一次資料

引用に関連して俄に思い出したことがあった。今日はその話について。

もう数年前になるが、柳澤桂子さんの本を読んでいて、目がとまった箇所があった。柳澤さんは科学者としてご活躍中の若い頃に原因不明の難病にかかり、闘病生活をしながら執筆活動を続けてこられた方だ。その闘病や回復、執筆生活などのご様子がNHKで取り上げられたため、ご存知の方も少なくないかと思う。正確には覚えていないが、確かこんな書き方をされていた。
「できるだけきちんとした情報源を使うべく努めたが、病身ゆえ、必ずしも一次資料ばかりではなく、なかにはインターネットをはじめ二次資料の助けを借りたものもある。体の自由がきかないため、お許しいただきたい」
さらっと書かれていたが、私はこのくだりを目にした時、科学を生業としていた人の真髄をみた思いだった。どちらかというとエッセイ風ともいえる読み物である。どのような読者層を想定しようとも、一次資料の重要性が頭の片隅にあり、敢えてそこまで(しかも自然に)言及する姿勢に、静かに感銘を受けた。


一方、こんなこともあった。とある有識者と思しき方が、公開の場でこのように話し始めた。
「今お話したことに関連して、私とジャーナリストの○○さんの二人で本当にいろいろ考えて、考えに考え抜いて作成した提言があるので、ご紹介します。これは先日、△△ に提出しました」
との前置きで始まった「私たちの提言」の内容を聞いて、一瞬、耳を疑った。ナント、ちょうどその数ヶ月前に、米国のとある著名人(仮にA氏としよう)が力強く語っていた表現の「翻訳」だったからだ。腑に落ちないとはこのことである。

その表現を私が最初に知ったのは、偶然目にした新聞の小さな囲み記事だった。新聞に取り上げられるくらいだから、おそらくA氏だって機会あるごとに話していたに違いない。確かに英語であれ日本語であれ、それなりに心に響く言い回しではある。それだけにそのメッセージの受け手が、余程印象に残って、ぜひどこかで使ってみたいと思っていたのか、あるいは思わず使ってしまったとしても、その気持ちはわからなくもない。しかしそれなら、「二人で知恵を絞って考えた」などの枕詞を添えなければいいではないか。そもそも、私が直感で翻訳したと思ったそのフレーズは、どう考えてもだれもが容易に思いつく表現ではなかったのだから。おまけに、どこぞに自分たちの提言として提出しちゃった、らしい(パーティートークやちょっとやそっとの立ち話ならまだしも)。これだからジャーナリストは恐るべし。怖いもの知らずであるという意味でも、また書いたものを安心して読めないという意味でも。

人によっては、この程度のことは何とも思わないかもしれず、議論の分かれるところだろう。もちろん、お二方がA氏と接点があったとしても何ら不思議ではない。もしかしたら、二人のうちどちらかは本当に知らないで考えたのか、原典を知っていたもうひとりが明かさなかったのか、その辺りはよくわからない。それでも私は、この件もあって、どこか自称ジャーナリストの書くものに百パーセントの信をおけない節がある。私とて、偶然、最初に記事をみた後で(数ヶ月のタイムラグはあったが)その「翻訳」を耳にしたにすぎない。たまたま、アンテナに引っかかっただけかもしれない。むしろ確率的には、聞かずに済んだかもしれなかったのだが、いかんせん聞いてしまったのだから、こればかりは致し方ない。



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Twitter
FC2ブログランキング
カチッ♪クリックしていただけると  はげみになります ↓

FC2Blog Ranking

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
月別アーカイブ
リンク
カテゴリ
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター