Day 4 in Sri Lanka: Sigiriya


ボロンナルワからシギリヤ(Sigiriya)へ。このシギリヤにはまた驚くべき歴史があった。

聳え立つシギリア・ロック。
Sigiriya+Rock.jpg

ここに5世紀後半(459-477)、Kasyapaは王座につくために父である王(King Dhatsuena I)を殺した。その後、Kasyapaは山頂に王宮を築き住むこと11年、180メートルの山頂から統治した。こんな岩の上に一人住んだ理由はいくつかある。まず、弟 Moggallanaの復讐を恐れて(弟 Moggallana は王族の血筋を引くが、Kasyapaの母は平民で、二人は腹違いの兄弟だった)のこと。またひとつには攻めてくる敵をすばやくみつける砦の役割を果たした、という説もある。

この岩に登る途中に、女性を描いたフレスコ画の壁画が現れる。ここが中間地点で、ここからの見晴らしはなかなかのもの。このフレスコ画は5世紀の作品で、多くは自然浸食を受け残っている壁画はごく一部らしい。それも、この壁画を含めシギリア・ロックが発見され世に知られるようになったのは、イギリス統治下の1875年のこと。
Sigiriya+lady.jpg

何たって日差しが暑い。中間地点で上を見ると、その山に登るにはなかなか険しい道のりのようだ(見た目には)。這うように上っている人もいる。
Sigiriya+Rock2.jpg  Sigiriya+Rock3.jpg

中間地点であるそのフレスコ画から、さらに上まで行くかどうか―迷う間もなく歩を進め結局、上まで上ってしまう。暑さをのぞけば、見た目ほどタイヘンではなかった。ただ高所恐怖症の人には薦められない。またここに行く時は、身軽な軽装がいい。MUSTと言われ持っていった水さえジャマに感じた。山頂には貯水池がいくつかあり、ここにも天水を活かした灌漑システムの痕跡がみられる。

Sigiriya+Rock4.jpg  Sigiriya+Rock5.jpg

山頂に立つと、シギリア征服、の感を強くした。この光景を毎日目にしていたKasyapaは、そのうちに「山から降りること=統治者でなくなること」の錯覚に囚われたのかもしれなかった。

Sigiriya+Rock6.jpg

いずれにせよ、ここに11年、一人で住むという孤独はいかばかりだったか。結局、インドに亡命していた弟に攻められ最期は命を絶った。



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Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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