私にとっての Montpellier


Montpellier は私にとって一種の特別な響きを伴う街です。
モンペリエは、フランスの南側、地中海の西側に面した(どちらかといえばリヨン湾に面する)立地です。古くは13世紀創立の大学町として栄えた歴史と伝統を有し、フランスでは大学町として知られています。人口25万人規模の町でもあり、旧市街と新市街からなる不思議な雰囲気を醸し出す町ともいえるでしょう。ガイドブックにも記載がないか、あっても小さく扱われていることもあり、私も含めて多くの日本人には、「モンペリエ?それどこ?」の感覚でしょう。

今回、旅の計画にモンペリエを組み入れたことは訳がありました。
かれこれ数年前になりますが、モンペリエで仕事をする話が降ってわいたのです。最初はあまり大事に考えていなかったのですが、話が進むにつれて、フランスで働くこと、それもパリでもほかの大都市でもなく、一地方都市であるモンペリエで働く、ということはどういうことか、真実味が帯びてくるとあれやこれやと仕事どころか生活上の問題まで考えが及びました。紆余曲折を経てつまるところ、モンペリエで働くまでには至りませんでしたが、働くかもしれないとの期待と不安を抱えながら走り続けた数か月は、今となってはいい思い出です。

そして思うのです。
もし、あのときモンペリエに移り住んでいたらどんな生活を送っていただろうか、今頃はどうしているだろうか。何とかしぶとくやっているだろうか、逃げ出したくなっているだろうか、などなど想像は尽きないもの。少なくとも数年は自分が生活し、仕事をするかもしれなかった場所を一度この目で見てみたかったのです。そこで、今回の日程でモンペリエから帰国便が飛ぶことを知り、迷うことなくモンペリエを旅の終着点と決めました。

ボルドーで働く友人(日本人)はこういいます。
「フランスは旅行するにはいい国。生活するには言葉がわかればそれなりにいい国でもあり面倒な国。でも働くにはしんどい国だと思う。特に非欧州人にとっては」
彼女の場合、英語は不自由なく、フランス語は買い物や日常会話ができる程度、職場では専門知識がものをいう仕事なのとほかにも外国人がいるので英語で事足りる環境です。日々の仕事や同僚とのやり取りも実に楽しそう。それでも職場の制度も雰囲気もフランス人にとっては当たり前でも外国人にとっては異質すぎることが多いらしいです。煩雑すぎる書類や手続き、分厚すぎる契約書、感情的、ムーディなスタッフ、対応にかかる時間など、聞いていて「それそれ!」と納得するような場面が浮かびます。

モンペリエを歩いてみて、ここで働く自分はピンときませんでしたが、生活するにはすばらしく心地よい街だと思えてきました。万が一にも将来、そういう可能性があればそれも面白いかもしれません。



帰りは空港までバスで行きました。新市街のヨーロッパ広場前のバス停から空港まで20分ほど。この距離で1.5ユーロ(ホテル付近からバス停までは1ユーロ弱のトラム)。街から20分弱で国際空港という便利さに感心していたら、空港についてなんとここでスト発生! 空港会社のカウンターの職員が、「今わが社はストを決行しています。何時にチェックインカウンターが開くかはわかりません」と乗客に対してしれっとのたまふではないですか

たまたま近くにいた、研究者らしいいでたちの日本人グループ数名が猛然とカウンターに問い詰めている様子。どうしてもこの日までに東京に戻らないと行ないんだ、とか何とか言いながら。それをみながら私は、
「お~、おとなしいはずの日本人がこうして主張しているとは!」
「ま、動かないことには仕方ないし、パリ経由で羽田行の便にのれなくなるのは私も含めここにいるみんな同じだから」
というやる気のない思いで眺めていました。フランスのストに一喜一憂してもせんないことです。

一方、もしこれで飛行機が飛ばなければ、このモンペリエにもう1泊するチャンスかも?!  と心の中でピースしかけている自分もいました。結局、1時間遅れで飛行機は飛び、パリでの眺めの乗り継ぎ時間に助けられ、予定通りの帰国となりました。

今回の旅は大変いい気分転換と骨休みとなりました(私は根が怠けものなのか、仕事と仕事の間にしっかりと休みをとることが必要な性分のようです)。総じて、フランスの5月はいい季節です。ただベストシーズンは6~7月ではないでしょうか。5月と言えばまだ寒い地域も多く、一日のうちでも天候がよく変わることもあり、防寒具の用意までするのは大変です。と思えば、スカーフ一枚でしのいだ今回は知らずに来て良かったかもしれません。もう一つ、8月のハイシーズンへ向けて、修復中の建築物が多いのも4~5月の時期ではないでしょうか(今回でいえばベルサイユ宮殿の庭園、一部の大聖堂、モンサンミッシェル修道院)。もし時期を選べるのであれば6月以降がいいでしょう。ただ、冬のパリも捨て難いように、どの季節でも楽しめるのもまたフランスの魅力だと思われます。何よりいろいろなワインが楽しめ、モンペリエで食した白ワインがそれはそれは美味でした。

ワインや食、芸術や文化、宗教と歴史、建築、海に冬山、人によってはおそらくショッピングとフランスのいたるところで楽しむことはできるでしょう。しかし私にとっての最大の魅力は、日の長さとほぼ何も気にせず街を一人ででも歩けること。水、安全、外歩き、服装、ホテルでお湯が出るかどうか、かばんは何をどう持つか、支払い時のクレジットカードが返ってくるか、街で道に迷ったとき地図をどこで開くか、などなど――これまでの出張ではこうした警戒と気疲れを無意識のうちにしていましたが、フランスではこの手の苦労がなきに等しく本当に楽しかったです(実はパリでもスリが多いと思っていたので内心拍子抜けしたほどでした)。またいつかフランスを再訪したいと思います。次回こそはニースかシャモニあたりを目指して

