フィリピン人の働き方をみて日本の働き方改革をおもう


フィリピン人は友達にするにはいいけれど一緒に仕事するのはちょっと、言われる。個人差はあるので一概には言えないものの、あまりに個人差がありすぎで平均的に仕事ができる中間層がほとんどいないように思う。


フィリピンに来て2年。自分ではもう慣れたつもりでいたけれど忘れた頃に思い出されるのがお店で遭遇するスタッフの適当さ。いや、適当というより「いい加減さ」、「責任感のなさ」と言い換えることもできる。私は、食料品などの必需品以外の買い物は滅多にしない。それがたまに買い物に行くと内心ためいきとともに思い出すのがこの接客の店員のまずさである。特にモールにあるお店のスタッフ。不思議なことに、妙に持ち場にいるスタッフの数が多い(はっきり言って無駄にやたらいる)ので、たいがいおしゃべりをしているかスマホをいじっている。それでも、品物について聞いてもまず答えは出てこない。何も特別なことを聞いているわけではない。たとえば、「花瓶の売り場はどこですか」「これはランニングシューズとして使えるもの?」といった程度のことだ。先日の、靴屋の一角に並ぶスニーカーをみて、ランニング用かどうかを聞いたところとしれっと言う。

「知りません」

「なら知っている人を探して聞いてきて」

するとその彼、たまたま手に持っていたハサミを指でくるくる回しなが鼻歌まじりにゆったりと歩いていく。その様子を見るといかにもやる気なさそうで、日本だったら「おちょくっているのか」と思いたくもなる。そして、ようやく探して来たと思われる知ってそうなスタッフも知らなかった、なんてオチはざら。

また、ようやくたどり着いた花瓶売り場でのこと。ある花瓶の高さと直径のサイズを聞くというと、「わかりません」「メジャーを出して測って」「メジャーありません」と平気でいう。「この広い店内のどこかからメジャーを借りてきて測って」というと、ようやくどこからともなくメジャーをもって現れる。具体的に何をしてほしいかを言わないとテキもさるものまったく動かない。察しとか配慮はここにはない。言われたこと、決められたことだけをする。それ以外のことを、たとえ客が喜ぶとしても想像力を働かせて動くとか提案するなど、夢のまた夢である。


対して、日本の接客業といえば質の高いサービスが有名で、買い物をする日本人にとっては当たり前にすらになっている。バイトの学生でもそれなりの対応ができるよう教育、研修されている。概して日本のサービス業は店員への教育をしているだけでなく、真面目な気質、それなりの責任感、教育や平均的レベルが高いことも手伝って、業種やお店を問わず顧客相手のきちんとしたサービスや接客対応が普通にみられる。これはこれで、本来はいいことなのだが、そうともいえない。顧客の依頼ならできるだけ意向に沿った形で迅速に応じる、少なくとも応じようとするーこの日本式サービスに我々消費者もすっかり甘やかされてきたし甘えてもきた。宅急便の時間指定などその典型で、私は有料化などそのサービスの見直しが進んできたことを朗報と受け止めた。少なくとも経営者側が労働改善を進めるさきがけ、いい兆候だと思った。


いま日本では「働き方改革」が話題である。顧客の過度な要求やサービスに応えようとする一部の管理者・層に対して、人間らしい生活と心身の健康を守る働き方を求める雇われ側のバランスを図るための改革であるはずだ(ここで敢えて管理者側・層と書いたのは企業だけでなく、公務員の長時間待機を前提として直前に質問を出す政治家も忘れてはならないため)。こうした改革が必要な背景要因として、高いサービスの質とて無関係ではあるまい。また一因に、雇用者側や上司に被雇用者や部下への甘えはないだろうか。勤勉な国民性を逆手にとって、適切な勤務管理がなされていなかったり軽視されていないだろうか。上司の命令とあれば多少の無理でも働くスタッフ、どんな仕事でも時間や期限を守り完遂しようとする姿勢と責任感ーそれらを当たり前のことと上に立つ者は認識していないだろうか。これは、日本では当たり前の光景かもしれないが、一歩日本の外に出ると、よほどの高給を得ているものだけがみせるある意味、特殊な働き方である。それを社会に出たての新人や若者には「社会の厳しさ」という名の下に、平均以下の給与所得者にも、下手をすれば正職員ではいパート労働者にまでも無言のうちに課しており、それを仕方のないこととして社会全体が受け止めてしまってきた。こうした見直しが必要な社会のひずみに対して声をあげるべき時で、高橋まつりさんのお母様の無念さとともに声をあげずにはおれなかったお気持ちは察して余りある。

