ベイルート着  シリアの思い出(7)


カレンの故郷、ベイルートの街にやってきた。中東のパリと言われたのとはいつの頃だろう。中世にはきっと、地中海沿いの美しい町だったのだろう。今は、割と普通の街にみえなくもない。
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カレンはお母さんがドイツ人だったこともあり、幼少時にドイツで4年ほど暮らしている。
「あの頃レバノンは内戦だったから、母の国でしばらく暮らした方がいいということになったの。レバノンに戻ってきたのは内戦が終わってしばらくしてからよ。妹は今もドイツにいるわ」
町のあちこちにみられる戦争の痕跡は、最近のニュースが事実であったことを物語るには余りある。日本にいると、咄嗟に紛争や爆撃のニュースを聞いても不慣れなせいか、同じ地球上でこういう事が起きていることをにわかには信じ難い、一種の「免疫不全」にかかってしまうようだ。



カレンのレバノン半日巡り計画はベイルートの観光シンボル、鳩の岩から始まった。
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次に向かったジェイタ洞窟は、鍾乳洞の大きさが日本にはない見事なつくりで、きのこ型の鍾乳洞もたくさんみられ、てっきり遺跡だけかと思っていたレバノンにも壮大な自然があることを知る。鍾乳洞の保護のため写真撮影は禁止なのだが、夏には洞窟内でコンサートが開かれたらしい。一通り回った後、洞窟内の湖をボートで回るツアーに。洞窟に向かう車中でカレンに「ところで保険に入っているわよね」と不意に念を押される。

この後、バイブルの語源でもあるというビブロス遺跡へ。ダマスカスも確かそう聞いたがベイルートは世界最古の都市のひとつであり、紀元前5世紀からフェニキア人が住みついたという。地中海沿いに位置する宿命だったのだろう、ローマ軍・十字軍もやってきた、その時の砦はここで、攻撃はこう、王のお墓は、とカレンの友達が入れ替わり立ち代り、何よりも誇らしげに説明してくれる。
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確かに、誇らしく思わないわけがないほど、すごい遺跡だ。6000年前に人が住んでいた住居跡、十字軍が攻め入ったときの砦と砲弾に備えた柱、当時から設けられた野外劇場――世界の子どもたちの殆どが世界史の教科書で一度は習う事項がこの地で展開されていたかと思うと、レバノンの重厚な歴史と文化に圧倒されそうだった。
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もっともビブロスは世界遺産だと知ったのは、帰国してからだった。岐阜県ほどの大きさのレバノンに世界遺産が4箇所あるという。

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Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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