これでフランスの旅記録を終えたいと思います  ここまで長々とフランス旅行についてお読みいただきありがとうございました。

また明日から日常が始まります



来てしまった Montpellier


とうとう来ました、今回の旅の最大かつ最後の目的地でもある Montpellier に

SNCFの駅を降りた空気からして違います。さんさんと降り注ぐ太陽光を余すことなく受け止めるかのようなつくり。まさに南国、いえ南仏です。ボルドーの友達にも、モンペリエはもう南仏だと感じるといわれていましたが肌寒いパリから南下してきた私にとって軽い衝撃でした。まさに南そのものです。よほど驚いたのでしょうか、旅行中に唯一アップしたブログも、モンペリエについてでした
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駅に近いはずのホテルがわかりにくい立地でうろうろしていたところ、すぐに助けてくれる学生とおじいさん。いや、ここ同じフランスですか?と自問自答していました。この陽光で額に汗がにじみます。

街の中心であり旧市街への入り口でもあるコムディ広場。カラフルなトラムに誘われて歩いていくとすぐに到着。モンペリエは旧市街と新市街からなるらしく、まずは旧市街から歩き始めてみました。
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どこを歩いても歴史の趣ある建物や通りがあるので、あてのない散策にはもってこいの街です。
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これは12世紀に開校した医学校が前身の医学部。モンペリエでは宗教や出自に関係なくだれでも医学を教えることのできる学校が、当時は画期的だったとのこと。西洋医学を教える欧州最古の医学校のひとつだそうです。正面入り口の銅像はモンペリエ出身の医者(であり医学校の教授)たちとのこと。
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構内にも医学校の歴史が刻まれていました。
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医学校を出てまた歩きます。パリ凱旋門に模して造られた「凱旋門」に突き当たりますが、その周辺。(あ~、まだ南仏に入るか入らないかのモンペリエにして、このあり余るほどの太陽の光はなんなんだ~)
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夜のコムディ広場はライトアップされていました。これまた別世界
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一夜明けるとこんな感じ、朝7時から市場が立ち始めます。市場といってもこの日差しですから生鮮食料品ではなく、軽い服とか靴、かばんを売るお店が多いですね。私もモンペリエ不問の記念に10ユーロのTシャツを1枚買いました。
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Antigone と呼ばれる新市街に行ってみます。もと軍の用地だったところを1978年に市が再開発をした区域。歩いても歩いても先が遠くに広がってみえます。時々ベンチで休んでみたり。
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モンペリエの建築アピールが目的のひとつだそうですが、いや、ただただ圧倒されてすでに十分目的を果たしていると思われます。私がフランス人、あるいは欧州人ならぜひともモンペリエに住みたいと思いました。
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この広場の向かい、遠くに見えるヨーロッパ広場の前から空港行きバスが走っています。街の中心から数分トラムに乗ってここまで来て、バスで空港に向かうという段取り。そう、明日はとうとう帰国の日。
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カルカッソンヌまで足を延ばしてしまう


大都市と言われる Toulose の次に目指すは Montpellier だったのですだが、やはり距離が長いので途中の Carcassonne で降車しました。ナントでは城に興味なし、などと言っておきながら。「カルカッソンヌを見ずして死ぬな」ちなでいわれるカルカッソンヌの城塞だけは外すことができなかったのです。Toulose で夕食時に話したフランス人女性に勧められたことも後押しとなりました。 曰く、「Carcassonne はいいわよ、必見に値する。でも半日で済むけどね」
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お昼前に駅に着きました。今回の旅ではレンタカーを借りた場所以外はすべて、SNCFの駅から荷物をもって歩けるところに宿をとっています。今回もそうでした。城まで遠いというので駅から5分ほどのホテルにしたところ、家族経営のホテルになりました。部屋は3、4しかないですが、どの部屋も広いです。部屋の中にソファはあるし、床も寝転がれるくらい広く、シャワー・洗面所は別の部屋になっているという贅沢なスペース。フランスで滞在した中で最もゆったりとしたスペースでリーズナブルでした。部屋の片隅にはお茶セットも。これも初めてでした。他のホテルは100ユーロ以下を探したこともあってか、部屋の中にポット備え付けのあったホテルはゼロ。カフェは外のマシンで買うみたいな感じでした。
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この部屋はアフリカがテーマの部屋。聞けば、オーナー夫婦はアフリカで援助の仕事をしていたそうです。実の子供二人に加えて、スリランカとセネガルから一人ずつ養子を迎えており、そのためにアフリカとスリランカをテーマにした部屋をホテル内にも作っています。このホテルを始めたのは7年前と言っていました。
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城壁までのルートなどをオーナー夫妻に親切に教えていただき、地図を片手に歩き始めます。城塞(シテと呼ばれる)に着くまで街から20分ほど歩くので、途中下町を散歩しつつ簡単なランチを済ませました。この散歩も本当に楽しかったがフランス語ができればもっと楽しかっただろうと思われます。そうこうするうちに遠くにシテが見えてきました。
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なんだかんだ言ってシテまで歩きます。それも街中というか住宅街を。どうもシテまで歩く人が少ないのか、人影がまばらでここで何かあっても言葉は通じないし人の視線もないし、と気を引き締めます。
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昼間なのに大した静けさです。坂をてくてく行くと、眼下に街が広がり始めました。
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ようやく、シテの入り口です!
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砦というものも、一度みてみないとその包囲網のための建築様式がピンときませんでした。このカルカッソンヌの城壁は、古代ローマ時代と、その後12世紀の十字軍遠征時の建築様式とが混ざっているそうです。
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ナルボンヌ門を入って右も左もこんな感じ。
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さらに進むとようやくシテの中に入れるゲートが出てきました。欧州唯一の二重の城壁がある城塞都市で、その城塞の総延長は3kmにおよぶそうです。フランス人ガイドによる英語の解説に必死に耳を傾けながら歩きました。
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シテの夜景はイルミネーションが美しく格別だそうですが、夜7時でもまだ明るいカルカッソンヌ。とても8時に一人でシテまで歩いて戻ってくる勇気がなく、昼間のシテを堪能して街に戻りました。シテの前を流れるオード川です。
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Carcassonne のシテのすごさを表現しきれるものでもなく(またその文才もなく)、帰りに城壁の水彩画を一枚買い求めました。帰国後リビングに飾って見たところ、とても落ち着くいい絵でいい気持になります。

