女性研究者


ある新聞の見出しが目を引いた。
女性研究者進出、日本は遅れ
2009年6月25日 日本経済新聞(夕刊)である。

women scientists

これによると、日本の女性研究者の数字は12.4%と、割合の低さが諸外国に比べて目立つ。この記事の内容は、今でも女性なら、いや女性でなくても研究の世界にいる人なら(ふだん意識しているかどうかは別だが)、とっくに気づいていることである。記事には書いていないが、ここではポスドク以上の研究者をさすものと思われる。正規雇用の職員に限定すれば、大学や研究所、下手をすると企業の研究所(*1)まで含めても、さらに低い数字になるに違いない。

日本だって、理系の学部にはいる女子学生は以前より増えこそすれ減ってはいないはずだ。大学院だって女性が珍しい時代は終わった。なのに、ポストについている研究者となると、なぜか急に減ってしまうのだろう。これにはいくつかの理由が容易に思い浮かぶのだが、それはまた別の機会に譲ろう。今思うのは、「日本全体で理系離れが進んでいるのは、もしかしたら女性にはチャンスかもしれない」ということ。理系の母集団の数だけが減っており、理系に進む女性の数はそれほど大きく変わっていないのであれば、理系離れは有能な女性研究者には朗報だと思えてしまう。

どうしてこう思うかといえば。
私が学生の頃、それ以降も含めて、どうみても冴えない自称研究者がいた。そういう人たちは大学の当時でいう、助手だったり助教授だったりで(ひどい所では教授もいたらしいが)、不思議な共通点がみられた。つまり、具体的にどう冴えないのかという話になってしまう。
① 研究費をとってこれない
② 論文をなかなか出せない(書けない?)
  (①と②はほぼ完全にリンクしているので、鶏と卵といえよう)
③ 何を考えて研究しているのかが不明
一言で言えばこうなるが、ちょっと説明。実験系なので手は動かしているようだけれど、何をしているのかわからない。百歩譲って何をしているのかがわかったとしても、いったい研究上の問いは何であり、何を知りたいのか、どこまで進んでどんな新しいことがわかったのか、どの部分のデータがないので行き詰っているのか、などなど傍から見るだけでなく話してみても、科学とは別の「わからないこと」がてんこ盛り状態。
④ だから結果的に、そういう人の話を聞いても斬新さがないし面白くない
もちろん研究上の哲学や信念なんて期待してはいけない → そもそもアイディアも実行力も欠けるから、ひと(学生はもちろん若い研究者)が集まらない → 自分で手だけは動かしているようだけれど研究の進展もみられない(もちろん共同研究なんてあり得ない)、と堂々巡りになっていたのだろう。象牙の塔といえば聞こえがいいかもしれないが、要は自己満足に近い状態だったのではないか、と今になって推察できる。

こういう人は往々にして、自分の仕事や課題をひとに説明してわかってもらおう、という姿勢がない。だから書けないだけでなく、話をさせてもうまくない。自分のやっている研究を理解できない方が悪い、と言わんばかりの態度である。いわば、サラリーマン研究者(*2)である。

学生だった私は最初、ハタと不思議に思ったものだ。こういう人たちは、この世界でどうして生き残っていけるのだろう。ほかの世界はともかく、少なくとも論文を書くのが仕事であるサイエンティストが国費を使って本来の仕事をしていなければ、何かほかの説明でも求めたくなる。それでも本能的に察知した。上の世代はこうでも、これからはそうはいくまい、と。現に、私が以降に縁のあった大学でも研究所でも、少なくとも研究者である限り、人材の流動性は当然かつ必要なことであった。そういう空気が少なくともしっかりと共有されていた。

ハッキリ言ってしまおう。私の知る限り、こういう反面教師にしかならない研究者は、ごく一部の大学研究機関だけの話ではなかったようだ。もっといえば、当時はその多くが男性だったのだ。ひとは偶然だったというかもしれない。あるいは、母集団(男性研究者)の数が多ければ、そういう確率が高まるともいえなくもない。しかし(*3)、そういう研究者が男女半々にみられたのではない。もしその人が女性だったら、生き残れていただろうか、どこまで続いただろうかとさえ思う。ポストの選考時に、同じ能力ならば女性を淘汰してしまう作用がどこかで働いたり潜んでいたのではあるまいか。その陰には、性別のハンディを抱えた有能な女性研究者が、もっといたのではないだろうか。ましておや私のいた分野では(当時のことだが)、家庭をもつ女性研究者なんてまれで、いろいろな意味でロールモデルに事欠く時代だったのだ。

しかもこの記事には主要国としか書いていないけれど、途上国でも日本よりずっと女性研究者が活躍している国だってある。たとえば、国の研究所の部長やリーダー的ポストに女性が就いているケースは、アジアだけ見ても珍しくない。この前もある会議でのやりとりで、「うちの部長に話してみたら、彼女にこう言われました」と某国の研究者。即座に、「え、部長さんは女性なんですか?」なーんて聞き返すのは、やっぱり日本の先生(もちろん男性)だ。そもそもそんな反応は、その場にいたほかのアジア諸国の先生にはまずみられない。そう、研究における女性の存在感に関して日本は、スリランカやタイ、中国に比べても明らかに後進国だと、つくづく実感している。たとえ研究者としての能力は高くても、である。

これに関連して、柳田先生が面白いことを書かれていた。基本的に大いに賛成。
http://mitsuhiro.exblog.jp/11794896/
 (ここから引用)
 明白に、女性には不利な日本の研究現場です。米国ではもうそういうことはありえません。
 どこでも 米国なら、男女がほぼ半数ずついるのが研究の現場です。
 日本は真似をしたくても、日本の男性が生まれ変わらない限り無理だと思うのです。
 どうしたらいいか、わたくしはこれは簡単に対策があって、男女半々の研究環境を持つ
 大学や研究 所には他より2倍か3倍の研究費を出せば、それであっというまに変わるでしょう。
 (引用おわり)


いつか日本でも、女性科学者とか女性研究者ということばが聞かれなくなる日が来るといい。
切にそう願っている。



*1 企業の研究者に限れば、もっと女性は減るかもしれない。また、業種や博士号の有無で変わってくるかもしれない。
*2 サラリーマン研究者でも、なかには結果を出し続けるひともいる。生き方の問題だから、結果を出すならそれでもいいと私は思う。
*3 これが英語ならこう書きたいところ。but, this is an importnat BUT....


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Sainah

Author:Sainah
仕事&興味:途上国と開発援助 [セクター] 農業・自然環境・生態系
少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき

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