『世界を歩いて考えよう!』

この本は海外旅行をする時に持っておくと面白い視点や着眼点が紹介されています。「あ~楽しかった」という以上の印象や学びを得る旅行をするための手引書とでもいいましょうか。著者のちきりんさんも、旅行から戻っても「あること」が頭に引っかかっていて調べたり、説明を求めて考えるのでしょう。あるいは後になって、ふとした時にアンテナやしまっていた記憶の引き出しが反応して「なるほど、そういうことだったのか!」とピンとくる―そんな著者ちきりんさんの様子が目に浮かぶようです。ひと昔、ふた昔前ならば、下手をすればこの本は『旅行を10倍楽しむ法』などという陳腐なタイトル本になっていたかもしれず、世に出たのが今でよかったとつくづく思います。

そのユニークな視点や切り口は、まさに多種多様です。紙幣(→貨幣経済)だったり、博物館や美術館(→歴史、展示品の帰属・所有権)だったり、途上国の現実(→貧困問題と社会のリアリティ)、野生動物(→自然の掟)、共産主義、移民や二世の宿命、ミイラ、ベトナムのボートピープル(→歴史の流れ、視点や社会の変化、あるいは悠久に思いを馳せるもの)だったり。中には、南欧の観光資源の潜在的ポテンシャルにまで触れており、イタリアの観光ポテンシャルなんてこれ以上あるの?と思いながら読んでいましたが、顧客が替われば(増えれば)そういう見方もできるのかという展開になっています。



なかでも特に印象的だったのは、ニューヨークのフラッシング・メド―ズの話です。ここを読みながらある出来事を思い出しました。

あれは2010年のこと、ニューヨークでホテル代節約を図り、フラッシング・メド―ズのアパートに3泊したことがありました。フラッシング・メド―ズの駅周辺には一見してチャイナタウンと思しきエリアが広がり、韓国人経営のお店も散見され、まさに本書にもある通り「お世辞にもきれいとはいえない」街並みでした。ニューヨークのグランドセントラルからフラッシング・メド―ズまで確か30分以上かかったと思いますが、宿泊先のアパートに行くにはフラッシング・メド―ズの駅からさらにバスに乗る必要がありました。アパート近くの降りるバス停がまた妙にわかりにくく、白状すれば間違えたバス停で降りることがままありました。ニューヨークに出ればアパートに戻るのは毎日夜、早くても夜8時で日は落ちています。外は暗い上に地理に明るくない私は、バスに乗って降りる場所を間違えては反対方向に行くバスで戻りまた間違えて、を繰り返した日もありました。一日目に間違えたので次は注意してバスの運転手に住所を見せたところ、ご丁寧にまったく別の違う場所で降ろされたこともありました。降りた場所が違うとわかった時は、もう自分しか頼れないと覚悟を決めた瞬間です。後はすぐさま、そこから無事帰るにはどうするべきか、しかもできるだけ早く(危険な目に遭う前に)知恵を総動員する、いわば時間との戦いでした。こういう時は、「どうしよう」などと思案に暮れている場合でも泣き言を言っている場合でもないのです。

ある日のこと。既に辺りは暗く雨も降り出し、降りた場所(もちろん間違えて)から前後100メートルに歩いている人影はなく、一人旅だったこともあり怖い思いをするには十分すぎる状況でした。こういう時は知らない人がいてもこわいものですが、ひとっ子ひとり視界にいないのもなかなかどうして怖いものです。ヒッチハイクをしても怪しい(少なくとも不安げな形相をして怪しく見えたであろう)アジア女性に一瞥はするものの止まってくれる車などほとんどなく、一台だけ止まってくれた車は「近くにガソリンスタンドがあるからそこに聞くといい」と親切なアドバイスを残して走り去ってゆきました。そこはアメリカ、「近く」といってもガソリンスタンドなど至近距離には見当たりません。ひとしきり歩いてようやくみつけたところで、別のバス停まで歩くよう教えられた時は、心の中では泣いていました。

