熊本


熊本を初めて訪れたのは高校生の時だった。当時、単身赴任していた父を訪ねて大分に行き足を延ばして熊本は阿蘇の村を訪れた。そこには両親の友人のG夫妻が住んでいた。お仕事や子供の学校の関係で平日は熊本市内の家で過ごし、週末は阿蘇の麓の村で過ごすという羨ましいような生活スタイルを実践されていた。熊本で教鞭をとっていたアメリカ人のご主人がモンタナを思い出す、という理由で阿蘇の麓に家を買ったと話していた。

あろうことか、そこにお邪魔している間に私は中耳炎になり併発して高熱を出した。とにかくフラフラで歩けないのだ。出された薬もアメリカの薬だったのだろう、ショッキングピンク色の液体ゼリー状の薬をすぐさま視覚が拒否したことを覚えている。そこですがるように村の診療所に行った。ひとめ見て、この先生ならと思えるような村のお医者さんだったが、その時はぼうっとしていてお名前も覚えていない。診療所でいただいた薬をのみ寝て過ごした最初の阿蘇滞在だった。

その思い出を払拭すべく熊本を再訪したのはもう5年くらい後だっただろうか。当時、中学生だったお子さんたちも家を離れ米国の高校生に通っていた。その時、奥様のHさんに言われたこと
「あの時の恩返しを私たちにしようだなんて思わなくていいのよ。これから生きていくうえで違う形で誰かに返していけば十分なのだから」
なるほど、そういう考え方もあるのかとハッとしたものだ。G夫妻の会話はいつも新鮮で、熊本での子育て、特に「ハーフ」の子供の苦労、お隣の韓国についてなどもお聞きするなど、インターネットもない時代の子どもにとっては外国への窓そのものだった。

大学生2年の春休み、G夫妻の計らいで熊本大学の学生に混じって2か月の米国横断旅行をした。初めて米国の普通の人々のくらし、また民族や考え方の多様性に触れるなど、見聞きするものすべてが刺激的で新鮮だった。その後も何度かG夫妻にお会いしたが最後にお会いしたのは2012年6月。その後はご無沙汰していた。確か熊本を離れアメリカに戻ったようにも仄聞した。いま、阿蘇のお宅はどうなっているだろうか。阿蘇の村での懐かしい記憶を思い出とともに、何とも心が痛む。



これだけの大きな地震の被害を受け、熊本の方々の疲労と不安は察して余りあります。何かできることはないかと思いながら、その時が来るまで準備し力を蓄えて待ちたいと思います。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

Twitter
FC2ブログランキング
カチッ♪クリックしていただけると  はげみになります ↓

FC2Blog Ranking

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
月別アーカイブ
リンク
カテゴリ
RSSリンクの表示
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

FC2カウンター