである以上、人生の幕が下りる前にどこまで準備ができるのか、また準備をしたいのかは、おそらくひとそれぞれでしょう。実は私の両親も最近よくそういう話ーお葬式や献体をするかどうかなど―をするようになりました。若いころの私は、自分が事故にあい脳死状態になったら「使える臓器があれば人様に使っていただくのがベスト」と信じていました。今はそう思いつつも少し変化があり、家族もいればこれからどうするのかはまた考えるべきことになるでしょう。

千葉敦子さんというジャーナリストが書かれた本に『死への準備日記』というものがあります。千葉さんは東京新聞の記者を経てフリーのジャーナリストとして活躍されながら、乳がんになり、闘病生活や日米の医療の違い、仕事の進め方等についてたくさんの著書を残して亡くなりました。確か、『よく死ぬことはよく生きることだ』という本もあったかと思います。彼女の本に触れたのは学生時代でした。あれから20年以上が経った今、改めて、彼女のメッセージが迫ってきているかのように感じます。


先週行けなかったこともあり、この週末は珍しく土日と続けてヨガに行きました。外はもうコートも要らない陽気です。そんな今日の午後、身体もほぐれてルンルンに帰宅してホッとするのもつかの間、窓外の光景が何やら不穏な雲行き。とっさに今話題の黄砂かと思いました。すぐに洗濯物を取り入れ、家中の窓を閉めました。外は風も強く竜巻のような気さえしたものです。近所からは、ナニこれ火山灰かな~との声も聞こえましたが、それほどすごい砂煙だったのです。同じ時間に関東の空模様をみて、黄砂と思った方は多いはず。ところがあれは「煙霧」だとか。初めて聞きました。



少し収まった頃に庭に出ると、きれいに梅が目に入ってきました。我が家では例年、白梅が先に咲くのですが、今年に限っては不思議なことに、紅梅→白梅の順でした。今ちょうど両方きれいに咲いています。

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明日はまた寒くなるとか。春はそこまで来ていながらまだ足踏みをしている様子。
ちょっとした日常のことに、自然の営み、不思議さにちょっとした感動と畏怖の念を感じてしまった日曜の午後です。

プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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