はや師走。マニラは10月からクリスマスの華やかな飾りがあふれているのであまり季節感を感じないできたが、年末モードに向かい始めている。そうした中、先月は、喪中のはがきをきっかけに何人かの懐かしいお声を聞くことができた。まず、大学の指導教官のS先生と奥様。先生は当時、長年過ごした米国から日本の大学に戻られて一研究室を始めた。一期生である私たちはゼロからのスタートだったが、当時のあれこれが走馬灯のごとくよみがえる。特にS先生の奥様は、お声も昔のまま。温かいお人柄も手紙の文面以上で、電話口で懐かしさを抑えきれなかった。お子さん方の近況もお話された。あの時まだかわいい盛りの小さかった娘さんも年明けにはご結婚とのこと。ひとしきりお話してから先生に替わるとこれまた相変わらず饒舌で、今も現役で大学に通勤されているとか。このままポックリいきたい、とも言われていた。他に友人、知人とも電話で話すことができた。改めて生前の母を覚えてくださる皆さまの温かいお気持ち、人とのつながりを有難く感じた次第である。

同時に、自分の先生が引退される年齢となったことを痛感する。
大学院の指導教官だったT先生もマニラに行く前にお会いしたが、今年の3月で大学を退職され関西に戻られていった。ご実家では98歳のお母様がお一人でいらっしゃるという。以来、年に数回、東京に来られるご様子。

高校の担任だった先生もこの3月で定年退職されると最近聞いた。お祝いの企画があるようだがどうも出れそうにない。それにしても、あの頃はまだ青年というか兄のような存在だった、お若くてハンサムな先生がもう定年をお迎えになるのかと感慨深かった。青春真っ只中の高校時代、先生の前でしでかした数々を思い出すと気恥ずかしくもある。

重なるもので、そうした矢先に留学中の指導教官の逝去のニュースが飛び込んできた。まだ73歳だったというが長いことご病気だったようだ。もう一度お会いすることがかなわず残念だ。

どうも、米国では親しい友人や知人がなくなったときに弔意を示す意味で、団体に寄付をする習慣があるようだ。この先生の訃報の連絡と併せて「寄付はここに」というリンクがはってあった。先日も、お母様のことを思って〇〇団体に寄付した、と米国の親しい友人よりカードが届いていた。日をおかずして、その寄付先からも「◎◎さま(母)のお名前で寄付をいただきました」と寄付のお礼連絡がきていた。日本でいうお香典やお花代に相当する習わしなのだろうか。先生の訃報を受けて、私も弔意を表すために学校への寄付を考えている。

学校卒業後もこれまであちこちでメンターのような先生にお世話になってきたが、文字通り学校でご指導いただいた師はこの4人の先生だった。こうして、師が一線を退いていく報せは往々にして予期せぬ形でくるものだ。私もそれだけ年齢を重ねていることをしみじみを感じる。

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Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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