アーチ型


これまで訪れたフランス国内のどの都市でも見られるもの、それはアーチ形の建築物や構造物です。印象に残ったものを集めてみました。

パリは凱旋門、そしてノートルダム大聖堂
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パンテオンの地下一階。パンテオンにはフーコーの振り子を見に行ったのですが、改装に伴い片づけられていました。そこで地下に偉人の眠る廟がありました。ビクトル・ユーゴー、キュリー夫妻の名前もありました。ひんやりした空間です。
右はトゥールーズのサン・セルナン・バジリカ聖堂。聖堂の西門、「キリストの昇天」を描いたミエジェヴェル門の彫刻はその美術的価値が世界遺産に指定されているようでした。
3パンテオン_ 4ジャコバン

再びパリに戻り、モンマルトル博物館のお庭(お気に入りです)、そしてオルセー美術館(←以前は駅舎を改装したもの)
5モンマルトル 6オルセー

モンサンミッシェル修道院の一角にある昔の食堂。トゥール―ズの美術館中庭。
7MM_.jpg 8オーギュスと

ボルドーの街中にある古代ローマ時代の遺跡門、ボそしてルドー駅構内。
9ボルドー門 10ボルドーgare

詳しい建築様式や時代背景はわかりませんが、しばらく見ているとこうしたアーチ形の構造物に共通する美しさを力強さが感じされて不思議です。

不思議なもの、面白いもの


旅先の街歩きの楽しみは思わぬものへの遭遇、でしょうか。今回も思わず立ち止まってしげしげ眺めてみたものの、あとで調べてみたり、追求せずそのままを受け容れたり、を自分の反応も様々でした。

バッテリ―をチャージしよう!とか何とかありますが・・(なんだなんだ?)
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なるほど、こうして使うのね。
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ストラスブルグの駅で最初に見たときは新鮮でしたが、行く先々の駅構内で時々見られました。人力で電源チャージする、待ち時間がある場所ではある意味もっともな施設。

そのまま構内を歩いていくと、何やら自動販売機が。ふむふむ何を売っているかな?
は・な 
それも人に持っていく用の花がこういう形で売っているとは。買う人一度もいませんでしたがやはりニーズがあるのでしょうか。
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これはある小さな街の店頭でのディスプレイ。花屋でもないのに素敵。
オランジェリーではごみ箱まで芸術的にみえてくる。
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これは確かToulose 、町を歩くと何やら看板が。SFとマンガのお店のようです。
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日本人の知らない日本語、が通りに向けて展示されています。隣はパリでみた出前のバイク。寿司と肉のセットなのでしょうか、SUSHIYAKIとして何を提供しているのか中身をみてみたくなりました。
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わかならいなりに見た、壁面に埋め込まれているオブジェ。モンペリエで自転車。
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パリ・モンマルトルではこの男性が。この壁に埋め込み、の発想というのがよくわからなかったものでした。
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これはご愛嬌。たとえ手書きでも You are Here が地図上に示されていることで街中の地図は大いにがどれほど役に立つことか。
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上の地図と同じく最後の訪問地モンペリエでみたものです。
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フランス食べ歩き

16日間も旅をしていると、何かと楽しくも頭を悩ませたのが「今日は何を食べるか」でした。最初の数日は何かと「思わぬ食べ物が出されてびっくり」のこともありました。

食べる度においしいと思ったのは、パンです。どんな簡単な朝のパンでもかみごたえがあるパンが出され、おいしさを堪能しました。昔、東京であるオランダ人が「普通の日本のサンドイッチは好まない。食べた気がしない」と言っていましたが、なるほどこのパンのかみごたえで育ってしまえば当然そう思うでしょう。

まずは街を歩きながらよく目に入るお菓子の数々。時々、フランスにわたった日本人パティシエなる方々もこういうところで修業しているのでしょうか。カラフルできれいです。
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動物や虫のモチーフが多いですね。日本にいると見向きもしないマカロンも、こう積んであると「おっ、マカロン♪」と反応してしまうのも旅の魔力でしょうか。
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色とりどりのアイスクリームは見るだけで楽しいものです。
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これはある日の朝食。ホテルでも街のカフェでも出されるものはあまり変わりません(なみに、20年前にパリを旅した時は、確か朝食と言えば大きめボウルに並々とカフェ・オ・レが注がれ両手でボウルを支えながら飲むのが定番でしたが、さすがに時代は変わったのでしょう)。
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ちなみに、カフェで朝食をとると9ユーロくらい、ホテルだとパリなどの都市では11ユーロくらいするようです。そのせいか、朝のSNCFで移動する車両ではパンとコーヒーを買って乗り込む乗客も三権されます。日本で人気(らしい)PAULはそうした駅にもあるお店のひとつで、PAUL以外のパンもどのお店のパンもとにかくおいしかったです。昔、ベトナムはハノイで街で売られているフランスパンがどれもおいしいので驚きましたが、フランス人が持ち込んだ文化がまさにバゲットだったと思われます。

