横綱北の湖


元横綱北の湖の死去のニュースが昨晩飛び込んできた。驚きであり衝撃だった。

今では相撲ファンからは程遠い私だが、小学生の頃はいっぱしの相撲ファンで亡き祖父と一緒によく観たものだった。場所が始まると夕方5時代からがテレビの前に陣取る相撲の時間だった。相撲といえば思い出すことのほぼすべてに必ず北の湖がいた。北の湖と輪島の対戦ではいつ見ても大半のお客さんががなぜか輪島を応援していたように感じた。土俵では常に動じることなくふてぶてしい表情をしており、しかもここ一番の相撲があまりに強かったので、「憎たらしいほど強い」とよく言われていた。負けた相手に手を貸さないで勝ち名乗りをあげるのも、悲願の初優勝を前にした力士に対して真っ向から勝負し当然のように優勝杯を手にしているのも、いかにも北の湖そのものだった。そんな北の湖にも苦手な対戦相手はいてなぜか朝潮に弱かった。当時(1970年代後半)は横綱、大関が多く、四横綱時代や大関が5人いた時もあったと記憶している。それだけに個性的な力士が多く、また技も多彩で、体格も大型力士からいかにも体重をつけるのに必死な体格の力士までそろい踏みで、観客にとってはもっとも相撲の楽しかった時代ではなかろうか。そうした中にあってなお、北の湖は圧倒的な存在感があった。あれほど相撲に対して一途で勝負に徹した力士はいなかったのではないか。いかにも力士らしい力士であり、相撲の王道を貫いていたように思う。

このブログを始めた時も北の湖のことを書いている。
北の湖
ねこだまし

その後、世間のニュースで芸能人やスポーツ選手と同様に力士の結婚が取り上げられるようになった時ふと思ったものだ。
「そういえば北の湖なんていつ誰と結婚したかもニュースになってないよね。あれだけ強かった横綱なのに、人生って不公平だわよ」などと友達と話していたこともあった。それほど、何かにつけて相撲といえば思い出すのが北の湖だった。これは千代の富士以降の相撲を見なくなったからでもあり、今に至っては白鵬以外は外国人力士がどうかも知らないほどだ。

北の湖は理事長などその後も相撲界に貢献してきたが、相撲の一時代を築き上げた力士なだけにもはや「横綱」のイメージしかない。

ご冥福をお祈りいたします。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Twitter
FC2ブログランキング
カチッ♪クリックしていただけると  はげみになります ↓

FC2Blog Ranking

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
月別アーカイブ
リンク
カテゴリ
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター