小保方問題で思うこと


STAP細胞をめぐる小保方問題。事実や中間調査結果が明るみになるにつれ、日本の研究所や大学院(当然大学も)のあり方を巡るあまりにいろいろな問題点が一度に浮き彫りになった。

かつて生物学の研究者のはしくれだった管理人も、まさに小保方氏と同年齢まで研究所に身を置いていたからか、このニュースはついつい追ってしまう。現在、理研のみならず日本中の研究者や大学院生、世界各地で頑張る日本人研究者にとっても、立場によって見方はそれぞれであるものの、一様に無関心ではいられないのではないだろうか。私自身は再生細胞や発生生物学の分野は門外漢だが、この分野の同僚が身近にいたこともあり、元研究者として感じたことをまとめておきたいと思う。

言うまでもなく、小保方氏のしたことは科学の世界では許されない。特に以下2点は、自然科学の研究、とりわけ実験科学に携わる大学院生以上の研究者であれば、あり得ないというかまず考えられないことである。ただし、色別で表示したように二つの問題を孕んでいることが注目度を大きくしてしまっている。
- Natureに発表した主要データの画像に手を加えていた → STAP細胞の有無、真偽が振り出しに 【サイエンス上の大発見の根幹にかかる問題】
- 学位論文のイントロがNIH(米国の研究所)による記載のコピペだった → 学位の妥当性が疑問 【日本の大学院教育、学位の問題】
おそらく今後、何らかの処罰が下されるだろう。しかし、今回の事件が彼女一人の責任だとはどうしても思えないのだ。その理由として以下の点が挙げられる。

① 共著者の存在
理研はじめ共著者が小保方氏以外に7名いるが、彼らは名前を連ねただけだったのか、そんなはずはあるまい。投稿前に論文の中身を精査する過程があったはずで、一体何をみてどう議論していたのだろうか。ペーパーは小保方氏一人のデータと執筆なのだろうか。どう見ても、30歳の研究者に査読ペーパーの全執筆や構成とりまとめを任せるとは思えないのだが。

② ネイチャーの査読システム
どんな査読ジャーナルでも投稿前には細心の注意を払うものだが、今回の相手は他ならぬ「ネイチャー」だった。研究者であれば、ノーベル賞とまでは言わなくともネイチャーに載せてみたいと夢見るもの。まして自分の研究がネイチャーの表紙にでもなれば(表紙は主要な掲載記事からひとつ選ばれる)名誉なことだし、来年度以降の研究費にも希望が持てるなどの現実もある。通常、多くの研究者は投稿までも至らない。なぜならネイチャーは科学の全分野(物理、化学、生物、環境、医学まで)を扱っているので採択率は極めて低いからだ。つまり掲載されるには余程のインパクトがあるか新発見であるなど、ハードルは限りなく高い。そこで、ネイチャーレベルではなくても評価の高いジャーナルはある、ネイチャーに出すほどの結果ではないが早くpublish しておきたい、研究分野に特化したジャーナルに載せたい(読者や査読候補者も同じ分野なので載りやすい?)など理由は様々だが、ネイチャー以外の雑誌に投稿することで収まる。採択率が低いことで有名な一流の科学雑誌(ネイチャーは科学週刊誌だと冷めてみる人も米国の学生にいるにはいたが
)であり、それほど厳しいことで有名なネイチャーに掲載されたからには、それなりの査読システムを通過したわけで、その点を追及する声があがらないのは不思議である。

③ ユニットリーダーとして雇用した理研
今はそれなりの業績をもっていてもアカデミックポストに就くのが大変な時代だ。理研は小保方氏をユニットリーダーとして採用した。学位は早稲田大学を信用したのだろうが、それまで業績の少なかった彼女をポスドクではなくユニットリーダーとして採用したのはどういう判断があったのだろうか。