それでも平静を装って周囲を警戒しながら歩き続けてようやくたどり着いたバス停。普段、ある程度の沈黙でも耐えられる性分の私ですが、ここまで話さず黙々と歩いている状況にいい加減たまらなくなったのだと思います。いつの間にか同じバス停でバスを待っていたインド人女性に話しかけていました。聞けば彼女はインドからの移民で、夫と一人娘、義母と4人暮らし。しかも私が日本人と知るや否や、2003年まで日本に住んでいたこと、桜と人の親切さが忘れられず東京の大ファンだ、と日本の良さを語ってくれました。「日本人は親切」というのは耳慣れた話ですが、彼女の何気ない話や「日本、東京」の響きが、異国で極めて心細い状況の私を元気づけるには十分な力を持っていたのでしょう。もうひと頑張りしてアパートに戻る(そもそもそうするしかないのですが)気力がわいてきたことを覚えています。件のインド人女性は「最近ようやく仕事を見つけたの。今は病院の仕事から帰るところ。娘は義母が見ているから大丈夫」と彼女が話すのを聞きながら、それでも午後3時から夜11時の仕事は4才の娘がいる母親には大変だろうにと思ったものです。その時は知る由もなかったのですが、フラッシング・メド―ズが「夢を持ってはるばるアメリカに来た人の街」であり、「そこを出ていくことがステイタスとされている街」と本書で書かれているのを読んだ時、「そうか、そういう街だったのか」と驚くと共に、あのインド人女性を思い出しながら妙に腑に落ちた次第です。

ところで、6月1日のちきりんさんの講演会でのこと。日本好きながら海外旅行をする理由として、「海外旅行をすることで様々な視点が得られる。人々と話したり世界各地での生活を知ると、自分という存在や自分の悩みがいかに小さいものかを知らされる」ということを話されていました。また、困った時にこそ「笑う力」が大切さとも強調されていました。全く同感ですが、もうひとつ私の中にずしりと響いた言葉は「海外にいくと、これ以上ないほどの『社会的弱者』になる。」というくだりでした。

フラッシング・メド―ズでバスから降りる場所を間違えていた私が助けを求めてもつれない対応をした人々や走り去った車にとっては、私が困っていることはまあ、どうでもいいことなのです。そこで私が笑顔を見せていればもう少し状況は違ったかもしれませんが、当時の私は笑うどころではなく、落ち着き(=ワタシ別に怖くないからという強がり)を装うので精一杯だったに違いありません。そして、それはあの時の私は圧倒的な社会的弱者だったとも思うのです。もし同様のことが土地勘のある日本で起きていたら、バスがダメでも電車がある、とか、あのお店に行けば大丈夫そうだ、どこで時間をつぶそう、などと瞬時に選択肢が浮かび判断できるのですが、すべてが皆目分からない状況に置かれていたのがフラッシング・メド―ズの私だったのです。



おそらく、私はちきりんさんと同じ世代だと思います。そして私も旅行好きな方です。なのに、あろうことか、これまで行けたはずのソ連もベルリンの壁も自分の目でみていませんし、昔の中国にも行っていません。それでもこの本をたどると、ソ連の共産党幹部がクレムリンに居並ぶ時の様子やベルリンの壁が崩れていく頃の時代、天安門事件のあった頃の中国などが次々と思い出され、時代や人々の話(友達でソ連や中国を旅行する人がいました)、自分の人生での出来事と重ね合わせることができるのです。それはたまたま、著者と同世代だったがために感じるお得感なのかもしれません。

この本の醍醐味はそれだけではありません。時々しっとりした読後感を感じます。そして読みながらハッとするような生きることの哀しさや残酷さ、有無を言わせないリアリティを突き付けられます。キリンの親子の話、インドのリキシャを引く少年の話、ビルマのお金持ちの話などなど。読書なのにゆるやかなジェットコースターに乗っている感覚を覚えます。ついつい読み進めてしまうのですが、時々、ここでこの展開?という流れは、韓国ドラマ『チャングムの誓い』のストーリー展開のようです(ヘンな例えですが)。

長くなりましたが最後に。
私自身は自然が好きなこともあり、これまでどちらかといえばアジアの地方や辺境地を中心に足を運んでいました。自然も捨てがたいですが、これからはもっと歴史のある国や場所を回ってみたいなと思い始めています。ちきりんさんは社会派と銘打っていることもあり、本書では自然の話はあまり出てきません。それでも最近のちきりんさんはケニア、タンザニアにも行かれているとのことですので、「自然派きりん」(←ちきりんさんの分身)からみた第二弾を期待したいと思います。本のタイトルはちきりんさんが自分のアタマで考えて下さることでしょう。



今日は、これまでブログではあまり書かないできた書評なるものに挑戦、という趣旨で『社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう』の書評にトライしてみました。『世界を歩いて考えよう!』の書評コンテストに応募してみます。

(追記)
書評ブログコンテストの結果はこちらです。
同じちきりんさんファンの書評ブログを、味わって読んでみようと思います。


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Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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