続いてランチ。ストラスブルグだったと思います。向こうはパスタ、手前はフロマージュチーズをメインにした料理で、要はじゃがいもに左側のチーズをつけて食べるもの。なるほど、たしかに美味しかったのですが(それも見かけよりずっと)、お、重い・・・。しかも、あろうことか行きの機内でパリのエクレアはたまらない、みたいなビデオとみていたせいかエクレアまで注文してしまい、重さ倍増
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ストラスブルグはとてもいい街でした。英語も通じないお店が多かったにもかかわらずどこか人々の良さを感じ取りました。

翻って、見た目、量、味ともに満足したのがパリはモンマルトルのランチ。モンマルトルの帰りに坂を下りながらふらふらと歩いており、急な雨から逃れるように入った街角のカフェでした。そろそろ体が野菜を欲していたこともあり、サラダは魅力的だったし、左奥はパイ包みで中にシチューが入っています。これにホットレモネード。ひたすら大満足していた私でしたが、フランス在住に友人によると、「これはフツウ、割とどこでも食べれそう」だそうです
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右はモンサンミッシェルで、遅い午後に夕食まで何も食べないのも何だしとして食べたほとんどお茶。チョコクレープを頼んだらまさにこんなものが出てきました。

これはある日の夕食。パニーニみたいなものでした。美味しかったですが、注文してから何が来るかわからない状態なので、せめてワインでも飲むかという気にさせられました。
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モンサンミッシェルの帰りに寄って一泊したサン・マロ。海岸だけあってうれしい漁家類の街。久々のシーフードかと思うと足取りも軽くなります♪
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ムール貝をひたすらいただきました。ムール貝の小ささを嘆く友達を前に、私はムールとワインでただただ満足。右はクレープのお店でしたがこの味と量ならば、夕食に白ワインと一緒にクレープもいいものです。
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途中で一泊したナントでイタリアンのお店に入りました。前日、レンタカー返却前のガソリンスタンド探しに手間取り、イタリアンを食べるはずのランチを逃したからどうにもイタリアンに未練がありました。少しわかりにくいですが、黒いのがリゾット、全体的にイカの料理です。これがまた美味しいこと。フランスのワインと食の質の高さに日々に舌を鍛えられてきた友達も大絶賛でした。ところが彼女の職場の同僚(ナント出身)に「ナントであろうことかイタリアンを食べるなんて!」と叱られる始末。。いえいえ、十分にそれまでのどの料理よりもおいしかったです。(口が裂けても言えませんでしたが) 調子に乗って同じお店でデザートを頼んだら二人分かと思うような大きさのティラミスが。。
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ここからは一人で動いたときの夕食。さすがに地元のものをと、Toulose では南西フランス料理の代表らしいカスレなるものを。豚肉と豆が中に入っています。3人分かな?という量でした。
右は、こうなったら何と言われようとパスタにしようと決めていたカルカッソンヌでの夕食。なかなかの味でしたし、何よりデザートが素晴らしい。
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大きなティラミスでなく、こういうデザートを求めていたのでした。
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ここで気づいたのですが、気に入ったお店の写真があまり入っていません。美味しかったワインやパンの写真もほとんどナシ どうも、食べること、飲むこと、しゃべること、に専念していたようです。 あまりお酒に強くない私にとってもワインは美味しく感じました。

今日は野菜をとりたい、軽めの食事にしたい、などと思っても、その選択肢があるのかもわかりませんでした。そこで、行く先々の地元ホテルで聞くと、間違いなくおいしい、野菜の多い、程よい量の、日曜でも空いている歩いて行けるレストランを教えてくれ助かりました。夜9時まで明るいという日の長さに感謝するのは、まさに見知らぬ街で一人で夕食に出かける時でした。

ひとついえることは、フランス料理の神髄を堪能するようなメニュー選択でなかったことは自信アリです。

一方で、わからないなりによくわかった、というか肌で感じたことは、
フランスは食にお金を時間をたっぷりかける生活文化だ
ということでしょうか。さすが農業大国!

トゥールーズ

旅は続きますが、ここから一人となりました。次の目的地のCarcassonne まで長いので途中で立ち寄ったのがToulouse です。あてのない旅です。

着いたのが夕方7時過ぎでしたが明るいこと。駅から10分弱でキャピトル広場に出ました。市庁舎のようです。中に大広間が広がりちょっとした美術館になっています。その大広間に行ったのは翌日でしたが、地元の小学生が遠足で来ていました。地元出身の画家による絵が当時のトゥールーズの生活や四季をよく表していました。
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街を歩きながらサン・セルナン・バジリカ聖堂に立ち寄ったり、迷い込んだら大学のキャンパスだったりもしました。社会に出る前の学生って、フランスでも日本でもどこか似た顔つきをしていますね。若く怖いもの知らずさゆえのはつらつさと日常を楽しみたい開放感に溢れた何とも言えない若者特有の表情があちこちにみられ、何ともまぶしい。。
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こちらはジャコバン修道院。13世紀の建築物のようです。
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そろそろ普通の街が見たくなり、街歩きに戻ります。
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こちらはリセ、高校です。先ほどの大学生に比べてキャピキャピしていました。そして街を流れるガロンヌ川。
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夕方になると急に雨。雨宿りをかねてカフェで食事していると、隣にいた同じく一人のフランス人女性と話が弾みます。ボルドーから出張できたとか。フランス人は何も毎日デザートを食べるわけがない、と言いながら大きなデザートが運ばれてきていました。食事はやはり連れがいると楽しいと思えたほどよい時間でした。