研究の世界では、学位取得後の就職先やポストの数が圧倒的に少ない上に年々減っている。しかもアカデミックポストは2~3年の任期付きが大半だ。当然、ポストに就けない学位取得者が毎年出る。場合によっては何年たっても見込みがなく、基礎研究の世界から去っていく研究者も少なくない。このポスドク問題がある中で、今回華々しくネイチャーに投稿した筆頭著者が30歳の研究者だった。これだけで日本の若い研究者にとってはちょっとした衝撃だったと思う。学位取得後の30歳だと大方ポスドクで、運が良ければ助教か主任研究員でラボを構えているが、ポスドク先を見つけるのも大変な今の日本では30歳でラボを構えたりリーダーポストについていること自体、極めて稀である(管理人は聞いたことがない)。しかも女性ということで読者の目を引いてしまった。ユニットリーダーという名称も初めて聞いたが、3~5年単位で小規模チームを率いて成果次第で次の道が開ける制度なのだろう。但し、「リーダー」なので予算には本人の給料のみならず研究費や研究設備費、ほかの人件費もついている(あるいは理研が負担する)くらいのことは容易に想像できる。これは、自分の給料と研究する場所(身の置き場)を必死に探す多くのポスドク(及び予備軍=大学院生)からすれば、夢のような研究環境を提供される羨望に価するポストなのだ。この、ポスドク制度の一歩先を行くような若い研究者や萌芽的研究を支援する制度を運用しているとは、私など1月末にSTAP細胞のニュースを聞いたときは「さすがは理研、小規模チームとはいえ実力があれば若い人でもリーダーに登用するとは」と思ってしまった。

管理人が学生時時代から、理研は先進的な研究所のイメージだった。一般的に研究所と名のつく組織は、通常、学生はいないが設備や予算はあるため、外研でくる学生に給料(おこづかい程度から奨学金の代用する額まで幅あり)を出していたが、それがまた奨学金で暮らしている学生(主に大学院生)にとっては十分魅力的な額だった。一方、当時は、明らかに研究環境に恵まれている研究所より大学に移ることを選ぶ研究者が圧倒的に多かった。それをみて、金か人かといえば(どちらもあるに越したことはないが)やはり人材なのだろう、と思ったものだ。研究所にいたころと違い大学では学生の指導が出てくるが、学生も毎年或いは数年毎に入れ替わるので活気があっていい、という話を聞いたことがある。今は研究員でも任期付きが多く人材の流動性が高いので多少なりとも事情は違ってきているのかもしれない。

一方で、今の理研はこの調査や報告に追われており、研究者まで駆り出されているかもしれずその大変さは想像できてしまう。文部科学大臣まで出てきて、税金で研究している立場の悲哀でもあるが、研究者の苦手な作業を余儀なくされているかもしれず何ともいえぬ気の毒感が否めない。

④ 指導教官、審査委員
早稲田大学の先進理工学部(研究科)のご出身で、途中1年間ハーバードに留学していたとのことだが、大学院生である以上は指導教官がいるはずだ。私も大学院の3年間は外部で研究(通称 外研)していたのでわかるのだが、もとの所属研究室と実際に研究を行う出先の研究室の二か所だけでも連絡を密にとり行き来するのはちょっとした骨で、結局どちらかにしっかりと軸足を置く必要がある。幸い、管理人の場合は外研先のT先生がしっかりとご指導下さり、在籍していた所属研究室のS先生とは実験結果について意見交換はするものの、基本的にT先生に研究指導や学位論文までお任せする方針をS先生は貫いて下さった(ジャーナル論文は両先生のお名前を載せた)ため、研究方針も論文指導も一切ぶれることはなかった。改めて両先生に感謝申し上げたいと思う。

⑤ 大学での剽窃に係る指導、教育のなさ
イントロの20ページをコピペするなど論外だが、日本の大学ではおそらく論文の書き方については確たる指導もなく、もっと言えば剽窃や盗用についてはこれまで日本の高等教育で看過されてきたのだろうと思う。私も大学のころを振り返ると、有名だった『理科系の作文技術』を読んだくらいで、大学で論文の書き方や剽窃についてしっかりと指導を受けた記憶はない。当時は、学部のレポートは手書きで、卒論あたりからパソコンを使っていたという時代性もあるので、コピペという言葉自体が存在しなかったが、もしかしたら手書きでも人の書いたものを丸写しする学生もいたのかもしれない(見たことはないが)。大学院に入り、いつしか学んでいた―学問は先人の発見や努力の結晶の上に地道に積み重ねていくものであり、自然科学の森羅万象の解明を目指すにあたり、後世の人間かデータ捏造で虚偽の説明をしたり無断引用(論文執筆でも、材料の入手先でも)はあってはならない、と。その可能性すら入る隙間すらないのに、いやしくも理工学部と名のつくところでどうしてこういうことが起こってしまったのか、というのが正直な感想でもある。これを機に、高校生から文章の書き方、論文の書き方、剽窃や盗用は犯罪、ということを徹底して教えるべきだとの意を強くした。