また、裁量労働制という言葉が一人歩きしているが、一体どれだけの割合の働く人が裁量労働をしているのかを考えるとそこは優先度を下げていい。むしろ、いかなる規制を設けようとも破った(破りかけた、も含めて)雇用側に対するしかるべき罰則がなければ絵に描いた餅に過ぎない。そこで、まず以下3点を提唱する。

① 雇用側に対する罰則の規定

➁  前日の終業と翌日の始業までに一定の時間間隔を設ける「勤務間インターバル制度」の導入

③ 有休休暇と別に病気休暇(家族も含めて)を設けること。

最後の一点は期待として書いたが、せめて最初の2点からスタートすればいい働き方改革の門出になるはずだ。

若いから?


土曜。Moving saleのチラシを見て近くだったので、興味のある家具をみせにもらいにいった。今住んでいる部屋はシンプルで質素なので、ゆっくり座れるリクライニングの椅子や足おきでにあればいいなと探していた。実はもともと家具や部屋のインテリアが好きな性分ということもある。


2月下旬にマニラを引き払う彼女の向かう先はドバイ。出たドバイ。マニラからヨーロッパやアフリカに向かうにはドバイがでの乗り継ぎが圧倒的に多い。ただ気温50度で、外を歩くときは長袖出ないと厳しい、あの王族の格好もうなづける暑とと聞き住む場所とは思えなかったが、そのドバイで新しい仕事につくと話す。


同じ職場の同僚でもある彼女は30代半ばだろうか。昨年まで退職なんて考えてもいなかったが1月8日にヘッドハントを受けて話を聞いているうちにその気になったとか。決めたのは先週。今の仕事について4年の彼女はおそらく優秀な部類に入るに違いない。望めばこの先も残れただろう。しかもドバイでの仕事内容はかなり大きく変わるようだ。転職する気になった決め手は「変化」がほしかったから。さはさりながら、ドバイでもマニラでもあまり生活環境は変わらないとか。
「街中に公園や緑はほぼなく、美術館や劇場も少ない。どこにいくにも車で移動、きっとメイドや運転手を雇うんだわ。劇的な変化でもないなら故郷パキスタンにも近い方がいいかなと思ったの。」
「その仕事は4年契約なんだけれど、ドバイに少しいたこともあるから馴染みがない場所ではないから、まあやってみるわ」とあっけらかん。


ちなみに、彼女はメイドを雇っていて我々が話している間だけでも、お茶だしてとか家具移動を手伝ってなど、こまめにテキパキお願いしている。みると母親に近い年齢のメイドだ。概して途上国、とくに南アジアの人はメイドを使うのがうまい(というか国でも日常的にしていることをフィリピンでしているのだろう)、日本人は下手、と聞いたことがある。メイドもいない私だが、この節にはまったく反論する気にもなれないほどだ。


閑話休題。

考えすぎなのかもしれないけれど、私なぞマニラに来るだけでもそれなりの決意を要した。対して彼女のこの身軽さ­とスピード感。若いということはこういうことなのか。これがグローバルに生きるということ?

ハノイ


今年8月にハノイへ。ベトナムは、アジアの中で最もホッとする国ともいえる。もちろん祖国日本に次いでの話だが。


最初に行った2001年に比べれば、隔世の感がある。まずノイバイ空港からして、当時はどこぞの地方都市の空港かと見紛うような規模だったノイバイ空港も、今やモダンな南国の空港として聳え立つ。市民の足として、市内を行き交うのはシクロやバイクではなく車。格段に車が増えた。2001年当時は、ハノイでもバイクや自転車が主流で、その間をちらほら車がある、くらいで、バイクと車の割合は9:1(かそれ以下)と明らかに車は少数派だった。それが2017年の今はもう、車が主流でその間を縫うようにバイクが走っている。ハノイの風情よ、どこに。

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カフェは街中いたるところにある。

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それでも面白いことはあるもので、とある金曜日のこと友人にピアノのコンサートに誘われた。クラシックコンサートというが果たして弦楽四重奏だった。


演奏前の舞台

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観客は子ども連れの家族が多い。 結構、自由気ままに聞いている子供たち。2階最前列に子供だけ3人座り、そこから身を乗り出すなどのように日本だったら冷や冷やするような聴衆の行動が散見される。