ナントからボルドーへの移動

ナントからボルドーへ移動する際に面白いことがありました。確か6時間くらいかかるのですが、どうもチケットの行き先がボルドーとなってないのです。代わりに、St. Martin とか何とか。。友達がいやな予感がする、ともつぶやきました。

駅の人いわく、
「SNCFでも何種類か電車があり、今回乗る列車はインターシティで、St. Martin でバスに乗ります」
「バスって?!」
「そう、列車はボルドーまで行きません。手前で降りればバスが待っています。大丈夫、ほかのお客さんも同じですからついていけばいい」
不安げにうなずく我々も、St. Martin につくと降りるしかありません。
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見ると、St. Martin で降りた人々はしばらくプラットフォームに待っていました。15分ほどしてからでしょうか。放送がかかり(もちろんフランス語なのでよくわからず)、人々が線路を渡り始めました。ついていくしかありません。 一応、ボルドーはこっち、とのサインも線路を渡るときに見えたので大丈夫でしょう。
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St. Martin という駅の外には、本当にバスが2台待っていました。大型観光バスくらいの大きさです。でも座席占有率は100%、みっちり乗ってバスに揺れること1時間。そしてようやく、目的のボルドーに着いたのでした。ああ、このSt. Martin ならぬ Bordeaux St. Jean のサインを見たときは安堵しました。そこから在来線に乗ってボルドーの中心地へ。トラムと在来線とでボルドー駅は少し離れた立地になっています。
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ようやくボルドー中心地へ着くと、でました!このシブイ青のトラムが。ボルドーのシンボルです。街を歩いているとたびたび音とともに目に入ったものです。
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トラムの中はこんな感じでした。日曜だからすいているのでしょうか。
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乗り物編はここまでです。

フランスで電車に乗る

フランス国内は鉄道で移動したので、今回は乗り物の中でも鉄道編。フランス鉄道公社(SNCF)の電車に乗り放題(と思われた、後述)ユーロパスを日本で購入していきました。

パリ東駅。東京でいうと上野か新橋みたいな街の雰囲気です。そこからストラスブールに行く際にパリ東駅から乗車しました。ストラスブールに行く朝は電車が遅れたのですが、フランス語のアナウンスがわからない我々が車内で唯一の手掛かりにしたのが温度計のような形をしたこの進路計(?)です。上のパリから下のストラスブルグが目的地、赤い部分を進み到着予定は1043とありますが、下のグレー中央に現在時刻1103が示されています。この後、大幅に遅れたのでしょう。到着は12時半過ぎでした。
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そしてほどなくして配られたボックス、開くとスナック類。これが後日、ベルサイユ宮殿で並びながら空腹を満たすのに役立ちました。
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乗っていた電車はこんな感じ。電車の外観は地味なグレー一色の車両からこうした楽しい地図まで様々でした。
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どこの駅でもSNCFの切符はこうして買います。ユーロパスがあると、窓口に行く必要があります。4,5人の列ができていることはザラですが、結構早いスピードでさばいてくれます。
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フランスだけでなくイタリアでもそうでしたが(おそらく欧州全体で)電光掲示板の時刻表にプラットフォームが表示されるのを乗客はひたすら待ちます。左写真の右の番号がプラットフォーム案内で今は3つのみですが、だいたい発車10分前くらいになると表示されると乗車客が一気に足早に動きます。

目的のプラットフォームで今一度、この電車でいいんだよね、と確認(右写真)。
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さらに停車駅も表示されるので、電光掲示板はしばらくみています。日本みたいに車掌さんがいないことと、この電車を逃すと中距離なので次の電車を数時間待つ羽目になること、何よりフランス語ができない上に小心ぶりが手伝って、電車移動中は念を押すことの繰り返し。英語が話せるフランス人が多くて助かりました(Merci!)
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さて、SNCFでは1等車と2等車がある。1等はグリーン車、2等は普通車と考えてくださいとの説明だったがその通りだった。乗ったのも2等車だが、下の写真の通り広めの普通車である。
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こうした向かい合わせの4人掛けは車両の中央座席のみで、日本の電車のように座席を回転することはない。そのため、車両を中央を境に、一車両の中で進行方向を向いている席と反対を向いている席に自動的に分かれている。また車両の入口と真ん中に荷物置き場がある。
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ユーロパスを持っていても、ある程度の距離を乗る場合は窓口に並び席を予約しなければならないことがわかった。距離によって追加料金を払うことになる(3ユーロとか7ユーロとか)。乗る電車が決まっている場合は特にそうだ。ボルドーからツールーズに向かうとき、確かボルドー発1645、ツールーズ着1905くらいの電車に乗る予定だった。ところが窓口に行くと2等車は満席で、2等車なら夜11時着の電車しかないという。フランスは夜8時はまだ明るい。しかしさすがに夜11時に知らない街に降りるのは避けたかった。やむなく、1等車に変更し、予定の電車に乗り込んだ。この時60ユーロくらい払ったが、実際は1等車の座席と2等車との違いをそれほど感じなかった。しかもその時の1等車の座席はコンパートメントになっていて、カップルと学者風の男性と私の4人で、一つの空間をしめる感じで、オープンな2等車のほうがいいようにさえ思えた。ちなみに、ボルドーからツールーズへ行くには2等車でも40ユーロ払うことになっており、ユーロパス保持者に対する追加料金が乗車区間によってあったりなかったりで、この辺はよくのみこめなかった。ローカル電車(ストラスブール―コマール)はユーロパスを見せるだけでいい。

ともあれ、こうして無事、目的の駅に着くとホッとしたものだった。
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レンタカーを借りる

ここでのフランスでの乗り物について少し触れておきたいと思います。今日はレンタカーについて。

結論からいえば、フランスでレンタカーを使う場合は日本からオンラインで予約するのがお得です。現地で切符を買うより日本でユーロパスを予め買うがお得なのと同じです。ただし、3日前までに予約確定のメールを受け取れるのであればという但し書きがつきます(レンタカー会社の日本支社によると)。また運転する可能性のある人の名前はすべて登録する必要もあります。私の場合、メインドライバ―は友達なので彼女がフランスで予約することになりました。するとここでひと悶着。彼女は長い運転歴ですが、フランスの免許に切り替えてから1年以上たっていなかったのでレンタカー予約の時に一筋縄ではいかなかったようです。フランスでは免許取得後1年以上経っていないとレンタカーは借りられないためです。結局、日本での免許取得年月がフランスの免許に小さく記載されていたので事なきを得ました。こんなことで時間がかかりはや出発目前、ということで日本からの予約はあきらめた次第です。

レンタカーを借りたのはレンネの駅でした。駅近くにオフィスがあるというので日本の駅レンタカーを想像していたのですが、なかなかみつかりません。ようやく見つかった場所が駅の端に看板もなく並ぶ窓口オフィス。行くと、Euro Car, AVIS というようにレンタカー社が4社ほど空港のカウンターよろしく並んでいます。客は各自、申し込みの紙を持って、レンタカー会社の窓口カウンターにいき、一気にフランス語で説明をされ、最後に「はい、あなたの車は126番にとめているから」と、車のカギを渡されます。日本やアメリカみたいに、事前に車まで一緒に行き傷の有無の確認、なんて一切なし。

ここに各レンタカー会社の車がまとめておいてあり、客がその番号を当てに車を探します。戻しもここに止めてカギをオフィスに戻すだけ。二人は連れ立って不安げに広大な駐車場を歩き始めました。とぼとぼ。倉庫らしきものがみえてきました。28番、42番、などはありますが・・・いったい126番ってどこ?
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倉庫らしき中にもありません。さらに突き抜け敷地の端のほうに行ったところでようやく126番を発見。ほとんど敷地の端に違いです。
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スペースの有効活用の意味では素晴らしいレンタカーシステムですが、もし客がぶつけてミラーを壊しても元の場所に駐車するだけで申告しなかったらどうなるのでしょう。一緒に確認することもしない、車を貸す側はそれでいいのでしょうか。あるいは、後日身に覚えのない請求をされたら?友達に聞くと、傷があった場合は後日郵送でお知らせが来る、身に覚えがない場合は手紙で反論して申し立てる、だそうです。。

お、しかもディーゼル車のよう。ドアの形も面白い。
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ディーゼル車はなかなかガソリンが減らないので、壊れているのではないかと友人は心配し始めました。レンネからモンサンミッシェルに行った初日、まったく燃料計は動く気配がありません。翌日になって少し動き始めてホッとしました。しかもブルターニュ地方の広さを甘く見ていた我々。早めにレンネに戻ることにしました。

そこからがタイヘン。これも日本なら帰りに寄るガソリンスタンドの位置まで教えてくれますね。ここではもちろんそんなものないので、ガソリンスタンドを探しに、しかしなかなか見つかりません。結局、50分ほど走りながら探してレンネから1kmほど離れた高速インター入口にありました。やれやれ。

教訓
1.レンタカーは日本で予約をしていくべし
2.ガソリンスタンドは返す2時間前くらいから探し、町の中心地にないことが多いので、予めガソリン満タンにしておくこと。
3.フランスのレンタカーはマニュアル車が多いのでマニュアルに慣れておくこと

ボルドーの隣町

ボルドーの隣町Pessac―友人の住む街だ。ペサックといっても通じないのでボルドーと言っているそうだ。といってもボルドーからは電車で5分、トラムで30分の便利な立地(に私には見える)の小さな街だ。彼女はボルドーのような大きな町よりペサックのような環境が気に入ったらしい。職場には毎日自転車を30分走らせるとか。一方、彼女の同僚のドイツ人はボルドーくらいの町でないと住む気にならなかったと話す。

ペサック駅前に静かにたたずむ教会と市役所。こういう飾り気の少ない教会もフランスにはあるのだと思い、ホッとする。
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駅から歩いて1、2分の白い壁のきれいなアパルトモン(アパート)。1年前、そのアパートができるとアパート前の広場の一角にはパン屋が立ち、週末には市場が立つ。友人のKは毎朝アパートの下のパン屋さんにパンを買いに行き、週末は駅の両側に立つマルシェに野菜や魚を買いに行く。その姿はまさに、フランスの生活そのものだ。今日はそのマルシェでの光景。

そう、マルシェには何でも売っている。野菜くらいかと思ったらかばんや衣類まで。
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Kがすぐさま向かうは八百屋さん。いつも決まったところにいく。
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それからパスタ屋さん。この麺の種類の豊かさ!パスタと言っても日本で乾麺ばかり食べている私は、ここではパスタ好きとはとても言えない気がする。そしてチーズ屋さん。チーズで一軒成り立つのはいかにもフランス。
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花屋も立ち並ぶ。花屋に卵が置いてあるのが面白いが。
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お肉屋さんもあって、それなりに列ができていたが、友人はパス。そしていつの間にか新聞を片手にもっていた。週に一度だけ新聞を買ってじっくり読むそうだ。日曜版は分厚いので面白いし時間もかかるという。また中国人のお弁当屋さんもありにぎわっていた。

早足で30分、時間があるときは1時間ほどかけて回るという。ここは日曜日のマルシェで、土曜日は魚のマルシェが駅の反対側に立つらしい。
「もうフランス語できないし、あきらめた」(←職場は英語)という友人Kだが、どうしてどうして、ペサックではいっぱしのフランセーズにみえたことであります。

