書けない理系?

木曜朝のことだった。いつもより1時間ほど早く目が覚めた。その日は早く出ることもあって、ちょっと急いでいた。いつも以上にサッと朝刊に目を通してダッシュ、のはずが、最後の最後にこんな節が目にとまってしまった。
「氏は書ける理系の学者なのである」

WHAT??(← あまりに驚くと英語になる習性アリ)

そのまま家を出て歩きながら道々考えた。
書ける理系の学者、書ける理系の学者、書ける理系の学者・・・
頭の中でこだまし、しばし離れない。なにせ、「書ける」の横にはご丁寧に傍点まで打ってあったのだから。

ある科学者が素人向けにもわかる本を書いている、という流れで、締めくくりの言葉がコレだ。記事の書き手は翻訳家、とある。聞き覚えのある名前だが、そんなことより言葉のプロによって書かれた表現だけに、どうもひっかかったし、自分の中で妙に重く響いた。

なぜか。

これにはあるメッセージが込められていたと感じたからだ。そのメッセージとはまさに、

理系の人には、学者でもものを書けない人が多い。学者でなければいわずもがな・・・

となれば、理系出身としては心穏やかでないというか、ピクッと反応してしまうではないか。

今の時代、よほどの専門性を要求される場面でなければ、基本的に理系も文系もないと思っていた。少なくとも、仮にPC操作の覚束ない文系の人がいたとして、仕事をする上で話にならないとすれば、きちんとした文章を書けない理系の人とて、同じであろう。また、個人的には、科学者ならば書けるのは当たり前だと思っていたし、今でもそう確信している。彼らにとって書くのは仕事の一部である。私の知る限り、科学者ならば時間さえあれば、いや時間を捻出して書いている、といってよい。書くことだけではない。当然、「読む」と「書く」がセットである。それはもう、論文だけでなくグラント申請、報告書ほか諸々、偉い先生になれば○○委員会の仕事、頼まれ原稿の執筆、大学なら講義の準備、特許関係の書類まで加わる。ほかにももっとあるかもしれない。

件の翻訳家は、その科学者は専門家だけでなく素人向けにもわかるような本を書ける、と単にいいたかったのかもしれない。それでも、理系に対する偏見を感じ取ってしまった。理系の人の文章は、そもそもわかりやすいのだ。なぜか。読者に一義的に伝わらなくては意味がない、とどこかで思っている。だから、Simple is best. の考えが染み付いているのだ。文章に幅がなく面白くないといえばそれまでだが、二通り以上に解釈可能な書き方をしたら、書き手が悪いと思われるのがオチだ。それに、両方の世界をみてきた私にいわせれば、一般的な傾向として、社会学や社会科学の文章の方がはるかに難解で(reader-friendlyでないというか、はっきりいってメッセージがつかみにくい・・・)、読み通すのにエネルギーを要することが多いのですが・・・。

ただ、理系の書いた文章を遠ざける一因は、難解な専門用語だと考えられる。そこで、通訳のような存在が求められる。日本では、政治経済や国際関係等、ほかの分野だと当然のごとくいるジャーナリストだが、まだ科学ジャーナリストが少ない。科学コミュニケーター育成のニーズが叫ばれているのも、それを反映してのことだろう。ただ、そういう人材が育つにはなにせ時間がかかる。その間、どうすればいいのか、何ができるのか。まず、専門用語を伝える側(科学者、大学院生)は、わかりやすく伝わる何通りかの簡潔な説明方法を試みるよう努めること。そして受け手(直接間接に関連する立場の人、大学生も含め)は、自ら理解を深める努力をすること。そういった双方向の歩み寄りが、現段階では最低限必要だ。ここで、科学ジャーナリストやコミュニケーターの卵に、早期から活躍の場を与えること、もいれておこう。幸い今は、ITの力を借りて、高校生でもかなりのことが自分で調べられる。科学のグローバル語である英語がわかれば、理解はもっと広がる。基本は、何だろう? → なぜだろう? → 知りたい → 調べて必要なら精査する、の繰り返しで、この積み重ねが科学リテラシーの向上にもつながるのではないだろうか。

専門用語に関してもう1点。ある専門用語を話したり書く時に、難解だと思っていない専門家も確かにいる。たとえ自覚のある人でも、その用語がドンピシャと言い当てた言葉だと信じていれば、躊躇なく使うだろう。まして、ある程度世界に認知された言葉なら(あるいは認知されるべきと信じていれば?)、なおさらである。かつて、DNAだって最初は何それ?の世界だった。でもデオキシリボ核酸といって理解が深まるわけではない。遺伝子の本体とか塩基配列がどうだとか、説明を要していた時代がしばらくあったのだ。それが今では、DNAなら小学生でも知っているし、やや飛躍的な文脈であろうとなかどうと普通に雑誌の文章にまで出てきて、しかも注釈もつかない。ほかにもフラクタル、五次元の世界など、いずれも最初に出てきたときはやはり「何それ?」だった。新しいこと、独創的なことが科学の本質なのだから、こればかりは仕方のないことかもしれない。それに、知らない言葉が出てきても、詳しいことはともかく、ざっとポイントがつかめればいいのだ。私は言葉は好きだが、言葉に囚われすぎる姿勢はいかがなものかと思う。科学に限らない。かつて、パラダイムの「正確な日本語訳」を真顔で聞かれたことがあったが、今はそんな社会人はまずいない(と思いたい)。

本業以外に政府の仕事もされている、とある化学系の先生は、「米国では、環境省や農業省の役人でも、かなり専門的な内容に対しても科学的なものの見方を共有し、理解しています。残念ながら日本の役人には、そういった傾向があまりに乏しく、あるいはないのが当たり前で、この差は何なのかと考えてしまいます。こうなると重要なことでも、実際に政策に反映させていくには時間があまりにかかるし、極めて難しい局面が多いのです」とぼやいてらした。本心であり、本当だと思う。おそらく、科学リテラシーのことを言外に含まれていた気もする。

件の翻訳者については、周囲にたまたまいわゆる書ける理系の人がいなかったのだと思いたい。深読みしてしまっていたら、ごめんなさい(?!)ですが、思うところを書いてみた雨の日でした。





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Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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