⑥ 日本のマスコミの存在
再三見るにつけ悲しいほど情けなくなるのが日本のマスコミの報道姿勢と記事そのものである。特に研究に関わる科学報道は一切しないでいただきたいくらいだ。日本のマスコミは、STAP細胞の最初の報道では肝心の研究内容や意義の紹介もせず、「リケジョ」「割烹着」「理系離れに歯止め」「女性研究者に光」などさんざん研究と無関係なストーリーを前面に出して小保方氏を持ち上げるだけ持ち上げた(しかもそれまで彼女は普通の一市民だった)、今はこうして、マスコミ自身も意味を理解していないだろうデータの一部(画像や電気泳動の写真)を出してデータ疑惑の話に焦点を置いている。科学報道があるとすれば、STAP細胞の真偽や存在の有無について検証を進め分析するか提言するくらいの姿勢がほしい。誰が悪いという追及や日本の大学の在り方が問われる、で終わるのではなく(それくらいだれでも言える)、この先日本の大学や研究機関はどうあるべきかを一石を投じるくらいの記事が、今なら読者や研究者の目を引くのでそれでマスコミの目的も達成できるだろう。一連の研究について日本には科学報道記者がいない、科学報道ができないことを知らしめる機会になったとは思う。

残念ながら、データ捏造や論文疑惑はこれまでもあった。日本では、この2000年以降だけでも、それまで大きな仕事をしてきたとされていた旧帝大のS氏やK氏の論文をめぐりデータ捏造や論文疑惑が起きた。生物の分野では両氏とも大物の先生だったので、あまりに驚き呆れ失望した。彼らは、おそらく毎年億単位の予算を国から得ており、両氏のラボで教育を受けた学生や研究者も10人や20人ではないはずだ。彼らの人生や運命がどうなったか知る由もないが、問題が発覚した頃に1人だけ内部調査に駆り出された某氏は同じ職場の方だった。すでに独立しており、違うテーマで別の場所でラボをもっていらしたが、それでもあきらかに疲弊の色は強く気の毒でもあった。こうした大物の先生の疑惑による影響たるや軽微なはずがなく、一体いくらの国税を使いながら疑惑論文を出し続け、科学コミュニティに迷惑をかけてきたのかと思うのだが、こういう事件はほぼ忘れたのか全く追わず、今回の若い女性研究者(しかも個人)を追いかけるマスコミの姿勢はまったくフェアでない。



そして、何より気になるのが、まじめに研究している多くの理系研究者への余波。
今回のように、悪いと認識していませんでしたと言われると、採用側と学位授与側を疑ってしまうのも無理はない。そんな中で私がもっとも危惧し、起こってほしくない事態は、「若い研究者や女性研究者への偏見や負の影響が生じること」だ。日本社会は型にはめたものの見方がこれまで「普通」だったらしく、妙な時に一般化したものの見方が幅を利かせることがある。今回の事件を受けて、「だから、若い研究者には教育が必要」「研究チームのリーダーは務まらない」「女性研究者の採用には細心の注意を」「研究費審査は業績のあるチームにのみ配分すべし」などと、任期やポスト獲得に苦労したことのない20数年前に就職した先生方や役人に頭ごなしに決めてかかられる事態、それだけは避けたいと心より願っている。

再発防止が必要というのもよくわかる。ただ、このようなことは考えもしなかった時代から、研究の世界でもまさに性悪説に基づく指導が必要になってしまった。しかし、大半の研究者は虚偽の報告や成果発表とは無縁そのもので日々地道に努力し邁進しているのだ、ということをお忘れないきよう切にお願いしたい。

かつて、若かりし頃に科学の末端にいた身として、今日も明日も研究の世界で日々奮闘している昔の仲間を思い、やはり今でも科学技術の発展を願っている市民としての覚書です。

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プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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