Bordeaux

今回の旅の計画を練り始めた3月半ば、旅の目的地は友人の住むボルドーだった。ボルドーに行く前に、これまで行けずにいたモン・サンミッシェルは計画に入れていた。だから二大目的地を挙げよといわれれば、ボルドーとモン・サンミッシェルだった。モン・サンミッシェルに興味を示した友達とはパリで落ち合うことに。曰く、「フランスの地方にいるとヨーロッパへの出張は多いのに国内の出張は圧倒的に少ない。パリもめったに行かないから、こうでもしないとモン・サンミッシェルには行けそうにない」

そのうち、旅のルートから立ち寄るところが増えていった。モン・サンミッシェルからの帰りはレンネで車を返した。そのレンネからボルドーまでは最短の乗り換えの電車でも6時間以上かかる。そこで、途中のナントで一泊することになる。城で有名らしいが、私たちは城にあまり興味がない。そんなこんなでボルドーに着いたとき、ようやくたどり着いた感がひとしおだった。



ガロア川が流れるボルドーの町ですぐに目につくのがしぶい青色のトラム。フランスのいたるところでトラムは走っているらしいが、ボルドーでは特に頻繁に走っておりトラムでどこでも行けるようだ。
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ボルドーでゆっくりする日は日曜だったので大劇場に行くことに。しかも年に一度の公開日という幸運さに思わず感謝。ボルドーといえばワインかと思っていた。ワインはフランス人にとって珍しくないものだが、オペラ座のモデルとなったホールがボルドーにあるとなれば、見ずにすますことはできない。
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1階では映像でのコンサートの様子が繰り返し流されている。バレエのチュチュやオペラ歌手の舞台衣装が2階に展示してある。小学生のこどもたちが顔にペイントを塗ってもらうイベントがありにぎわっていた。
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ボルドーで劇場にはまるとは。
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1780年に設計されたという大劇場は、パリ・オペラ座のモデルだったとか。
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そしてサンタンドル大聖堂。ほとんどサウンド・オブ・ミュージックの世界である。
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どの町でもちょっとした教会の中にはこうした堂々たるオルガンが備え付けられている。何ともすごい。
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雨のしっとりとしたボルドー、そしてボルドー駅
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サン・マロの青

帰国する夫を見送った後に友達と合流し、朝7時のパリ発の電車にモンパルナスより乗る。パリ駅といっても行き先によって異なり、パリ駅はいわば5駅もある。ストラスブルグに行くならパリ東駅だし、今回のようにブルターニュ地方に行くならモンパルナスになる。SNCF(フランス鉄道公社)のTGVに小一時間ほど乗ってレンネで降り、レンタカーを借りてモンサンミッシェルに向かった。SNCFにはTGVがあったりローカルがあったり新参者にはよくわからないのだが、乗り物についてはまた別途書いてみたい。

旅の目的地だったモン・サンミッシェル。お告げによって人里離れたところに立てられたという修道院。花曇りの日だった。
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フランスで働いている友人の上司(英国人)の薦めもあり、レンタカーの利を生かしてサン・マロに立ち寄ってみた。街全体が砦の中にある。砦に入り、さらにアーチ型の門を通りぬけて、ようやく街中、という感じだ。
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街の造りのせいかメイン通りには車の数もおびただしい。我々もそうだったがホテルの場所と駐車場を探しているのだろう。港の駐車場に止めるか、砦沿いの縦列駐車をすることになる。駐車メーターも1.4ユーロ(1時間)、夜7時までは有料だが7時を過ぎると朝9時まで無料に切り替わる。
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街を歩くと海沿いとあってかシーフードの香りが漂う。しかしサンマロといえばこの青!
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このお店は青を基調とした家庭用品を売っていたが、見るだけでしびれる青だった。哀しいかな旅の前半でもあったので買い物は控えてしまった。

翌朝、海沿いの砦から見た海。サンマロの海の青さは不思議だ。朴訥な青さというか派手ではないのにどこか惹かれてしまう美しさがある。
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街を歩いていても扉は赤が特徴らしい。扉の内側のオブジェも心なごむ。
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サン・マロの街全体と青にしびれた。大きな期待をしていなかっただけに、印象に残る青だった。白状すればモンサンミッシェルよりサン・マロにもっと長く滞在すればよかったかと。

パリのモンマルトル

ストラスブールに行くわ、ベルサイユに行くわ、で残すところ2日間をパリで過ごす。
おのぼりさんよろしく、セーヌ河畔に美術館に5月の風に吹かれる。
とかけばいかにも気持ちのいいそよ風が、と思いきや、いかんせん5月上旬のパリは寒かった。風が強く冷たい。しかも天気が変わりやすい。雲の合間から日差しが見えた科と思えば30分後には雨が急に降ってきたり、と気まぐれそのもの。

それにしても観光客が多いのだろう、ものすごい人のパリに来て夫はすぐに、ストラスブールが懐かしい、などと言い出す。
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パリの街が一望できるモンマルトルの丘。テアトル広場には画家の卵が集い不思議な雰囲気を醸し出しているが、これもまたパリの一面である。そんなモンマルトルが好きだ。有名なムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット(文化人の集ったダンスホールらしい)もこの一角にある。
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ユトリロ、ルノワールなど当時の画家が集ったという別荘が今はひっそりと佇むモンマルトル美術館。パリの中にあって、とてもパリにいるとは思えないゆったりとした空間だ。
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3度目のパリ。毎回必ず訪れるところがある。オランジェリー美術館だ。あの蓮の壁画に囲まれた空間でゆっくりする至福の時間でもあり、なかなか立ち去り難い場所でもある。今回は夫と来られてよかった。
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パルテノンにはビクトル・ユーゴーやキュリー夫妻が眠っているし、歴史的建造物のつまっているパリ。次回こそはエッフェル塔に登ろうか。カルチェ・ラタンに宿をとり、モンマルトルを散策し、オランジェリーに行き、とあれこれ夢想するだけでまた来たくなる街ーそれがパリ

