書くこと


年明けからいろいろあるにはあったが、とくに今週は矢のように過ぎていった。
どうにもこうにも今月中に(つまり昨日)出さなければならない「ある書きもの」がなかなか進まないでいた。書きたいことはいろいろ浮かんでくるのだが、なにせどう絞ってどう伝えていけばいいか、どう話を展開させていくかが悩みどころでもありまた楽しみでもあった。
粘りに粘って最後はとにかく仕上げた!ど~っ) ← 一気に疲れの押し寄せた音

書くことに対してそれなりの試行錯誤と思いを重ねてきた。
書くからにはきちんと書くべきである。それができないなら書かないほうがいい(少なくとも書く側にとって)―どこか、そう思っていた。ただこの、「きちんと」がクセモノで、まさにケースバイケース。枠がなくはみ出してもいい自由さが今のよさでもあるのもまた事実。結構私も幅のある書き方を楽しみたいタイプ。

それが、こう思うようにもなってきた。

書くことは、
これでよしとフンギリをつけること
・・・妥協すること


ある翻訳家がこう言っていた。
一度出版された自分の翻訳にはまず目を通さない。
ちょっと驚いたが要は、翻訳というものは質を求めればキリがなく、一方では締め切りがある。だからこれでよしと決めたら振り返らない。そんな意味だった。蓋しその通りかもしれない。歩き続けるには?

でも翻訳でなく、書き手自身だったらどうだろう?

須賀敦子さんはこう書いていた。 
「幼いころは、父が本を買ってくれて、それを読み、成長してからは、父の読んだ本をつぎつぎと読まされて、私は、しらずしらずのうちに読むことを覚えた。最近になって、私が翻訳や文章を発表するようになり、父を知っていた人たちは、口をそろえて、お父さんが生きておられたら、どんなに喜ばれたろう、という。しかし、父におしえられたのは、文章を書いて、人にどういわれるかではなくて、文章というものは、きちんと書くべきものだから、そのように勉強しなければいけないということだったように、私には思える。」(『こころの旅』より)

須賀さんの作品は美しく詩的であるだけでなく、どこか重くずしんと響くメッセージがあちこちに散りばめられている。読んでいると、そういったメッセージがまた急に顔を出してくるように訴えかけてくる。彼女にエッセイストという響きは軽すぎると思う。

(今の結論)
・書くことについて私の羅針盤はどこかまだ揺れている・・・(笑)
・書くことは苦しむこと(楽しいけれど)
・書くことで食べていく職業作家はつくづく大したものだ

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プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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