マイノリティであること


毎日いろいろなことが起こるが、新しい環境での仕事や家探しに追われひとつひとつ書き留めておく余裕がまだない。それでも、これだけはと今のうちに書いておかなくてはならないことがある。それは、ここに至るまでに受けた応援と支えていただいた方々への感謝の気持ち。

お世話になった方には、「悩ましい選択でしたが、これでよかったと思えるよう覚悟にかえて頑張ってまいります」と、決意表明のごとき文面のメールを出していた。マニラに来る選択は決して易しいものではなく苦渋の決断だったので、おのずと心情の吐露になったのだろうしあたかも自らに言い聞かせていたかのようだ。



まだ職業人生も半ば(のつもり)だがこれまで本当に多くの方にお世話になった。もともと一研究員としてラボで実験をする仕事をしていた私が、2000年に仕事を、それも分野ごと変えようとしたことから、けもの道が始まった。今思えば、かなりの向こうみずだった。良くも悪くも世の中に疎かったので景気とか社会の情勢とかを考えることなく、行きたい道を目指して突き進んでしまった。とはいえ一介の研究者が、しかも別の分野で容易に仕事がみつかるほど世の中甘くはない。明らかに英語力も足りなかった。そこで専門性の基盤確立と英語力強化のためにまず米国の大学院に留学し、マレーシアでフィールド調査の真似事をしたりベトナムでインターンをしたりして国際協力の世界へ入った。ちなみに米国留学中はこれまた大変にお世話になった二人の方がおられるのだが、これはまた別の機会に書きたいと思う。

違う道へ踏み出し国際協力の世界に来た、まではいい(本でいえばまだ第一章)。入ることは誰でもできる。問題はどのような形で仕事に就くかだ。専門職なのか、職員や契約職員なのか、ボランティアやインターンから始めるのか。また国際協力といっても分野とレベルは様々だ。この傾向は今も続き、多様化は進んでいると思うが核となる専門が必要なことには変わりない。個人の選択として、それなりに専門にこだわるか、専門に近いところでがんばるか、多少の幅を広げるか、不本意な分野でも正職員を選ぶか(そもそも正職員になれるのか)、どこまで妥協できるか、そして何より継続的に仕事ができるか、などなど悩ましくどうみても先が見えない状況だった。また、国際協力の仕事は地域性(アジア、アフリカ、中南米、中東)もある。ちなみに私の分野は自然資源管理・農業(アグロフォレストリ)、地域はアジア―そういえるのもようやく最近になってのこと。走りだした頃は自然資源管理の仕事を目指しつつも暗中模索だった。

自然科学から国際協力へ。30代になって大胆にも方向転換をしたことになる。分野替えや年齢制限もあってか、日本での仕事探しは容易ではなかった。日本社会ではなかなか仕事が見つからないとなると、自ずと海外での仕事や海外との仕事にも目が向く。これは国際協力ということもさることながら、元研究者としては自然なことだったとは思う。そうこうするうちに数年、しかし日本の組織も海外の組織も考えつつ、その両方でポストを探しながら応募し続けることは案外しんどいもの。転職経験者にはご理解いただけると思うが、仕事をする傍らで応募書類の作成から面接、時にプレゼン資料作成までをこなすには精神的にも体力的にもエネルギーを要する。しかも、ひとたび道を外れた人間に日本社会は優しくない。学生時代の専攻(生物)から環境(自然資源管理)の分野に移った理由をこれまで何度、日本人(おしなべて男性)から訝し気に尋ねられたことだろう。卒業後10年以上経ってもなお続くこの問いに対して、そのうち自分の中で確たるストーリーができ上がってきたのは幸いだった。ところかわればダブルメジャーとか学際的経験と海外の機関から評価されたこととは対照的だった。とはいえ海外の組織だって厳しい。日本人というより応募者の一人としてみられるから業務遂行力や研究能力をはかる点では徹底しており、容赦ない。双方の共通項といえば、いわゆる人脈やネットワークがものを言う場合があるということ。正職員にならない限り、任期と次のポストへの応募はつきもの。先が見えないから、歩み続けながらも期限やゴールをどこに設定すればいいのか、また家庭の事情の変化や人生の岐路での対応といった問題も出てくる。遠く先に見える一寸の光をあてに出口のないトンネルを千鳥足で歩き続ける小動物―それが私だった。

中学時代に端を発し、その後も一度や二度のみならず何かとマイノリティである自分を痛感することが多かった。その一例は、学生時代の同級生や先輩はバブル世代で就職しており、また理系だったこともあり転職している人は少なかったこと。翻って、国際協力の仕事についてからというものどの職場でも同期もいない私は、自然と世代や国を超えて同様の悩みを抱える人や国際協力の仕事をする人が友人や仲間となった。だからだろうか、国際協力の世界に入ってからできた友人は自分より一回り前後若い人が圧倒的に多い。また人の年齢が気にならない、同僚でも言われない限りほとんど当人の年齢を知らないできた。いろいろな年代の友人と付き合ってきたことだけは今になってよかったとつくづく思う。

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プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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