Versaille

ストラスブールはドイツの香りの色濃い街。ドイツに行ったことのない私にはそれが楽しみでもあった。
短い滞在だったが、落ち着いた雰囲気と街並み、そして英語の通じなさぶりをも楽しみ(レストランではちと悲惨)、人の少なさも手伝ってストラスブールをいたく気に入った。旅の起点はやはりパリなのだ。さ、パリを楽しむぞ~。

という時に出た夫の提案、それはなんとベルサイユ行き。。

はるか昔、学生時代に母についてパリに来たことがあった。その時パリ以外に足を延ばしたのはシャルトルとベルサイユだった。シャルトルはしっとりして素朴な街並みの中にステンドグラスが輝き、とても素敵だった。対してベルサイユはこれでもかと迫りくる宮殿の豪華絢爛なつくりにやや食傷気味だった。それもあってか、任されていた今回の旅の計画からはベルサイユはハナから外されていた。まるで存在しないかのように。

しかも、男性は(まして夫は)ベルサイユには興味ないだろう、との確信めいた誤解もあった。日本人女性、特に私の世代はベルサイユというとほぼ自動的に、『ベルサイユのばら』を想起する。この漫画が当時ものすごい大ブームだっただけでなく物語にかなり入れ込んだ少女は少なくない。といっても描き方はまぎれもない少女漫画。男の友達とベルばらの話をしたことなど一度もなかったし男性は興味ないに違いないと(もしかして知らない?とさえ)思っていた。それが、「ここまで来たらベルサイユかな~」の一言。慌てて調べるとベルサイユは月曜休。となれば日曜の今日いくしかない。で、よもやのベルサイユ行き決行となる。

しかもさらに間違えて(明らかな調べ不足 ※)、最初に庭園を回ってしまったために宮殿の建物に入るには長蛇の列に加わる羽目となった。ただ、チケットを買う列からしてすごい混雑だったので、パリで買っていたミュージアムパスが少し助けになったのが救い。

だからか、結構混んでましたよ~ベルサイユ宮殿。暑いのに、何重にも蛇行する列、人、ひと、乳母車まで。それにしても広い。広すぎる。宮殿の建築と庭園の造園技術にどこまでを望んでいたのだろう、ルイ14世は。
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鏡の間に象徴されるように、ヨーロッパ随一の豪華な宮殿で他国の貴族の羨望の的だったという。
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パリにもどりそのままノートルダム大聖堂、そしてコンシェルジェへ向かうルートに。
期せずして、数時間のうちにマリー=アントワネットの栄華と最後の部屋というあまりに対照的な環境を観ることになった。
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※ 庭園の向こうにあるプチトリアノン宮殿などは午後から開くので、ベルサイユ宮殿→庭園→大トリアノン、プチトリアノン宮殿の順にめぐるのが時間的に無駄の少ない王道コースです。

アルザス地方の街

パリからストラスブールへTGVで移動。ストラスブールまでノンストップでいくはずが途中駅での2回の停車。ストラスブールには午前10時43分着のはずが、10時半になっても途中駅ナンシーにもついていない。TGVにしてはそれほど速くないスピードに減速していることに気づく頃には、車内でスナックが配られ始めた。

前の座席にいた青年がふいといなくなり、戻らないこと小一時間以上。ようやく戻ってきた彼(時間つぶしにバーへ行っていたとか)が、「通常使う路線で人身事故があったためルート変更し、このスピードと到着時間となった」と説明してくれた。電車遅延の結果、到着は12時半。

ストラスブールはドイツ国境にほど近いアルザス地方の町。また国際都市の名の通り、街中には国際会議場や数カ国で放送するテレビ局があり、駅前にはEUはじめ数カ国の旗がたなびいている。まずはコルマールを訪れることにした、ローカル電車でトラスブールから30分と近い。

駅から10分くらいは何もない通りを歩く。街の中心に近づくときれいな花屋に迎えられたが、人通りもまばら。
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コルマールを散策しドイツ風の木組みの家や街並みを楽しむ。中世の古い建物につられて古文書店(?)も。
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コルマール散策、プティ・ベニス地区の辺り。街の中でところどころに水が現れてくる景色に癒される。
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クリスマスシーズンの街並みはさぞかし美しいことだろう。
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そしてストラスブール。コルマーよろしく木組みの家と街並みがみられるが、こちらは散策する地区はプティット・フランスと名付けられている。
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ライン川の支流イル川を船に乗って巡る。左はストラスブールで最もよく写真が撮られる建物らしい。
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旅の記録


もう時間も経っているので断片的になってしまいますが、記録として、5月のフランスの旅について少し書いておきたいと思います。

<移動手段> 主に鉄道、モンサンミッシェル → サン・マロのみレンタカー
<ルート> パリ → ストラスブール → パリ → (レンネで車を借りる)モンサンミッシェル → サン・マロ (レンネで車返却)→ ナント → ボルドー → トゥールーズ → カルカッソネ → モンペリエ 
<同伴者> 最初の5日間は夫、次に在仏の友人、そして一人旅と全体16日間を3分割

当初の旅も目的地は、モンサンミッシェル、ボルドー 、モンペリエ だったのですが、空路での移動でないため何箇所かに立ち寄ることになり、否が応でも「フランス広し」を感じました。次回はもっとゆったりとしたスケジュールで、一か所(南仏?)に滞在したいものとすでに考え始めています。

ということで、しばらくフランス旅ネタが続きますがよろしければお付き合い下さい。
プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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