北米インディアン研究

北米インディアン*について書かれている本は、著者が日本人の場合、おしなべてアメリカ関係の研究者によるものが大半だった。だいたい米国の歴史や政治、文学の先生だったり、時にはジャーナリストだったりもした。どうしてもネイティブ・アメリカンは、興味あるアメリカの主題にはならないのだろう。ところが、最近偶然手に取った『ネイティブ・アメリカン』の著者 鎌田遵氏は、まさに生粋の北米インディアン研究者だ。同じ著者の『ぼくはアメリカを学んだ』では、米国ニューメキシコの大学寮で一緒になったネイティブ・アメリカンの学生を皮切りに、ニューメキシコで暮らす部族と付き合いを深めるようになり、辺境に住む視点から米国社会を眺めていた様子が描かれている。麻薬やアル中が蔓延しているネイティブ・アメリカンの社会や居留地は多いと、かつて読んだことがある。その度に、誇り高き酋長を先祖にもつインディアンが土地を奪われた上に、現代文明や米国の負の産物が蔓延っている世界で生きるしかない現実に対して、信じられない、というよりどこか信じたくない気持ちがあった。今回この2冊を読んで改めて、失業、アルコール依存症、ドラッグ依存症、自殺など、米国社会の闇の要素がここまでインディアン居留地に凝縮されていることに、驚きを新たにすると共にやはり胸が痛む。

大学では地域に密着した学問を、という思いからアメリカ先住民学を専攻した鎌田氏は大学院へ。それでもネイティブ・アメリカンとの交流が原点にあり、居留地は平和な時間を求めて戻るべき場所であったというから、フィールドワークのbest practiceの実践そのものだったのだろう。ニューメキシコで生活していた時期に出会ったスペイン系の青年が言ったセリフが紹介されている。ニューメキシコの辺境で生きるスペイン系も先住民と置かれた状況は似ており、失業、アルコール、ドラッグ等の同様の問題(失業、アルコール、ドラッグを抱えているらしい。
「内容はデタラメばかりだが、白人は本を書いてきた。だからすべてを知った顔をする。(中略)世の中を変えたかったら、俺たちも勉強して、本を書けるようになればいいのだ。そうしたら自分たちの真実を残すことができる」(『ぼくはアメリカを学んだ』より)
今、まったく同じことを途上国の人に言われたとしてもおかしくはない。つくづく言葉というものの機能と重みを考えてしまう。仮に、歴史は長いだけでは現代人の心に訴えないとしたら、記録や蓄積のない伝統や口承文化はどうなってしまうのだろう?

ところでこういった分野の研究は、往々にしてフィールドワーク、それも長期にわたる調査がつきもので、逆に言えばそれなしには成り立たない。しかも現地に住みつく長期滞在が理想であろう。とはいえやはり客観的視点が求められる調査である以上、アウトサイダーとしての扱いは免れない。旅人であってはならないが住民にもなれない、その微妙なバランスが難しい。そしてこの点は、地域研究や国際協力のプロジェクトとも似ている。例えば、『ぼくはアメリカを学んだ』では、ネイティブ・アメリカン居留地で宗教儀式に集まった住民同士の何気ない会話の場に居合わせた筆者は、「メモを取れる状況でないので必死に記憶した」と書いている。辺境に生きる住民の何気ない会話にこそ、真実が隠れていることが多い。ネイティブ・アメリカンだから、もしかしたら写真を撮ることすら許されなかっただろう。おそらくフィールド調査の山場というか醍醐味ともいえる場だったと想像する。鎌田氏の場合、いわゆるよそ者ではなかった気もするが、一般にこういう状況のよそ者の揺れる心情は、理解して余りある。それでも、ここまでネイティブ・アメリカンの社会に入っていくことができたのは、もしかしたら「白人でない男性」であり、ご本人が米国社会で差別感を感じていたからかもしれない。

もうひとつ。ネイティブ・アメリカン学部―こういう学部が大学に設置されてしまうあたりが、アメリカの底力だと思う。アメリカ先住民研究という学問領域について、鎌田氏は次のように述べている。
・ 建国以来、アメリカ先住民研究は、主に歴史学や社会学、文化人類学といった既成の学問領域の研究者によって進められてきた。往々にして先住民を被支配者として扱い、侵略側の論理によって作り上げられた学問だった。一般に、中上流階級の白人男性による、学術的な欲求を満たすことの重点が置かれていた。
・ 公民権法が成立した1964年以降、大学でも Affirmative actions がとられるようになった流れで誕生した。アメリカ先住民研究は、社会運動から生まれ、成長してきた闘いの学問であり、学部の誕生は通過点にしか過ぎない。

その通りだとは思う。それでも、先住民研究学部を創設した大学が全米で107校にものぼるということは、米国の政府や州政府に歴史に向き合う姿勢があり、予算をつけたということに他ならない。そこには、先住民研究や学部設置のニーズや教員、学生数といった議論の入る余地もなかったようにすら思える。そして2004年、スミソニアン財団はアメリカン・インディアン博物館をワシントンDCに開設したというではないか。美術館、博物館巡りが好きな私としては、ぜひ訪れてみたい博物館リストがまたひとつ、加わった♪

個人的に、米国に対して抱くのは過去のように憧憬の念だけではなく、入り混じった複雑な思いを感じることもある。しかし、一見役に立たないかにみえる学問分野への投資、少なくともまずはやってみる/やらせてみるという姿勢―これだけは、一部の国が真似したくともなかなか真似できない、米国の強みだと思えてならない。

* インディアン (←最初のイにアクセントと理解)
北米大陸の先住民で、今はネイティブ・アメリカンということが多いが、「インディアン」の方がしっくりする時は用いた。鎌田氏の著書の中でも両方使われている。

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Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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