米国人の演奏家たちが弾き終えたあとアンコールを求める拍手もなく、やおら人々が舞台に上がりだした。演奏後、観客が好き好きに舞台に上がり写真をとっているとは。。

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ドバイで働くフィリピン人


フィリピン人は英語ができるため海外へ働きに出る話をよく聞く。それも技術者や何かの専門職というよりは、ドライバー、ホテルの従業員、工場などのいわゆる普通の仕事で、いとも簡単に(と傍からはみえる)海外で働くオプションを考えたり探し始める。ただビザを取るのに時間がかかるので1年越し以上の計画とはなるようだ。

人気の行き先はやはり米国、フィリピン人の好きな国ナンバー1だろう。次いでカナダ、オーストラリア、英国、ニュージーランドと続くが、いずれも就労ビザ取得がなかなか容易ではないらしい。番外編といっては何だが、やはり人気(?)の就労国は中東、その中でも行き先はドバイだ。その理由はずばり、ビザが取得しやすい、給料が高いの2点にある。同僚のフィリピン人でも夫がドバイで働いているという話は割とよく耳にする。

今日のUberドライバーもそうだった。ライセンス看護師としてドバイで1年働いた、と話すので、そもそもライセンス看護師とは何かときくと、その国の試験を受け免許を取った看護師だという。彼の場合、フィリピンで看護師の免許を取ったが、働く先でも英語で看護師の資格試験を受けて合格すればその国の免許がとれるらしい。まだ20代の彼はまた機会があえばいつでも海外で働きたい、行き先を探しているというので、「それほどならドバイにもう少しいるという選択肢はなかったの?どうしてドバイから帰ってきたの?」と聞いたところ、同僚と仕事のやり方、要はそりが合わなかったので契約を更新しなかったという。曰く、中東の同僚は仕事をしないどころか自分のするべき仕事までフィリピン人の彼に振ってくる、しかも偉そうに振る舞う、自分の英語がわからないとアラビア語で仲間内で仕事を進めるので結局だんだん仕事にならなくなる、などなど。中東人は怠け者だとまで言うフィリピン人の彼。今は、フィリピンでパートタイマーで看護師をしながら、たまにこうしUberのドライバーをしているとのこと。次はドバイでないところで働くことを目指している。

それにしても、若い頃からこのように気軽に海外で働く選択肢を考えることができるのは、やはり英語が堪能だからだろうか。普通の日本人は海外で働くとなると一大事のように思えてしまうのとは対照的だ。

不思議な自信


コンドミニアムの部屋には必ずある排水溝。洗濯機やらシャワーある場所に設置されている。その排水溝から漂う臭いが時に気になるので、時々熱湯を流していた。水でもいいらしい。しかしそこにBleachを入れるともっといいと聞いたので今日スーパーに買いにいった。そこでZonrox という商品を手にとっていると 6 in 1という表記が目に入る。これは、水6に対して1入れる量比なのかと思って聞いたら近くにいた中年の女性曰く、
「ほかの商品と比べて6倍効果があるということよ。でも私はこれじゃないものを勧めるわね」
と私を隣の列に連れていく。
「これがいいわね」
「どうしてこれを勧めるの?なにがいいの」
「私が使っているから」

こういう不思議な自信に出会うことが、フィリピンでは時々ある。
「これは正しいわ、だって私が言うのだから」
初対面の人に言われても説得力がいまひとつ薄いのだが、まあいい。排水溝の臭いは結局、定期的に水を流すことで解決に向かっている。洗剤は一度使っただけで終わってしまった。

職場でも、根拠のない自信に出くわすことにある。自信たっぷりの態度とでもいおうか。その自信の通りであれば話は簡単なのだが、そうは問屋がおろさないので、こちらでの二重三重のチェックが必要になる。私が興味あるのは、間違っている場合も多々あるのに、ミスが起きてもあくびれもなく自信を持ち続ける彼らの、この自信の依って立つところはどこにあるのだろう、という点だ。思わず聞きたくなってしまう。
What makes you so confident??

一方、この自信たっぷりの態度を、フィリピン人の十分の一でもいいから日本人も持てば、社会がもっといい方向に進むかもしれない、とさえ思ってしまう。

プロフィール

Sainah

Author:Sainah
途上国と開発援助、農業・生態系、少数民族、伝統文化、科学・技術、時間管理、組織マネジメント、外国語(☜ 日本語とあわせて日々奮闘中)、海より山、温泉、古いもの好き、ABBA、中島みゆき、海外ドラマ

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