シリアの思い出(6) 2006年11月


朝7時半にアレッポの宿を出て車で10分ほど走ったアレッポ大学でも二人をピックアップ。ICARDAの研修を受けに来たエリトリアとリビアの二人を加えた計6人を乗せたマイクロバスは、一路ダマスカスへ。しかしアレッポ-ダマスカス間の道のりは想像以上に長く、きつく感じた。体力的にも疲れがたまっていたのかもしれない。考えてみれば、行きはVOLVOだったからかほとんど揺れも感じず快適なドライブだったが、帰りはバンだったし途中ひどく揺れた。ホテルの部屋に着いた途端、体を横たえて休むしかなかった。

しばらく寝たのか、目を覚ましてからガイドブックを見る気力も沸いてきた。このガイドブック、2006年当時にシリアのガイドブックが皆無の中、みつけたものである。

ダマスカスには、中東で一番大きなモスクがあると言う。4000年前から人が住み続けているという街を見ないのも勿体ないと思い、ゆっくり起き上がる。空腹も感じず、地図片手に歩き始める。

通りを歩いていると途端に視線を浴び、再びみたび、自分が異邦人である現実に気づかされる。昔の日本を歩く外国人もそうだったのだろうか。しかし彫りの深い目でじっとみつめるかのようにみられるのと、細い目で好奇心のまなざしで観られるのでは、「観られ方」が違うというものだ、とは一日本人の解釈。途中で出会ったドイツ人女性に道を教えられる。彼女も今日がダマスカス初日だそうだ。しかしイエメンに住んでいたこともありアラビア語は読めるというから年季が違う。ICARDAのワークショップの帰りだと話すと、「私も昔は農業を勉強したけれど諦めたわ。今はECの経済プロジェクトの仕事で2、3年はここにいるつもりなの」と話しながら、マーケットの入り口、スーク・ハマディーエまで案内してくれる。

週末の金曜日でお店はほとんど閉まっているが、普段と違う姿をみせてくれる閑散とした通りを歩くのもいい。しかしお店のシャッターが閉じているだけで、ウマイヤド・モスクに続くためか、通りの賑わいはなかなかのもの。今日が金曜日でよかったと思う。これでも十分混んでいるし、お店が開いていたらもっと疲れていたに違いない。今日の私は、ただ街を歩きダマスカスの空気を味わうだけで十分だったのだ。4000年の昔から人々が住み続けて以来、町はほとんど変っていないと言う。Lonely planetによると、「驚くべきペースで変っていない」とある。ここがチグリス・ユーフラテス川流域であり、オスマン・トルコ、十字軍、アラビアのロレンスまで生きたところなのかと思うと、日本人の私ですら歴史の重みに圧倒されそうになった。

帰りも歩きながら、カレンもこういう場所で育ったのかなどと思いを巡らせた。歩きながら、どうも広場で放射線状に広がっている道から入る方向を間違えたようである。バスターミナルと思しきところに着いてしまい、そこからタクシーでホテルに帰る。

明日のベイルート行きに備えるべく、ホテルでタクシーについて聞いてみたところ、数時間で80$だったタクシー料金が90$に上がっている。安全を買うと思い90$でもいいかと思ったが、どうも釈然としない。カレンに電話すると、ダマスカスの同僚に連絡してくれ、同乗者がいれば24$、いなければ36$と教えてくれた。まあどちらでもいい。まずホテルのタクシーは断り、ついでに日曜日は朝早いので空港行きのタクシーまでカレンの同僚に予約してもらう。

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Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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